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中篇小説『リヴァース・ショット』連載9回。はなればなれの実時と和子。それぞれの曲がりくねった道。それぞれの孤独。それぞれの絶望寸前。夜明け前が一番冥い。
咽る(むせる)ように薫る新緑の青桐が 揺れている。 実時は 和子の行方が判らなくなって以来、その行方を探るように嘗て和子が巡った霊場を訪ね歩いていた。季咸や芳仙という巫女と違って、降霊術師である大宗師、尊院には霊場修行は 本来それほど重要ではない。 しかし実時は口実をつけては 芳仙だった和子が何処かの霊場に預けられているのではないかという微かな期待を胸に抱いて旅をしていたのである。既に 和子の行方が知れなくなって一年が過ぎていた。是時は十八代大宗師を弟の篤時にする云々を最早
中篇小説『リヴァース・ショット』連載8回。攖寧社なる降霊術師の家系に生まれた男と霊を受け取る巫女として育てられた女にも 深くて冥い川が在る。
コンテナハウスの外では 夕日が数分の間 橙色に世界を染め上げてしまうだろう。 鴉がコンテナハウスの小さな庭にある物干し台に止まっていた。 あれは 慈愛、御仏の慈愛。 ガラス球のような目を開けはしていた丸山和子は 三十四歳になっていた。 あれは 慈愛、御仏の慈愛。 その言葉が 頭の中で遠く響いていた。 彼女は 漸く自分の意志を持って瞼を閉じた。熱い液体が両目を覆った。 実時のあの涙に濡れた長く黒い睫毛が 暗い闇の中では蘇ってこなかった。ただ 実時を男として向かい入れた悦びが
中篇小説『リヴァース・ショット』連載第7回 ★切り返しショットの一方には別の人生、人生の意味が広がる。俊輔にとってのミナミとは別の横顔をとらえるショットが ある。
奈良俊輔の代わりに ある男が 千九百九十九年の 五月七日、仙台に向かって新幹線に乗る。 その男が 誰であるかは 奈良は勿論知らない。しかし その男は 奈良が書いた『ありきたりのポルノグラフィ』のモデルとなったあの ミナミという源氏名の女に会うために仙台に向かったのである。 とはいえ。その男が ミナミという名を知りはしない。その男は その女性をもっと別の名前で呼ぶ。ミナミが 別の名前で送ってきた人生に その男は 深く関わっているからである。 彼は 大男のわりに顔が小