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お金は長らく嫌な印象があった。夫や父親になったら自分も死んでしまうと呪いがかかっていた

育った家庭が極度の倹約家で、50円の靴とか数百円の自転車とか中古の品をよく使わされていた。誕生日やクリスマスのプレゼントもバザーで買ってきた、よくわからんガラクタだったし。

母の意向で、母方の両親が倹約家だったという影響が大きい。特に祖父は花々を育てていたが、空き缶にキリで穴を開け木の棒と再利用の針金を使って柄杓にしたり、土を日光に当てた後に木々や落ち葉を燃やした灰と混ぜ合わせて再生させたり、木の板やトタンなどを使って簡易的な物置小屋とか、木をくべる風呂も手製だったかな?簡易井戸もあったし、ロープや紐代わりに蔓をよく使っていた。

祖父は富山県のそれなりの農家に生まれたようで、でも長男でなかった事や、第二次世界大戦中や前後も働きながら自給自足もしていた。身長が低かった影響だったか徴兵はされなかったみたい。

僕自身も母方祖父を凄く尊敬しているけど、母は長らく愚直に表層だけを真似ようとしていた 苦笑。

中古の品を使っている事で、馬鹿にされたりイジメられたりもあった。

現在お金はサービスを等価交換する為の道具と捉えていますね。


母方は地道で堅実な血筋だけど、父方は波乱続きな血筋だった。僕はその両面を色濃く遺伝しているのかも知れない?

父は僕が中学2年の時に事故死。父方祖父も幼い頃に両親を事故で亡くしている、その後婿養子の立場で結婚するも、家庭運営をうまく出来なかったのか奥さんが実家でもあるのに出て行って離婚。

兄・姉・父という順の兄弟姉妹だったけど、奥さんは同じ女性である姉だけを連れて出ていったから、幼い父は母親に捨てられたような気持ちを長年抱いていたようだ。

祖父は後妻を迎え、父はとても懐いて甘えていたらしい。父が亡くなった後に聞いたんだっけな?だからずっと実の祖母だと思っていた。

その後妻となった祖母は、妊娠出来ない病気か体質だった事もあり、血の繋がりがなくても父を大変可愛がっていたそうで、父方の祖父母も当時既に高齢であった影響もあってか、穏和で笑顔で優しかったな。


僕自身の生い立ちや逆境からくる様々な心理問題に自覚が無かった20代半ば頃に、当時付き合っていた彼女から結婚を迫られ結婚したけど、心理問題がほぼ全て未解決であったから自分も父のように死んでしまうんだと思い込みだして鬱が酷くなり1年くらいで離婚した。

僕は当時心理問題が未解決で自覚すらなく精神不安定続き、彼女は将来どうしよう?の気持ちと僕への気持ちに葛藤があったようだ。

それで結婚するか別れるかを突き付けてきたり、離婚の時も用紙を突き付けてきたけど、本心からすると別れたくないと思うなら頑張ってよ、という気持ちがあったようだ。

ただ直接では伝えてこなかったし、親が言っていた、友人が言っていた、みたいに彼女自身が伝えたい言葉を勝手に誰かに言わせて伝えてくる事が多かった。離婚の時に彼女の父親と直接話して、その事実が判明した。

直接的ではなかったから余計にすれ違いが起きたし、彼女が酒に酔っていた時に男性を手のひらで転がしたい願望を話していた 笑。彼女は僕が初めてだったけど。

当時は鬱病すら周知度が低くお互いに知らなかったし、当時の僕の不安定さに付き合うのは相当に難しかっただろう。


その後にひきこもりとなり、ネットで鬱病など様々な精神病を知り、発達障害や機能不全家族やギフテッドやHSPなどの事を知って様々学び、SNSや自助会に参加したり、病院は少し話を聞いて薬を出すだけだから、薬はすぐ飲むのを止めて独自に認知行動療法をしていった。2010年前後。

人間関係の悩みは発達障害を特に疑い、そう診断もされたけど、特徴で苦手とされている事を、気が向けば得意で高評価になっていたから、生まれつきではないのでは?と疑問が生じ、母原病⇒アダルトチルドレン⇒発達障害というブームの流れがあるなとも思った。

だから様々の当てはまりそうな特徴を思い込み過ぎるのも良くないと思った。MBTI、16タイプ性格診断、エニアグラム、西洋占星術なども。

父方が呪われている印象が強かったけど、認知行動療法の過程で、父方の姓は地名にもなっていて同じ姓の人はその地方に多く、また歴史にも絡んで毛利家と少し縁がある感じでもあり、幕末では長州藩が一番好きだから、呪いと思い込んでいたものに肯定的な視点が出来たのも転機の一つとなった。


死ぬ気は全くないし、そんなに危険な事もしていないけど、父の事や中学生から戦国時代の歴史を好きになったから、人が死ぬ時って結構突然も多いと認識している。

だから僕が早死にした場合の仮定の話を妻に時たましていて、今後考えられる様々な事、大体で2050年くらいまで、こういうケースの場合はこうした方がいいかも?とか、僕の親族との付き合いとか、妻が困らないように様々話していたりもする。

妻自身も自分で様々調べたり考えて判断出来る人ではあるけど。

世間では釣った魚に餌をやらないとの話題もあるけど、僕は逆で結婚してから数年は壁を作っていたけど、年を重ねる毎に妻への愛情が増していった。妻も当初は頼りになるけどドライそうと思っていて、でも情感も凄く優しかったと言っている。


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