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風雷の門と氷炎の扉11

森を抜け、生贄の地の真ん中程度まで進むと、ブーク達もこれ以上進みたくないと止まってしまった。
自分達を捕獲し食べてしまう人間の集落がある事を知っているのだろう。
駄々をこねるブークの背からウリュとヒョウエは降りた。

「ありがとうね。助かったわ。気を付けて帰って。」

ウリュは自分達を乗せてくれたブークの首を撫でた。

「おおあえええ!!」

首を撫でられたブークは不気味な老婆の顔をくしゃりと歪ませ一声上げると踵を返し走り去った。
そのブークへ続き、残りの数匹のブーク達もその場から走り去った。
その場に束の間の静寂が訪れる。

「色々聞きたそうね、ヒョウエ。」

「正直申し上げますと…今は心配や不安よりも好奇心が勝っているところです。」

「そう。正直ね。とりあえず歩きましょう。」

「はい。」

2人は村へと歩みを進める。
ヒョウエは前を歩くウリュの背中に変化を見出した。

『どういう事だ?大きい…大きく見える…。』

幼い時から見てきた戦神の娘の背中がやたらと大きく見えたのだ。
そして神々しい。
光の無いこの世界であるがまるでその背中を中心に後光が差しているようだ。

「ヒョウエ、話して?色々聞きたい事があるんでしょ?」

「どこから聞いて良いものか…」

「私とヒョウエの仲じゃない。遠慮する事無いわよ。」

「そうですか…単刀直入に聞きますが…何を感じたのでしょう…何を…その見た…?聞いた…?ええとその…どうしたのですか…?」

ヒョウエは恐怖と好奇心半々の状態でウリュに質問を投げかけた。

「私を呼んでるの。私が風雷の門を突破しなきゃいけない。」

「それは聞きました。そうではなく、なぜゼータを殺めなければならないのですか?」

「…。」

「ウリュ様…?」

「ゼータを殺してから言うわ。」

「やはりそこは譲れないのですね。」

「譲れない。皆の為にも。」

「皆の為…ですか?」

「そう、さぁ急ぐわよ。」

・・・

「クウリ!」

「おや?戻って来たの…か…い…?どうしたんだい?その目は…。」

クウリは目を丸くしてウリュを見た。
別人だ。
見た目が著しく変わった訳ではない。
だが、目が赤く輝いているだけではなく何かが違うのだ。

「クウリ、あなたを…あなた達を救うわ。必ず。」

「あ、あ?え?うん、は?あぁ…」

目の前を通り過ぎて行くウリュを目で追いながらクウリは力の入っていない返事を返した。

「あんた達!もう行くの!?」

「クウリ、待っててね。また顔を見せに来るから。」

ウリュは一瞬振り向きニコリと可愛らしく笑った。

「戦神…。」

クウリは妙な胸騒ぎを覚えながらも、ウリュの背中を見送るしかなかった。
止める事は出来ないという何かをクウリは感じ取ったのだ。

「あの娘…人を殺した?何だろ…あの目…。」

クウリは胸を押さえて、小さくなる2人をいつまでも見ていた。

・・・

基本的に戦神の家以外は穴を掘り、それを住居としているが、村の中心部にウリュ達の住居と変わらない程の大きさの家が存在していた。
存在していたというよりも最近出来上がったように見える。
使っている木材も新しく、木目が非常に美しい。
大きさは戦神の家と変わらないが、明らかにこちらの方が豪華に見える。

「私はウリュ。ゼータに会いに来た。」

ウリュは引き戸の前に立つ、いわゆる門兵のような人間に声をかけた。
服装は皆と変わらないが、その身体の大きさは明らかに普通の人間ではない。
門兵は大きな身体で小さなウリュを見下ろすと低い声で話始めた。

「戦神の娘がゼータ様に何の用だ?村の統治に文句でもあるのか?」

今のウリュはこの程度では臆さない。

「お前に話す事など何も無い。名も名乗れぬ無礼で野蛮な人間をこのような場所に立たせるとはゼータも程度が知れているな。」

「…。」

ウリュの迫力に門兵は大きな身体を僅かに後ろへずらした。

「い、言いたい事はそれだけか?」

「お前に言う事はもうない。そこをどくか私と戦うか、どうする?」

ウリュは腰の刃物に手をかける。
門兵の額に汗が滲む。
十数秒時間が流れた。

「通せ。通すのだ。」

引き戸の奥から声が響いた。
ウリュとヒョウエはこの声がゼータのものであると一瞬で確信した。
まごついている門兵へその声は凄みを増す。

「命が惜しければ通すのだ。扉を開けてその者達を通せ。」

「は、はっ!」

門兵は慌ててウリュを睨みながら引き戸を開けた。
ウリュは扉を通り視線を前に向けるとそこにゼータを発見した。
大きな肘掛けのある木製の椅子に腰掛けて不敵な笑みを浮かべている。
フウマと体格は変わらず、頭髪は無い。
剃り上げているように見える。
遺伝子がそこまで変わらないのか顔つきもフウマによく似ている。
年齢はフウマよりも若く見えるが、貫禄は一枚も二枚もフウマより上手だ。
そしてゼータは普通の様子ではない。
目が赤く光り輝いているのだ。
その目は今のウリュと同じだ。

「戦神の娘よ。待ちかねたぞ。ようやく私を仕留めに来たか。」

「な、に…?」

ヒョウエはゼータの言葉に驚く。
ウリュが自分を殺しに来るとなぜ知ってるのか、そしてなぜ逃げ出さないのか、ヒョウエは頭をフル回転させた。

「その様子だと全てを知っているようね。それなら話が早いわね。ヒール(回復術)を使いこなすようだけど…一瞬で終わらせてあげるわ。心配しないで。」

ウリュは刃を鞘から抜き、何かを唱え、刃を赤く光らせた。

「戦神の娘…待て待て。落ち着くのだ。」

ゼータは右手の人差し指に黄色い光の玉を作り出した。
そしてその黄色い光の玉は非常にゆっくりとしたスピードでウリュへと向かっていく。

「身体を蝕む何かがお前の中にあるようだ。これから門へと挑むのにその身体では苦労する。死ぬ前にお前へヒールの土産をくれてやる。」

ウリュにはその黄色い光の玉に敵意がない事が理解出来た。
ヒョウエも一度だけヒールを使った事があり、それと同じものであったからだ。
ヒールは恐ろしく術者の体力を奪う。
ヒョウエはヒールを使った後、丸一日寝込んでいたのだ。
そのヒールを容易に使うゼータはやはりただ者ではないのだろう。

「ありがたく受け取るわ。ありがとう。」

「ウリュ様…」

危険です、ヒョウエがそう続ける前にその黄色い光の玉はウリュの身体に入っていく。
ウリュの全身が一瞬黄色く輝き、やがて普通に戻る。
ウリュは恍惚の表情を浮かべて深呼吸をした。

「ここまでしてもらって申し訳ないけど…時間が無いの。」

ウリュは刃を構え、ゼータの元へ走った。
疾風の如きスピードだ。

『死ぬ覚悟は出来てるようね…ヒールまでしてもらって本当に悪いけど…せめて一瞬で…』

狙うは首だ。
ウリュは座っているゼータの首筋を目掛けて刃を横に振った。

ギンッ!

乾いた音が辺りに響く。
明らかに肉を斬り裂いた音ではない。
そしてドンッという音と共にウリュの刃がヒョウエの足元に突き刺さった。

「う、うわっ!」

ヒョウエはよろめきながら後ずさりをした。
ウリュは刃を持っていた右手を左手で押さえている。

「な、何をしたの…?」

「この手で…そのチンケな刃物を弾いただけだ。」

ゼータは左手を顔の前に持って来た。
そしてその手のひらをウリュへ向けた。
見れば見るほど大きな手だ。

「…手…で…弾いた…?」

「戦神の娘よ。お前は勘違いしているようだが…私はヒールだけを武器にしてこの村を統治しているわけではないのだ。ん、まぁ確かにこのヒールは村人の病を治し、健やかな日々を与えた。だがな…人は欲深いものだ。それが当たり前になるとどうなると思う?我が父ヒューは事ある毎に言っていた。」

ゼータはゆっくりと椅子から立ち上がった。

「与えられるのが当たり前になると人は調子に乗って次のものを欲しがるんだよ。そしてそれが手に入らないと幼子ように駄々をこねて…そして統治者を襲撃して…自滅する…。だからどうすれば良いか…?分からぬか?戦神の娘よ。」

今度はゼータは右手の手のひらをウリュへ向けた。

「全てを与えない。」

「正解だ。そしてもう一つ。」

ウリュとヒョウエはゼータの顔を見つめる。

「それは痛みと恐怖を小出しで与えていく事だ。」

「痛み…と恐怖…?」

ウリュは素手で身構えた。
危険を察知したのだ。

「戦神の娘、ウリュよ。ヒールの反対は何だ?」

「…?」

「答えはペイン…。これだ。」

ゼータは右手の手のひらを親指が真上に来るようにクルリと返すと、ウリュの身体が緑色に輝き始めた。

「あぐぃううううあああああ!!!!」

ウリュは身体を硬直させて飛び上がるとその場に倒れて、打ち上げられた魚のようにビチビチと跳ね回った。

「イギギギギギ!ああああ!ヒィィ!!」

「ウリュ様ぁ!!」

ヒョウエはウリュへ駆け寄ると小袋から黄色い粉を取り出し、呪文を呟いた。
するとその黄色い粉はウリュを包み込んだがウリュの様子に変化は無い。

「痛い!く、くり…ッ!苦しいよぉ!!ヒィィい!」

「馬鹿な!私の術が通じない!」

「戦神の従者よ、お前の術は効かない。なぜだか分かるかね?」

ヒョウエはゼータを睨んだ。

「答えは…お前の術そのものだからだ。正確に言うとお前の術を…裏返したものだからだ。」

「ゼータ!貴様!まさか邪文を…!馬鹿な!悪用を恐れた我が先祖が教典と共に封印したはずだ!」

「封印?馬鹿者が。封印などとカッコつけた言葉を使いおって。ただ箱に教典と邪文石を入れて軒下にしまうだけで何が封印だ、間抜けな先祖め。」

ゼータは右手に力を込めて更に手首をひねるとウリュの絶叫が大きくなっていく。

「何事にも表があり、裏がある。正文と回復石を開発すればその裏が必ず生まれる。それは裏が必要だから生まれるのだ。回復と癒やしばかりが蔓延れば人はより欲深くなる。その戒めとして痛みと苦しみが存在する。その為に邪文を使う事がなぜ悪だというのだ。」

「くっ!その為に盗みを働いたのか!貴様!」

「盗みじゃない。有るべき場所へ戻しただけだ。」

「ヒョウエぇ!!も、もう殺して!!苦しい!苦しいのぉお!!ヒィィあああ!殺してよぉ!!」

「ウリュ様!!」

ヒョウエはハッとしてウリュの方へ顔を向けると、ウリュはヒョウエの髪の毛を掴み、ヒョウエの顔を自分へと近付けた。

「ヒュー!ヒュー!あぎぎぎぃ…ぐぐ!うぐぅ…!!ヒ、ヒョウエ…」

「ウリュ様…」

「し、静かに…ぎき…聞いて…。は、話を延ばして…もっと…」

ウリュは苦痛に耐えながら小声でヒョウエの耳に囁いた。
ヒョウエがその意味を考えていると、ゼータが再び力を込めたのか、ウリュの身体が思い切り跳ね上がる。

「あはああああ!!く、苦しいぃ!」

「ウリュ様!」

「お願い…ヒョウエ…言う事…を…を聞いて…ギギギぐぐ…。」

赤く光る目は虚ろになり、鼻水と涎にまみれながらもウリュの意思はしっかりと保たれているようだ。
殺してと叫んだのはヒョウエの意識を自分に向けさせる為だったのだ。
それを確認できたヒョウエはこくりと頷き、ウリュをそのまま仰向けで寝せるとすくっと立ち上がった。
そしてゼータの方へと身体を向けた。

「ゼータ、貴様、我が先祖の教典を盗むとは…なんという事を…。」

「フフフ…盗むとは失礼な。ただ借りただけだ。正文と回復石が必要なヒールなど不便極まりない。私達の家はそれらを必要としないヒールを開発したのだ。だが…邪文だけは上手くいかなくてな。」

「盗んだという事か…?」

「利用…有効活用する為だ。フン!!」

ゼータは思い切り右手に力を込めた。

「あぎゃああああああああ!」

ウリュが跳ね上がり絶叫している。

「ちょうど、ヒールは胃のあたりに入っていったな。フフフ…地獄の痛みだな…戦神の娘よ。ところで従者よ、お前はこの戦神の娘から何も聞いておらぬのか?」

「なんの事だ!!」

「なぜ私を殺しに来たか、なぜこうまで焦っているのか…をだ。」

「我が主はお前を殺した後に全てを話すと言っていた。」

「そうか、利口な人間だな。ならばお前に問おう。フフフ…」

キュウィィィィィヒィィン…

ゼータの言葉が終わるとジェットエンジンの始動音のような音が鳴り始めた。
ヒョウエはゼータに気付かれないように目だけで辺りを見回す。

『こ、この音は…?ゼータの仕業?いや、ゼータは気が付いていない?ウリュ様…か…?』

ウリュはうつ伏せで横たわり、小刻みに痙攣しながら痛みに耐えているだけだ。

「な、何を問おうというのだ!」

イイイイン…

『大きくなっている…な、何だ…?分からない…か、考えろ…何だ?この音は…』

「フフフ…従者よ…もし…?ん?何だ?この音は…。」

ゼータも気が付いたようだ。
その瞬間だった。

「ヒョウエ!!頭を抱えて!!伏せてぇ!!」

ドン!!!

ウリュの叫びとほぼ同時にソニックブームのような破裂音が辺りに響き、赤い閃光が周囲に散らばったのだ。

『赤い…なん、な、何だ…あの形は…』

ヒョウエは伏せた顔を少し斜め上に上げるとその赤い閃光に見惚れてしまった。
八匹の赤い龍がその口を開き、まるで咆哮を上げているように見えたのだ。
神々しく、あまりにも美しい。
そしてその赤い龍達はゼータを目掛けて上から一気に襲いかかった。


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尚、筆者は会社員として生計を立てておりますので更新に前後がございます。
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