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『remember』

Q. 好きな匂いは?

採用ワード:「金木犀」

Q. 一番欲しいドラえもんの道具は?

採用ワード:「アンキパン」




私は彼にお願いした。

「毎週、日曜日は私とデートすること」


嫌なのか嬉しいのか、

よくわからない表情で彼は、

「いいよ」

とだけ返事をした。


それから毎週、

私は彼と色んな所に出かけた。

場所も時間も全て私が決めて。


自転車で走った海沿いの道。

二人が好きだったアーティストのライブ。

一緒に観た映画を永遠に語り合ったファミレス。

コロッケを買って歩いた近所の商店街。

どこにもいかない日も設けた。

私が漫画を読んでいる間、
横でずっとテレビゲームをしてもらった。

夕飯に私の好きなクリームパスタを作ってもらった。

楽しい日も、楽しくない日も過ごした。

私の誕生日を忘れた彼を怒った。

私がわがままばかり言うから叱ってもらった。

わざと二人で終電を逃して、
仕方なくラブホテルに一泊した。

たまには嫉妬してとお願いした。

その代わり私は束縛するからと宣言した。

映画を観ている時の油断しきった私に
ボソッと耳元でプロポーズしてもらった。

私は「はい」と言った。



彼はこの世から去っていった。



まるで私との思い出を暗記させるみたいに、

もう一度、
出会って婚約するまでを繰り返してみたけど、

失った彼の記憶を取り戻すことは叶わなかった。



彼の母親から一冊の手帳を預かった。


そこには、
彼が記憶を失ってから私と過ごした思い出が
記されていた。

一緒に見た景色、食べたもの、
私が発した些細な言葉から、
私の体に触れた感触のことまで。

全てがそこに記されていた。


手帳を読んで、私は激しく後悔した。

悲しく辛くて、涙が止まらなくなった。

彼が二人の時間を
本当に愛しく思ってくれていたことを知って、
余計に。

私は彼の記憶に残ることに必死で、

彼との新しい記憶を残せなかった。

私の中の彼はあの時のままで、

彼は彼の人生を一生懸命生きていた。

私は二度と戻らない彼の記憶の中にいた自分を
追い求めていただけだった。


手帳をめくっていくと、

1ページだけ覚えのない出来事が綴られていた。


『9月中旬の公園にて、
一人散歩をしていると、
甘く優しい香りが漂ってきて
ふと可憐に咲く金木犀の花を見つけた』


その短い文章だけが、

1ページを使って書き残されていた。

私はそのページに栞を挟み、

手帳を閉じた。



そして数年が経った。



私の記憶も徐々に体からすり抜け、

彼の顔も声も感触もどんどん覚束なくなった。

人が五感で認識し記憶したものなんて呆気ない。

一番初めに記憶から無くなるのが聴覚で、

最後に忘れるのは嗅覚だと聞いた。


それから、

少し離れたところに引っ越した。

転職も考えた。

素敵な男性と出会い、

私は新しい恋をした。


ある仕事の帰りに、

たまたま通った公園が妙に懐かしく、

歩いて散策してみた。

心地よい風が吹いて、

秋の香りが風に乗って私を包み込んだ。

「近くにきっと」

周りを見渡すと、

思った通り金木犀が咲いていた。


その香りを私の嗅覚が感じ取って、

何故だか分からないが、

涙が零れ落ちた。


私の眠っていた記憶が、

ふっと蘇る。


9月中旬の公園にて、
一人ベンチで本を読んでいると、
秋の香りが漂ってきて、
ふと隣に咲く金木犀の花を見つけた。


その後、

見知らぬ男性がゆっくり近づいて来て、

「あなたから香ったのかと思いました」

と、ちょっと恥ずかしそうに彼に言われたことを。


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