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Episode 103 「海外出張の正体」

大学時代はエアラインパイロットを目指し、勉強及び飛行訓練に励んでいた(Episode100参照)が、やはり人生そう簡単には自分が思い描くプラン通りには進まない。

悩んだ挙句、PIVOTを図り、全く別の道を進む事にし、私は電通という会社に就職(Episode102参照)する事になる。

尚、電通ではスポーツ局という局への配属となった。当時、多い時は月に一度の頻度で海外出張があった。インドネシアにJFA(日本サッカー協会)の方と一緒に行った時の話だが、どうしても忘れられないエピソードがある。

海外出張は、最初の内は、楽しいが、慣れてくるとそうでもない。

出張先のインドネシアでは、日中は様々な(現地の)テレビ局を回り、交渉を行ったり、プレゼン(日本のJリーグや日本代表の試合の放映権などを販売する為に)を行ったりと忙しくしていた。

日本語におけるプレゼント、英語におけるプレゼンは似て非なる。

仕事が一段落し、夜にご飯を食べに行こうという流れになった。電通の先輩である二人、I氏とS氏に併せ、日本サッカー協会から一人、そして私の計4人でタクシーに乗り込んだ。

I氏は私の約10歳ほど先輩であり、スポーツ局に異動になる前は(電通の営業局にて)某大手教育系クライアントを担当していたバリバリの営業マンであった。クリエイティブやストラテジックプランナー(ビジネス戦略プランナー)も例外ではないが、電通という会社は営業局の人達が非常に優秀という印象がある。

ストラテジックプランナーは外資(McCann, Havas, beacon, Wundermanなど)が上。ただ、営業は圧倒的に内資(電通、ADK、博報堂)が上だと、個人的には感じる。

四人を乗せたタクシーは街灯の数が少ない、薄暗い高速道路にも見えなくない道(この世の中に存在する全ての灰色の絵の具や色鉛筆を混ぜた様な灰色の風景だった)を、どれくらいであっただろうか、約20~30分ほど走らせた後、更に薄暗い小道を進んでいった。

海外のタクシーは、どれだけ乗っても、やはり緊張感が走る。

タクシーが停まったのは、4階または5階建てのビルの前だった。状況を完全に把握しないままタクシーを降りた。薄暗い高速を降り、薄暗い道を通り、薄暗いビルの前でタクシーを降り、薄暗いエレベーターに四人で乗り込んだ。

我々を乗せたエレベーターは3階で止まった。ドアが開き、目の前には、薄暗いスペースが広がった。しかし少し進むと今までの薄暗さとは全くの対照的な煌びやかな光景が目に飛び込んできた。どう考えても、食事をする通常のレストラン、ではない。そう、"お酒を飲む"お店だったのだ。

あまりにも煌びやかな場所だった

中に更に進んでいくと、薄暗い部屋に通された。そこには円形のソファーがあり、我々4人はそこに着席した。その時、(フロアを仕切っているであろう)ママ的女性が現れ、我々の来店に感謝の言葉を述べた。

このママ的立ち位置の女性が、「さて、どうする?」といった内容を我々に訊いた。飛行機内で訊かれる、「Beef or Fish?」に似ていなくもなかった。すかさずI氏が、「とりあえず、見せて」と告げると、彼女は後方を向き、とあるソファーに向かって、手を上げて合図を出した。

世界最高峰のロックバンドの一つであるFoo Fightersの「Learn To Fly」(1999年)という曲は最高だ。

その合図に応える形で女性が15人程だろうか、ゾロゾロと列をなしてこちらに向かってきた。まるで、校庭を行進する小学生の列が、先生の指示(合図)により行進する様な光景だった。

だが、もちろん彼女らは小学生なんかではなく、成人した立派な女性達だった。彼女らは、我々のソファーを囲む形で、これでもかという程の商業用の笑顔を我々に向け、お行儀よく並んでいた。

列をなして我々が座るソファに来た

もし辞書に「商業用笑顔」という単語が載っていたとしたら、間違いなくその文字の横に挿絵として使われても申し分ない、そんな笑顔だった。または、もし、wikipediaに「商業用笑顔」なんていうページだ存在したならば、そのページに事例として載っている写真は、彼女らの笑顔が適していると思う。

営業用・ビジネススマイル、というそれである。仕事とは、大変だ。

彼女らの胸の辺りには丸いプラカードの様なものが付いており、それらには番号がふられていた。約60秒ほど彼女らは営業用スマイルを保った後、ママ的存在の女性の合図により、再び元のソファーに戻っていった。もちろん、再度列を作った状態で、彼女たちは(基地に)戻って行った。掃除を終えたルンバが、ベースに戻っていく感じに似ていなくもなかった。

やるべき事を終え、ベースに戻る。

「どうだった?」とママ的存在の女性は(我々に)訊いた。「他の国も見たいかな」とI氏。そう、このお店では女性は国別に分かれて、それぞれ15人程度の様々な人種の女性がそれぞれのソファーに座っているのであった。

この様にして、先ずは、インドネシア、続いてシンガポール、韓国、ロシア、モンゴル、などなどと、代わる代わる我々のソファーを取り囲み、同じ様な商業用の笑顔を60秒間保ち、合図と共に去っていった。

ここからはご想像の通り、やれ「シンガポールの(プラカード)何番が良かった」、「しかしロシアの何番はどうだった」などの軽いシンキングタイムを経て、我々4人、各自が一人選び、その女性が隣に座りお酒を注いでくれる、というシステムである。

この光景を目の当たりにした際に感じたのは、これは一種の人身売買ではないか、という疑問であった。もちろん、合法なシステムであり、誰が悪い、または何がどう悪い、ということではないのだが、このコンセプトそのもの自体に些か嫌悪感を抱いた(なにはともあれ、この場所で具体的になにが起こったかに関しては、ご想像にお任せしたい)。

尚、支払いの際、先輩であるS氏がお店の人と揉めていた。どうやら、現金での支払いとクレジットカードでの支払いの金額に齟齬があることに対し揉めていたのだ。

S氏は現金での支払いを希望していた。なぜなら、カードで支払いを行ってしまうとその請求先(つまり、このお店)を自分以外の誰か(おそらくS氏の奥さん)にトラッキングされてしまう事を恐れていた。

そんな中、(具体的になぜなのかは把握していなかったが)現金での支払いであると、カード払いに比べ、少々金額が高くなる、との事だった。かれこれ10分は揉めていたが、なんとか現金での支払い(金額はカード払いの場合と同額で)を終わらせ、無事我々三人が待つお店の出口に来た。

「いやぁ、良かった、(クレジットカードでの支払い金額と同額を)現金で払えて。このお店の名前がさ、クレジットカード会社からの請求書の紙に記載されてたら(妻にバレてしまう為)やばいから」とS氏。

何はともあれ、一件落着という事で安心し、また楽しい時間を過ごしたということもあり、我々はお腹を空かせていた。ちょうど良い事に、どうやらこの建物の上に食事をできるところがあるとのことだったので、4人で最上階にあるお店に向かった。

確か、中華系のお鍋のお店だったと記憶する。味は美味しく、更にお酒を楽しんだ。お支払いの時、S氏が「ここは俺が払うから、先に出てていいよ」と言ってくださり、我々は彼にお礼を言いテーブルを立ち、出口にて彼を待っていた。

S氏がレジからこちら出口に向かってきた。エレベーターにみんなで乗り込み数秒した時に、突然S氏が叫んだ。「やばい、クレジットカードで払っちゃった!!」。

S氏

なんと、この店は先ほど行ったお店と同系列のレストランだった。そう、彼は最初のお店であれほど粘って、カードではなく現金で(カード払いの場合と同額にて)支払いを行ったにも関わらず、このレストランでサラリとクレジットカードを使ってしまったのである(そう、あれだけ、このお店の事がバレない様にと、現金払いをしたにも関わらず)。

日本に帰国後、自分以外の誰か(つまり、S氏の奥さんなど)にトラッキングされていないことを祈る。

因みに、この方はS氏ではなく、I氏である。

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