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毒親から抜け出したいアダルトチルドレンすい⑤〜私の幼少期(2)〜

私の幼少期を振り返っています
(1)はこちらから↓

まみ(母)と過ごす時間が多かった幼少期
私はまみの機嫌に支配され続けていた

時々まみの感情の糸は
本当に些細なことで"ぷちっ"と切れる
そうなるともう、
誰も手をつけられない

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まみはいつも仕事でストレスを抱えていた
と同時に
おと(私の父)との十分な時間が取れず
夫婦間のコミュニケーションが破綻していた
(おとは仕事でほとんど家に居なかったため)

だから常にイライラしていて
機嫌がいい日は稀だったし
私はいつも顔色を窺って過ごした
(今この話をしても良いかな)
(疲れてそうだから話しかけないでおこう)
そのうち自分の話をするよりも
まみの話を優先して聞くようになったし
まみを苦しみから解放してあげたいと奔走した

今回もまみとのエピソードをもとに
私の幼少期を振り返ってみたい

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まみは家に人を呼ぶことをひどく嫌った
それは
"休みの日まで人と会いたくない、
出来るならば家族とも"
という意味だ

小学生の私はそんなことを知る由もなく
周りの友達がそうしてくれるように
家に友達を呼びたかった

とある日、私はどうにか話をつけて
学校の友達を家に呼んだ
まみはひどく笑顔で親切だった。
たまたま前の日に頂いたロールケーキを
私と友人の分出してくれたけれど
それはお世辞にも美味しいとは言えず
私も友人も半切れ以上残した

友人が帰ると
まみはいつもの不機嫌な顔に戻り
(あんたが友達なんか呼ばなければ
こんなに疲れた休日にならなかった)
と言わんばかりの盛大なため息をついていた

私は精一杯のありがとうを言ったが
まみのイライラはそこではなく
"残されたロールケーキ"
にぶつけられた

せっかく出したのに残しやがって
とでも言いたいかのように
ガシャン!と食器をシンクに勢いよく置き
ケーキを生ゴミ箱に投げ捨てた
(※食べ物は粗末にしてはいけません)
私はキッチンの隅でそれを見ながら
心の中で"ごめんなさい"を繰り返していた

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まみは怒ると手がつけられない
というより誰も宥めようとしない
1人で勝手に怒っては反省しての繰り返しだ
彼女も彼女なりに苦しかったんだろう

食べ物の思い出と言えば
もうひとつあるのでここで供養


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おとも私も食わず嫌いがひどく
まみは料理に手を焼いていた
毎回の献立に頭を悩ませ
疲れた体に鞭を打ってキッチンに立っては
いつも同じ料理(=おとも私も確実に食べるもの)を
作った

たまにアレンジした料理を作っても
おとは知った味を好み
私は偏食なので
食卓に並んでも手をつけられることはなかった
それでも栄養を取ってほしいと
まみなりに考えた料理が置かれたことがあった
そのひとつが
"ホタテのクリームシチュー"
だった

その日も食卓を最後まで占領したシチュー
おとは責める意図はないものの
「なにこれ(=何を作ったの?)」と箸で料理を指し
説明を聞いては「ふーん」と濁した

誰ひとり箸をつけず
置かれたままのシチュー
食べ物に罪はないのに
まみは怒り狂ったように席を立ち
「どうせ私の作る料理なんて誰も食べないじゃない!」
「こんなに考えて作っても要らないんでしょ!?」
と目に涙を浮かべ叫んだ
慌てふためき咄嗟に「そんなことないって!」と言ったが私も偏食、
ホタテには一切手をつけていなかった
そのままシチューは生ゴミに捨てられ
その後一度も姿を見ていない

これがトラウマとなり
まみはひたすら同じものを作るようになり
私は知らないものでも1口は食べようと決めた

あの冷え切った食卓で
二度と過ごしたくない
唯一の家族との団欒の場を
壊したくなかった
(あと食べ物がかわいそうだった)

まみのイライラは
何か原因があるというより
ヒステリーに近かった
だれもその予兆には気づけず
時間をやり過ごすしか方法が分からなかったのだ

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食べ物とまみと私の話。

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