はやま

一度は諦めましたが、やっぱり小説を書きたくてはじめました。 書くことが楽しくて嬉しくて…

はやま

一度は諦めましたが、やっぱり小説を書きたくてはじめました。 書くことが楽しくて嬉しくてしかたがない40代。 だいたい嘘を書いています。 ■虚構日記:きっかり650字 ■掌編小説:~1999字 ■短編小説:2000字~

最近の記事

短編小説:パラレルボックス

開け放した窓から、ひぐらしの鳴き声が聞こえる。 昼間の不快な熱は夕立にすっかりかき消され、西にある小高い山から下りてくる風は、ひそやかに秋の気配を包んでいた。この時期めったにない、気持ちの良い夕暮れに思わず頬がゆるむ。 ほとんど物のない薄暗い室内に、かろん、と氷がくずれる音が響いた。 「あかりさんはどうして結婚しないの?」 あかりさんが作ってくれた夏みかん酒のソーダ割りを飲みながら、わたしは小さな声で尋ねてみた。聞こえなければそれでもいいか、というような声で。 だけど、

    • 虚構日記:叔父さん

      最近、十歳の少年と知り合った。 今、わたしが書いている児童小説の主人公である。 その彼から、このところ連日苦情が届いている。 どうやら、自宅をオープン設計なデザイナーズマンションにしたせいで、秘密や謎に飢えているらしい。わたしのせいなのでどうにかしろ、と言ってきた。 たしかに両親ともにミニマリストの設定にしたのはわたしだ。そのせいで彼の家には極端に物が少ない。 整頓されたクローゼット。五十音順に並んだ本棚。潜り込めない床置きのベッド。キレイだけれど小学生には面白味のない家

      • 掌編小説:履物

        天候が回復したらしいので土間で履物の手入れをしていたら義父が来た。 先月に連れ合いを亡くしてから、よほど暇なのか頻繁に顔を出すようになった。寂しいのでしょうから堪忍してくださいねと妻が笑って言う。もちろんだよ、と笑顔で答えながら義父を見た。 昼間だというのにもう酒臭い。呂律が回っていない。声が聞き取りにくい。垢じみた上着の襟首が汚らしい。排水溝に溜まった泥のような臭いがする。自分はこの男が大嫌いであった。 どうぞお父さんお上がりになって、と妻が言った。 内心で舌打ちを

        • 虚構日記:見られない

          夕方、動画配信サイトを開くと有名どころのゲーム実況者がこぞって同じゲームを実況していた。 サムネイルを見るかぎり、ホラーゲームらしい。 面白そうだったのでSの動画を見ようとクリックしたら【この動画はユーザーにより削除されました】となって見られなくなってしまった。 何か映り込みでもあって一旦削除したのかなと、とくに気にすることなく、次に表示されていたべつの実況者の動画をクリックしてみる。 一瞬だけサムネイルの画面が表示されて、すぐ【この動画はユーザーにより削除されました】

        短編小説:パラレルボックス

          虚構日記:火星人のお礼

          駅舎内のコンビニで買い物を済ませて帰ろうとしていたら、切符売り場でまごまごしている火星人を見つけた。 バックパックや大量に抱えた紙袋に触手を伸ばして、あたふたしている。 まわりの人は関わり合いになりたくないのか見て見ぬふり。 せっかく地球観光に来てくれたのに、最後の思い出がこれでは可哀想だ。 「どうしました」と言語アプリを起動して声をかける。 はっとしたように火星人が振り返った。 彼(あるいは彼女)が首をかしげる。 「ええと」とスマホに文字が表示された。 「チケット代

          虚構日記:火星人のお礼

          虚構日記:欲望デパート

          ペンが欲しくて、久しぶりに欲望デパートに行ってみたら五階建てになっていた。 前に来たのはいつだったか。思い出せないけれど、そのときは、たしか十三階までは登った気がする。 ずいぶんと小さくなったものだ。最近は何でも買い控える人が増えているというニュースを見た気もするけれど、ここまで小さくなっているとは思わなかった。 高校生の頃を思い出す。 あの頃はいつ来ても五十階前後まであって、さんざん買い物をした後に最上階のレストランでどか盛りのミートソーススパゲティとケーキの乗ったパ

          虚構日記:欲望デパート

          虚構日記:第五富士

          あまり知られてはいないけれど、日本には富士山が五つある。 普段、富士山と呼ばれ、よく目にするあの山が第一富士で、第二、第三と続くらしい。 いずれも寸分たがわず同じ形をしていて、北海道(たしか釧路)にひとつ、石川県の近くにある無人島にひとつ、四国の真ん中にひとつ、残るひとつは九州のどこかにあるという。 小学校で習ったはずなのに、すっかり忘れてしまった。 いずれの山も、第一富士ですら、わたしは実物を見たことがない。 飛行機に乗っても、新幹線に乗っても、いつも方向の違う側の

          虚構日記:第五富士

          虚構日記:あとでやる子ちゃん

          あとでやる子ちゃんがまた来た。 本当の名前は知らない。彼女が来ると、何もかもが後回しになってしまうので、そう呼んでいる。 合鍵を渡した記憶もないのに、彼女はたびたび勝手にわたしの部屋に上がりこんでくる。 今日もまた、消えかけた星色のパジャマに身を包み、腕に大きな三日月を抱いて、にこにこと枕元に立っている。 時計に目を向けると、まだ朝の五時にもなっていない。 来るのが早すぎる。 そうでなくても今日はやることが目白押しだ。 帰ってもらおうと思って彼女を見ると、ナイトキャッ

          虚構日記:あとでやる子ちゃん

          虚構日記:オブジェ

          夢を見た。 男がひとり銃殺され、現場にはbarn(納屋)だかburn(燃やす、燃える)だかの文字が血で書かれていた。わたしは刑事でもないのに、なぜだか現場に連れまわされている。 意見を求められるわけでもない。それなのに、死体を指し示され、英語らしき言語で「見ろ」と命令される。 わけもわからず、知らない男の死体を見る。 青のチェックのシャツがところどころ焦げたように黒い。穴が開いているのかはわからない。次の命令が来ないので、その焦げ跡をじっと見ていると、わたしを無視して捜

          虚構日記:オブジェ

          虚構日記:再婚ドキュメンタリー

          五十八歳と八十六歳の男性研究者同士の再婚ドキュメンタリーが流れている。わたしは見知らぬうす暗い部屋にいて、そこにある小さなテレビで、その番組をぼんやり見ていた。 男性はどちらも子持ちで、それぞれに娘がふたりずついるらしかった。 「ふたりとも料理が好きではないので、食事の準備が一番大変ですよ」と言っていたが、用意された食事はどれも美味しそうだった。 テレビが来たから頑張ったというが、娘たちは特に喜ぶ様子もなく、普段の食事内容とあまり変わらない様子がうかがえた。 五十八歳男性

          虚構日記:再婚ドキュメンタリー

          虚構日記:かき氷

          突然、かき氷屋を一緒にやらないかとインド人の友人から誘われた。 わたしは屋台に座っていて、今まさにラーメンの最初のひと口目をかっ食らおうというところだった。 今朝、初めて食べたかき氷にいたく感動したらしい。 気持ちは分かるが、いささか早計過ぎると思った。 夏しか売れないだろうし、氷室の維持管理費用とかで結構お金がかかると思うよと伝えるけれど、「猛暑にかき氷を売ることは人道的行いであって、儲かるか儲からないかではない」と強めの口調で言い返された。 ラーメンのスープを飲み

          虚構日記:かき氷

          虚構日記:ゲームショウ

          ゲームショウに来ていた。 あたりは群衆と呼んでいいほどの人だかりだが、不思議と圧迫感がない。 それも道理で、よく見ればみんな人の形はしているものの、くらげのように透き通っていて、ふよふよとしていた。 身体が触れても何の手ごたえもない。人間のかたまりは嫌いだけど、これなら居ないのと同じだ。 色とりどりの透き通ったくらげ人間が建物のなかに消えていく。 ひそみに倣ってあとに続いた。 建物の中は細かいブースにわかれていて、どのゲームも無料で体験できるという。 普段は手を出

          虚構日記:ゲームショウ

          虚構日記:炭酸水

          炭酸水が好きだという話をしたら、水道局に行って手続きすれば水道水を炭酸水に変えてくれるよ、と誰かが教えてくれた。 さっそく水道局に問い合わせてみると、たしかにできますという。 費用も今の基本料金に月額百五十円追加するだけというので、さっそく手続きしてみた。 家に帰り、わくわくしながら蛇口をひねる。 しばらく普通の水が出た後、じゅわわわと明らかに音が変わって炭酸水が出はじめた。 コップに注いでみる。しばらく待ってみても、コップの中の泡は消えない。飲んでみると、しゅわしゅ

          虚構日記:炭酸水

          虚構日記:卵頭

          夢を見た。 わたしは作業服を着ていて、薄灰色のコンクリートで舗装された、なだらかな坂道の前に立っていた。 気温は暑くも寒くもなく心地いい。 まわりの景色は見えないけれど小さな山の中腹であるような気がした。 この坂を下った先の土地がほんの少し平坦に開けていて、そこにわたしの畑があるのだった。 坂道を下って畑に到着する。 畑の周囲は雑草が生い茂った藪になっていて、開かれた藪の中に六つの小さな畝が並んでいる。今は何も植わっていないようで、きれいに整えられた健康的な濃茶の土だけ

          虚構日記:卵頭