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【恋愛の悩み】傷ついた事に悩むのと傷つけた事に悩むのかで先の未来が大きく変わるよ



こんにちは凪/なぎです

日夜色んな方達の沢山のお悩みを聞いていると実に多様な問題に直面しますが、悩みや相談に対する向き合い方は基本的に仕事であっても恋愛であっても変わることはありません。

今日の主題は題名の通り


傷ついた事で悩むのと、傷付けた事で悩むのは先の結果に多大な影響を及ぼす

今回でコラムも3回目になりました。不定期ですが腐りにくい内容を書いてるつもり。


今回はジブリの作品を挿絵に入れてみたよ。だってとても綺麗だよね。公式サイトの著作権フリーの画像を使っています。

傷つく種類は2通り



基本的にどんな物事でも傷つくのは2種類しかありません。厳密には傷ついた事によって生じる悩みと傷つけた事によって生じる悩みです。人間は日々実に多様な価値観や環境、人間と自己を形成しながら生活を営んでいます。その時その時で気に触る事や感情的に感じる事も往々にしてあるでしょう。

ただし、傷つけた事によって生じる悩みも例外ではありません。

大体の相談では傷ついて感情的な悩みが多いんです。


話は戻って日々沢山のお話を聞いていますが基本的に自分が傷ついた事に対して悩んでる方が殆どです。9割と言っても過言では無いくらい殆どです。恋愛の悩みも結婚の悩みも大抵の場合パートナーの方の言動によって疲弊したり傷ついた事を打ち明けられる方が多いです。現実問題としてそれが悪いという訳では全くありません。ただあまりにも主観的過ぎるよな。ってことはよくある話です。ようは自分本意過ぎるんです。自分本意というのも決して自分勝手という訳ではなく自分の価値観の枠組みで捉えているという意味です。

なので口を揃えて皆さん仰るのが「相手の気持ちが分からない」

一般的にお悩み相談と言えど本来その題目は多岐に渡ります、恋愛結婚のみならず仕事の悩み、コミュニケーションの悩み、自身の内面の悩み、セクシャルな悩み。ただ事恋愛や結婚に置いては面白いくらい抱えている悩みと言うのが自分が傷ついたことによる悩みが大多数です。


こんなこと話を聴く側の人間として正直に言っていいものかと躊躇うよりとても大事な事なので率直に書いていきます。

女性が理想を求めるように、男性心理も求めよう


基本的に女性は男性よりも遥かにロマンチストです。周知の事実ですね。そして女性の場合異性に対して求める水準が高い傾向にあります。水準というのは自分引いては女性に対する理解度や器量の話です。自分を承認して欲しい許容して欲しい。女という自分を理解して欲しい。分かって欲しいという気持ちそのものです。決して経済水準やルックス等の他者のステータスに対する話ではありません。

反面、男性の場合はその水準は低い傾向にあります。自分のことなんで分かってくれないの!って情緒が波風立つ男性がいたら貴方はどう思いますか?女々しいですよね。
つまるところ男性の場合は自己理解を求める水準が往々にして低い傾向にあります。(勿論ゼロではありません。)
一般的に、この理解度が高い男性が女性からモテる傾向があります。技術の1つとでも言えばよいでしょうか。ただ忘れないで下さい。女々しい意味では全くなく男性にも女性のような理解して欲しいという気持ちは往々にしてあります。つまり男性心理が存在します

ですがこの男性心理に対してきちんと理解しようとしたり向き合ったりしてる方って往々にして少ないんですよね
当たり前の話ですが女性の場合は基本的に男性からアプローチをかけられる受け身の立場になります結果として男性心理についての関心という物が基本的に疎かになりがちです。
男性にモテる為にオシャレや身なりは整える。相手の器量を立てる等は考えても男性という男の思考を理解しようと努める人間が果たしてどれだけの割合いるでしょう?

価値観や認識がズレる時、相手もまた傷ついている


価値観や認識の相違からパートナーと衝突することは珍しい事ではありません。が、先に挙げた通り物事で衝突した際に他者の事まで考えられる人間はそう多くはありません。ただ考えて下さいどれだけ感情的に辛辣な言葉をまくし立てても些細な言動に心掻き乱されてもパートナーがDVやモラハラではなく貴方と言う人間と向き合う意思がある優しい方の場合、相手もまた傷ついているのです。

この基本原則から目を背けては絶対にいけません。

結果として男性/女性心理をきちんと理解しようとしない自分が育まれてしまうからに他ならないのです。理解出来ない物に蓋をして遠ざけても根本的な解決にはなりません。何処かの節目で何度でも壁として現れてしまいます。
目の前の結果という事象にばかり囚われて相手の心という感性についてきちんと考えた事があるでしょうか?
自分が分かって欲しいと癇癪立てるのと同様に、相手もまた自己理解をして欲しいという気持ちは持ち合わせているものです。それを感情として表に出すか出さないか言葉にして言うか言わないかの違いでしかありません。だってパートナーですから。そして、この基本的な意識が薄れれば薄れる程間接的に相手を傷付けることに他なりません。
思考を理解しろ価値観を合わせろという話ではありません。自分(相手)という人間に対する感性や価値観に対する理解をしたいと言う気持ちが垣間見えない時言葉では筆舌しがたい寂しさや虚しさが募るのはみなさんも経験の通り最早言うまでもないでしょう。

傷つけた自覚の数だけ優しくなれる


優しさとは一体なんでしょう?ただ体裁の良い人当たりの良さは一括りに優しさと言っても上辺にしか過ぎません。
悲しいかな、人間とは皮肉にも自身が傷つけた自覚の数に比例するように優しさを、帯びていくことが出来ます。傷つけたという自覚が相手を労る気持ちや感覚を育むからに他なりません。知識と知恵が異なる様に、他人に対する優しさや思いやりは他人やパートナーとの幾多幾千に及ぶ心や魂のぶつかり合いの中で少しずつ着実に芽吹くものだと思っています。自分自身が傷つけられたという被害者意識=主観的な意識のままだとどれだけ歳月を過ごしても培う事は難しいのは言うまでもありませんね。

わたしたちは1人で生きていくことは出来ません。周囲の方やパートナー沢山の繋がりを経て今を形成しています。
人生の岐路に立たされた時何か思い詰めた時困難や壁に直面した時今1度立ち止まり自分という人間が周囲に与える与えた影響と向き合った時、今までとは全く違う新しい道や風が吹いていくのではないでしょうか。

PS.今回は恋愛と言うには少し特殊な角度から執筆しました。感想や引用等頂けると励みになります。

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