博士課程学生のためのオススメ本3選

一般的に博士課程学生は論文を読むべきで、本を読むべきではない。
理解に詰まるときとか、息抜きが欲しいときは、本に頼ることもあるが、そういった読書に費やす時間は現実の必要性に迫られての「仕方なし」の時間であり、無しで済むに越したことはない。だから普通の読書行為は、基本的には時間の浪費である。

僕自身は、知識は乏しく、息抜きなしには生きていけない、という理想から程遠い学生だったので、そのたびにさまざまな本を読んで時間を浪費してきた。
そういう浪費がたくさんあったこと自体、博士課程学生としては落第だから、悔しく思っている。

だが、それらの本の中にごくわずかながら、博士課程の全体に根幹から好影響を及ぼす本があった。
それらは「役に立つ」という機能性だったり、「思考する」という精神だったりを僕に授け、落第生の僕をここまで生き延びさせてくれた本なので、オススメとしてここでは3冊紹介しよう。

伝わるデザインの基本 増補改訂3版 よい資料を作るためのレイアウトのルール

博士課程はとにかく発表資料を作らされる。スライド・ポスターを作る機会は日々のゼミから学会発表まで多岐に渡った。

徹夜までして必死にスライドをこしらえたのに、それを研究室の室員に見せたら「パッとしない」と言われたり、発表会場の質疑応答で「よくわからなかったのですが」と枕詞をつけられてしまったことは、一度や二度の経験ではなかった。
そういうとき、まず頭をよぎったのが「もっとイケてるスライドを作れれば…デザインセンスが足りないのかな…」という考えだった。

そうして手に取ったこの本は、残念ながら、デザインセンスを向上させる本ではなかった。
スライド、ポスター、文書などの作成で「伝えること」における失敗を僕たちがこれ以上重ねないための教科書だった。
逆に言うと、この教科書を一度読まない限り、自分が資料作りの中で細かい”失敗”をし続けていることに気づきすらせず、オーディエンスにストレスを与え続けながらゼミや学会発表の演壇に立つ羽目になっていた。

初めて読む人は、細かい事項に渡る綿々とした解説、これでもかというほどの図表量に、まず驚かされる。
だが一度でいいから、書いてあるそれらすべてをしっかり実行しきって、スライドなりポスターなりを作成してみてほしい。
成し遂げたとき、「伝えること」における失敗をなくすために必要だったことは、センスではなく、スライド上のストレスを極限まで減らすためのもろもろのTipsであったことに得心するはずだ。

僕はこの本で一度それを習得したことで、発表のたびのコミュニケーションの質が、飛躍的に高まった。そのことは、日々のゼミから、外部への協力依頼に至るまで、僕の博士課程生活の全体にとてもいい影響を及ぼした。
何を守れば失敗を防げるのか?この本にそれがすべて纏まっている。

論理が伝わる 世界標準の「書く技術」

さて皆さんご存じのように、論文を書くことには、普通に文章を書くことと全く違った性質があって、本当に、論文を書くのは難しい。

である。全くのである。
確かに、論文を書き始める前段階の、「情報を集める」「整理する」「考え、知を産む」という過程は、労力がいるし、最後に難産になることもある。
だが、論文の文章を書くのは全く難しいことではない。
ならばどういうことなのかというと、僕の場合は単純に文章の書き方を教わっていないために難しいと勘違いしているだけだった。

教わると言っても、文章を書くことを、あまり難しく考える必要はなかった。文章を書くとは、複数の単文を並び替え、恣意的に構成する行為にすぎないのだから。
料理と一緒で、材料(=単文:科学論文においては、情報のつぶ)さえそろっていれば、レシピに沿うだけで文章は完成するわけだ。

そのレシピを習得するのに、この本は非常に役立った。
文庫本サイズで、目を通すのに1時間も要さないが、必要な情報がまとまっていてとにかく質が高い。おすすめである。

読書について

上2冊が実用向きだったのに対し、100〜200ページ足らずのこの本は、内容が抽象に少し寄っている。
とは言っても、話題はずっと「考える」「本を読む」「文章を書く」という、研究にお馴染みの行為から離れない。(やや時流の具体的批判に寄りすぎてる感すらある。)

博士課程の至上命題は「考える」ことだろう。
そのためにみんな文献を読む。
しかし悲しいことに、ヒヨッコの頃の僕は頑張って文献を読んでるうちに、いつの間にか、文献を読むことと考えることとの間の境目がなくなっていった。
これを放置していると、いつしか、自分の研究の主論の土台が、どこかで読んだことの受け売りに依存しているような危険な事態に陥るのだが……
僕がそれを踏みとどまれたのはこの本のお陰だ。
酷い話だが、世の中にはそんな状態に自覚のないまま博士を取っていく人が結構たくさんいる。そうならずに済んで本当によかった。

「へー」と思ったそこの博士学生の方、ちょっと待って欲しい。
今の時代、情報の氾濫の弊害なのか、考えていない研究が巷に溢れている。たとえば、

読んでる論文に「〇〇ということが分かっている[1]」と書いてあった。他の論文でも[1]は同じ論旨でよく引用されてるな。
文献[1]を引いてみよう。

あれ?[1]にはそんなことを示すデータはどこにも載っていない。よく読んでみたら考察で「そんな気がする[18]」と言ってるだけだ。
仕方ない、[18]をあたってみよう。
……あれ?[18]ってこれただの教科書じゃん。なんも裏付けるデータ載ってないじゃん。じゃあ最初の[1]って、誰も確かめてないことなのでは?

え、でも、界隈のどの論文も[1]を引用して「〇〇ということが分かっている」って言ってるんだけど……

…俺がおかしいの?

ちなみにこれは僕だけでなく、研究に従事するいろいろな人が体験してる「あるある話」のようだった。ちゃんと研究をしている人ほど、この類のぼやきをしている気がする。

論文を読むことと自分の頭で考えることを切り離せるようになってくれないと、こういう、文献の受け売りをしてクソみたいな議論を展開する研究がどんどん増える。
タチの悪いことにこういう人たちは、人の受け売りをたくさん知ってれば「考える」ができている、と勘違いしているので、ますます無益な引用をしてつけあがっていく。

この本は、受け売りをする有害な研究者に対するお叱りの本である。

白状すると、この本を紹介したのはオススメとかいう親切心ではない。
「これ以上クソみたいな議論が世に蔓延るのを思うとやってらんないので、博士課程学生のうちにこれを一度しっかり読んで心に刻んでおいてくれ」という、個人的な押し付けである。
なお僕がこんなにキレ散らかしているのは、もちろん、僕自身が自分の研究でこういう有害な議論にさんざん振り回され、過剰なストレスを受けたからである。

オススメの体を取ってだまし討ちを仕掛けたことは謝ります、すみませんでした。
とは言え博士研究をするなら「自分の頭でちゃんと考えた」と胸を張れる3、4年を過ごす方がいいと思う。この本の箴言の数々を肝に銘じておくことは、その役に立つだろう。

結び

以上、ここまで書いていて我ながら一体読み手のみなさまを何にお付き合いさせてしまったのだろうかと多少は反省しているが、オススメ3選と言いつつ結局はいつも通り書きたいことをそのまま書いたまでだ。ご容赦願いたい。
読んでくださりありがとうございました。


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