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虚構日記:火星人のお礼

駅舎内のコンビニで買い物を済ませて帰ろうとしていたら、切符売り場でまごまごしている火星人を見つけた。

バックパックや大量に抱えた紙袋に触手を伸ばして、あたふたしている。
まわりの人は関わり合いになりたくないのか見て見ぬふり。
せっかく地球観光に来てくれたのに、最後の思い出がこれでは可哀想だ。

「どうしました」と言語アプリを起動して声をかける。
はっとしたように火星人が振り返った。

彼(あるいは彼女)が首をかしげる。
「ええと」とスマホに文字が表示された。

「チケット代が足りなくて」
荷物に伸ばしていた触手が、シュルシュルと服の中に戻っていく。
大方、土産を買いすぎたのだろう。身に覚えはぼくにもある。

ふと、彼(彼でいいか)の荷物の中に未開封のパック飲料が見えて、ひらめいた。
「じゃあそれ、ぼくに売ってくれませんか?」

パック飲料を指す。これなら火星でも売っていたから、問題はあるまい。
渋る彼から不足金額を聞き出し、それより少し多めの金額でパック飲料を買い取った。

礼を言いつつ、彼が紙袋から透明の液の入った小瓶を取り出す。

と、次の瞬間、彼は自分の触手を切り取ってその小瓶に装着した。赤い触手が青緑色へ変色していく。

驚くぼくの手に小瓶を握らせると、彼は何度も頭をさげながら、改札の向こうへと消えていった。

はじめは困惑したけれど、この触手、虫を見るだけで捕まえてくれることに気がついた。虫が苦手なぼくにとって、これほど嬉しい贈り物はない。

うねうねと蠢く青緑色の触手を見ながら、やはり人には親切にするものだなと嬉しくなった。

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