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恐れの正体を分析してみた。休職のこと、親にまだ言えてません。

先日、診療内科にて適応障害で一カ月、休職するよう診断を受けました。
やっと休める・・・ほっとしていましたが、それから三日たった今日。
未だに親にこのことを伝えられていません。
漠然とした不安に襲われてしまって、眠れなくなってしまいました。
ストレスから解放されるために休むのに・・・・・・。

親とは同居しており、休職中は生活スタイルが変化するので避けては通れません。
なので分析して自分と向き合っていこう、ということでそのプロセスについて今回は綴っていきます。

不安の正体は?

以前、フォーカシングの本を読みました。
フォーカシングとは、自分のこころの声を思いやりを込めて、こころから受け止めていくプロセスのことです。
自分の感情に溺れるのではなく、寄り添うことがポイントになります。
わたしは自分の不安な気持ちに意識を向けてみました。
すると小さなわたしが「怖い!逃げたい!」と喚いていました。
わたしは恐怖を感じているんだな、と受け取り、小さなわたしが安心してわたしに甘えられるように環境を移しました🫂

フォーカシングをして気持ちは少し落ち着き、自分が抱える恐怖に向き合う必要があると、自分の課題を見つけることができました。

恐怖心と向き合う

ザ・メンタルモデルの「恐れの扱い方」というワークを実践しました。
こちらの書籍では、人のこころの痛みのシステム、サイクルを理解して、振り回されず、生きたい自分で生きていけたらいいよね、ということが解説されています。
結構パンチがあってはじめて読むときは辛い気持ちになるんですが😭
生きづらい、生きていく上で自分には何か役割があるんじゃないかと思っている、という方におススメです!😌

何が怖い?

漠然と怖い!と思っていたんですが、言語化してみると休職について親に言うのが怖い、そもそも話しかけるのが怖いんです、わたしは。
わたしと親は、普段、コミュニケーションをほとんど取りません。
話すときは基本、生活に関わる重要なこと、がテーマになりますが、事務連絡程度で会話らしい会話はめったにありません。
その状態の人に自分のセンシティブな問題について報告するというのはなかなかにハードルが高いと思いました。
また、開示された情報に対する自分の意見を述べるというのは、人間としてまあよくある反応です。
わたしが置かれている環境の特徴として、自分の重要な部分のみに介入されやすい、という点があると気づきました。
わたしは親に何を伝えたいか、というと休職するので一カ月の間わたしの生活スタイルが変わりますよ、ということなのですが、この目的がまったく頭から消えていました。

現在、これは起こっているか?

恐れていることは現在、起こっているか?と問われると、起こっていません。
過去に似たような出来事で嫌な思いをしたことがあって、それがまた怒るのではないかと恐れている状態が現在です。

今は起こっていないけれど、自分に現実を変えられるっていう自信がないです。
悲しい思いを我慢するしかないって思っています。
だから怖いし、起こってほしくない。

どんなシナリオを描いているか

まず不安いっぱいな状態で頑張って休職のことを言う。
それに最低限の言葉だけが返ってきたことと、ちゃんと言えたことに対して安心する。
そのタイミングで投資や自己啓発の本を渡されたり、仕事論を語られる。
こちらの意志は関係なく、一方的に語られる。
わたしの意見や困っていることを言っても、正論のようなものや、「おまえはまだまだやな」と言われる。
自分の言葉が伝えたいように届かず絶望する。
わたしはダメなんだ、また邪魔された、否定された、と悲しくて大泣きする。

これがわたしの頭の中で描かれているシナリオだ。
特徴として「○○された」という受け身な表現ばかりで、自分にはどうすることもできないという無力感が漂っている。
否定されることにものすごく恐怖を感じている。
この現状をどうすることもできないと思っていたけど、ここまでくると自分にもできることがあるんじゃないか、と思えてきた。

シナリオを言い換える

『大人になって様々な能力を持つ私たちには、起きたことに対して何かしらの行動を起こし、そこに望む状態をつくり出そうとする力がある。何があったとしても、決して無力ではない』

ザ・メンタルモデルのワークブックないからの引用。
勇気をくれる分だと思う。

「○○になってしまう」を「自分が何も抵抗せずに○○となる状態を選んでいる」
「○○される」を「自分が甘んじて○○されることを受け入れている」
という言い方に変えていく。

例えばわたしなら、「相手を受容して(否定せずに受け止めてほしい、と自分の望みを伝えず黙ってきいて)嫌なことを言われても抵抗せず(自分で自分を守ろうとはせず)自分の思いが伝わらないという体験をあえて選んでいる」。
これをしていたら、わたしが起きてほしくないことは100%起こる。

全て自分で選べる、という観点に立つ

親の反応をコントロールすることはできない。
もしかしたら圧を感じて、怖い思いをして泣いてしまうかもしれない。

でも、「そういうこと言わないで」「気持ちだけ受け取っておきます」とが言葉で自分を守ることだってできるし、もう受け取らない!無視!でもいいのかもしれない。
自信はないしちょっぴり怖いけれど、漠然とした不安と恐怖は薄らいだ。

相手の変化を期待してしまう気持ちもあるけれど、まずは自分が気楽に行ける道を探っていこう。

振り返り

否定される、受け入れてもらえない、というのは自分の存在をゆるがすようなハプニングなんだと思いました。
それが起こるのが嫌でやっていることって、起きてほしくないことを再現してしまうんだな、とよくわかった。

トラウマって怖いし辛いけれど、わたしたちはこうやって考えたり、理解することができる。
自分自身で現実を変えられる部分もある。
誰かと手を取り合うことができる。

小さなところから、踏み出していけばいい。
というか、もう踏み出している。

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