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日々のこと

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母になるわたしへ(妊婦生活の記録)

母になるわたしへ(妊婦生活の記録)

2021年の5月の終わりに妊娠が判明してから、お腹の中の子はすくすく育ち、2022年の年明けに臨月を迎えた。

産休中は穏やかに寝たり食べたり起きたりちょっと動いたりを繰り返し、刻々とお腹の中の3kg程の生命がこの世に降りてくるのを待つ日々である。
あまりにも暇なので、これまでの妊婦生活をちょっと振り返ってみることにした。

一番最初の検診では6.3ミリのまめつぶだった私の中に宿る生命も、その次の

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買ってよかったものオブザイヤー 2021(マタニティ編)

買ってよかったものオブザイヤー 2021(マタニティ編)

大晦日なので今年買ってQOLが向上したものの記録。
妊娠して環境が大きく変わったので今年たいへんお世話になったマタニティ用品を紹介します。

dacco ホットキュット(着圧ソックス)
もともと浮腫みやすくて、ちょっと歩いただけですぐに足パンパンになっていたのですが、これを夜履いて寝ると翌朝足スッキリ。色違いで2足買った。キツすぎずゆるすぎずちょうどいい圧。

IKEA レーン 授乳クッション

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結婚式をした話

結婚式をした話

去る9月某日に、地元の大分県別府市で結婚式をしました。

ほんとうは今年の4月にやるはずだったのですが、コロナが年明けから猛威を奮い、3月あたりから学校が休みになったりディズニーが休園したり、世間がただならぬ雰囲気になり始めてしまって、毎日結婚式を実施すべきか悩んで正直この時は準備どころではありませんでした。

精神衛生上もよろしくなかったし、何しろ未曾有の事態だったので、そこから半年先の9月に延

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どきどきトロピカル★ケアンズ旅行記

どきどきトロピカル★ケアンズ旅行記

去る9月に仕事を辞めました。
転職が決まり、次の仕事が始まるまでのモラトリアム期間にあったかいところに行くぞ!ということで、南半球はオーストラリア、ケアンズに突如行ってきました。

◯なぜケアンズか?
オーストラリア→コアラ抱く→グレートバリアリーフ→キュランダ鉄道 という発想を経て、この3つのアクティビティが全部含まれているケアンズ5日間のパックを友人が見つけてきてくれたのです。
ほどほどに放

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ianakiarin

ianakiarin

この2年間で1番の繁忙期を迎え、精神と肌のコンディションが最低のまま9月を駆け抜けている。
週末、職場から直行で沖縄に行った。
特に何がしたい訳でもなくて、プランも何もかも友人達にお任せして、自分は飛行機を予約しただけで、ただただ非日常を浴びた。

こうした機会が巡ってくることをありがたく思うのと同時に、同じような形で沖縄を訪れることはもう無いのだろうとなんとなく感じてもの寂しかった。
海は迷

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箱崎ノスタルジック

箱崎ノスタルジック

先週の週末、大学のサークルの先輩の結婚式に出席する機会があって、久しぶりに福岡に行った。

かつて学び舎だった九州大学の箱崎キャンパスは、伊都への移転に伴って次々と施設が閉館したり、建物の取り壊しが進んでいる。この秋にはついに、文系キャンパスも伊都に移転してしまう。
大学の友人達がその様子をSNSで知らせるたび、福岡から遠く離れた場所で、早く行かなければ、あの景色をもう一度目に焼き付けておかなけ

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メーテーフリーク

1日が24時間で終わってしまうのは、人間の身体の構造上、それくらいの単位で睡眠、食事、入浴&排泄、といった生命維持活動を行わないとしんどいのだろうなと思うので、まあ納得がゆく。

しかし、私の1週間が、5日の労働と2日の休日で成り立っているの、これはちょっと、わざとらしいものを感じる、というか、社会的な規範の中で生きることを強いられているな、という感じがする。

4日労働して3日休む。

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他人だと思っていた人がハトコだった話

超個人的なことなんですがここ最近で一番衝撃を受けた出来事だったので記録しておく。

ハトコって、いとこ同士の子どものことだ。
私の家系は母方の祖父が6人きょうだいだったこともあり、親戚が多い。
近しい場所に住んでいる親戚とは冠婚葬祭の折に会うことはあるけど、誰がどういう繋がりなのか、あまりよく知らない。
けれど我々は完全な他人でもない。
シンセキって、なんだかよく分からない。

先週の華金。私は職

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やすみの日のこと

やすみの日のこと

仕事が忙しいと、日夜労働に明け暮れる平日のぶんの楽しみを、思い切り休日にぶつける、という過ごし方をするようになる。

今年のGW、私は地元である大分には帰らなかった。
あと1年という期限付きの東京生活のなかで、これから起きる出来事全てが、最後の◯◯、という意味をもって、押し寄せる。

最後のGWの前半は、大分から母が遊びに来て、私はあらかじめ予約しておいた飛びきりの宿と、旅行雑誌から断片的にかき集

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麻薬のような時間は、渇望しても続きが無い。ずっと同じところで足踏みしている。まだ前進も後退もしたくないのに、ただ時間だけが直線のように過ぎて失うものばかりだ。
本当はなにも求めていないのかもしれない。
忙殺の日々の合間のふとした隙に現れる禁断症状に、じわじわと蝕まれている。冬。

幾何学紋様の交錯

幾何学紋様の交錯

"俺は若い頃、人生というものは、複数の原因と結果が美しい幾何学紋様を描いて交錯、重なったポイントが発光して輝くものだと思っていた"

町田康の「人生の聖」のラストに出てくる一節を、最近はなぞるように、温めるように反芻している。なんと美しい一文だろう。

これまでの人生の中を振り返ると、あの瞬間は幾何学紋様の交錯だった、と感じる場面が、何度かある。
交錯は解けることはなく、ただただ、私の人生の中で織

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曲にならなかった歌詞のうち、結構気に入っていたものを解き放ち、成仏。センスがなくて、うまく曲にできなくてそれきりだった。声をかけてくださった方々に、申し訳ないという思い。全てが自己満足で、承認欲求の切り売り。思えば青春のほとんどは、それが何の役に立つ、の積み重ねだったように思う。

正しい街、正しい日常、巡り会う人々、刻む人生、水面下の企み、悲しみ、記憶の上書き、青春の弔い、何もかも自分のものだった。

別府というまち -よどみあう、まざりあう、そこにはもう一度、何かがある-

別府というまち -よどみあう、まざりあう、そこにはもう一度、何かがある-

わたしが生まれた大分県の別府市という町は、温泉がたくさん湧いていて、町のあちこちで湯煙がたちのぼっている。
あと、それから、坂が多い。方角は東西南北よりも、「上」とか「下」をよく使う。
海がある方が下で、山がある方が上だ。

中学、高校生の頃、10号線沿いの港町にある実家から、徒歩でひたすら坂を上って山の方面へと向かっていく行きの通学路を疎ましく思っていたけれど、
帰り道にそれは逆に海へと続く

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