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虚構日記:あとでやる子ちゃん

あとでやる子ちゃんがまた来た。
本当の名前は知らない。彼女が来ると、何もかもが後回しになってしまうので、そう呼んでいる。

合鍵を渡した記憶もないのに、彼女はたびたび勝手にわたしの部屋に上がりこんでくる。

今日もまた、消えかけた星色のパジャマに身を包み、腕に大きな三日月を抱いて、にこにこと枕元に立っている。

時計に目を向けると、まだ朝の五時にもなっていない。
来るのが早すぎる。
そうでなくても今日はやることが目白押しだ。

帰ってもらおうと思って彼女を見ると、ナイトキャップの白いボンボンを揺らしながら、裸足の足をこすりあわせていた。えへへと吐く息が白い。

はぁ、とため息をついて布団を持ち上げる。遠慮がちに布団にもぐってきた。相変わらず体温が高い。あっという間に布団のなかで空気がふくらんだ。

雪の中で露天風呂に浸かっているかのような心地よさに気を失いそうになる。

ずりずりと布団にもぐる彼女の頭からナイトキャップが外れて、闇夜のような黒髪が現れた。艶やかな闇は海藻のようにゆらゆら床に広がり、さわさわ壁をつたっていく。

あっという間に部屋は闇夜に包まれた。瞬きをするたび、ひとつ、ふたつと星が増えていく。
布団の下には床があるはずなのに、背中がぞわぞわと波打った。

布団の端をつまんで、あとでやる子ちゃんがんふふと笑う。
今日もまた、まんまと彼女の策略にはまってしまった。

まだ猫たちはベッドから顔も出さない。
ご飯の時間は、もう少しあとでもよさそうだ。

天井の遠く向こうで瞬く星を見ながら、彼女にならって布団の中にもぐりこんだ。

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