他人だと思っていた人がハトコだった話

超個人的なことなんですがここ最近で一番衝撃を受けた出来事だったので記録しておく。

ハトコって、いとこ同士の子どものことだ。
私の家系は母方の祖父が6人きょうだいだったこともあり、親戚が多い。
近しい場所に住んでいる親戚とは冠婚葬祭の折に会うことはあるけど、誰がどういう繋がりなのか、あまりよく知らない。
けれど我々は完全な他人でもない。
シンセキって、なんだかよく分からない。


先週の華金。私は職場近くの居酒屋で、4月から新しく着任した職場の若手の面々と、ぎこちなくも整然としたトークを繰り広げていた。

1ヶ月経ったとはいえ、普段仕事中にはほとんど会話することのないメンバーだ。お互いお酒の力を借りて、探り探り当たり障りのないことをたまに大げさに言って笑って、なんかトータルでは楽しい感じ、大いに盛り上がっている感じに思われる懇親会。

もうすぐ22時、ひとしきり飲み食いしたし、会話も尽きたし、エン、タケナワやし、もういいかな。帰ってよろしいかな。と思っていたら、LINEにメッセージが届いていた。
同じ地元から東京にやってきている同僚のSくんから、「宿舎の近くで一人で飲んでるから来ないか」という旨の連絡であった。

詳細は割愛するけれど、私やSくんは、同じ派遣元から1年や2年という単位で東京の部署に出向してきていて、それぞれ勤務地は違うけれど、全員が同じ宿舎に住んでいる。 宿舎の近くということは、お互い終電を気にせず飲めるのだ。

Sくんは今年の4月から東京配属になった。
地元にいたときはそれぞれ面識はなく、東京での歓迎会や飲み会で数回、話しただけで、印象は薄かった。
私の一期下で入ったけれど、年齢は同じだった。
同い年の彼女がいる、というのが、彼について知っている全てだった。

Sくんが上京する前に、彼をよく知る別の同僚から、「あいつ、私ちゃんのこと、親戚だとか言ってたよ」という話を聞いてたけど、はは。そんな馬鹿な。と私は気にもとめず受け流していた。
そもそも私はSくんを知らないし、会ったこともない。

偶然、私とSくんは、読み仮名が違うけど同じ名字だった。
だから、ずーっと先祖を辿っていけば、実は遠い親戚やった、ということもあるかもしらんけど、そんなの、Sくんに限った話じゃなく、同じ名字の人全員に当てはまる。
なかなかSくんという人は面白いことを言うなあ。ははは。って感じで、4月に入るとその話もすっかり忘れていた。

待ち合わせた最寄駅近くの小洒落たバルの隅の席で、Sくんはひとりでカルパッチョとアスパラガスを肴に飲んでいた。
私は正直、この雰囲気、どうしよ、と思っていた。
集団の中で話すのと1対1で話すのは、心持ちというのが随分変わってくる。
東京に来てから歓迎会で会っているとはいえ、その時は集団の中の一員だったひとと、私は急に沢山しゃべらなければならないのだ。

というか、Sくん、彼女おるのに、こんな夜遅くに、一応女である、私とサシで飲むって、この状況は大丈夫か?いったいどうなっちゃうの?と、よからぬ予測を思い巡らせることについては人一倍の想像力のある私は、勝手に警戒心をないまぜにしながらも、努めて明るい感じでSくんと合流した。

お互いの仕事の話を始め、ごく普通の会話を弾ませていたところで、Sくんが突然、
「あのさ。俺たち親戚やと思うんよね。」
と切り出して来た。

ははーん。思い出したぞ。そういえばそんな話あったな。俺たち親戚じゃね?、って、会話の切り口としては斬新で悪くないぜ。

でもね、Sくん。私と名字が一緒でも、読み方違うし、私、君のこと知らんかったし、云々。という一連の反論をしようとしたところで、

「自分のじいちゃんの名前、◯◯やろ?」

と、10年以上前に亡くなった母方の祖父の名前を、つい最近東京で知り合った目の前の人間にずばり当てられ、私は飲んでいたシードルを吹き出しそうになった。
きみ、それは何の能力なの。メンタリストなの。と、得体の知れないSくんにわなわなした。

しかし、この人は、私のことを確かに知っている…!という衝撃で、急に目の前のSくんの輪郭が曖昧になっていくようだった。

「なんで私の死んだじいちゃんの名前知ってるんや。いったい君は何者。」
「おれ、●●(死んだ祖父の兄)の孫よ。じいちゃん同士が兄弟で、親同士がいとこ。やけん、おれたちは、ハトコ。うすーくやけど、血が繋がってる。
昔、私ちゃんの家、熱帯魚売るお店やってたやろ。おれ、小さい頃、親に連れられて、家に遊びに行ってたよ。魚をもらって帰ってた。 」

なんと我々は遠い過去にすでに出会っていたのであった。なんだこの展開は。君の名は。か。

「ぜんっぜん覚えてないけど、会ったことあったのか」
「うん。就職する時に、親から、私ちゃんっていう親戚の子が同じ職場にいるって聞かされてたから、おれの方は認識してた。」
「にしても、まさか東京で会うとは」
「本当、変な感じやな。なあ、いっしょに写真撮っていい?」
「うん、撮ろう。この写真、お母さんに送ったら驚くやろうな」

と言って、我々は2人で写真を撮り、笑いながらそれぞれの母親に送った。メッセージを返して来た母親たちは、20数年ぶりに見たそれぞれの子どもの写真を見て、大きくなったね、と驚いていた。


今まで他人だと思っていた人間が、急に身内になるという経験(そしてそれを片方だけが認識していて、一方的にカミングアウトされるということ)、なかなか味わうことはないと思う。

Sくんとは、薄くではあるけど確かに血が繋がっているのだ、ということが分かった瞬間に、彼に対するなんとも言いがたいじわっとした親近感が私の中に沸いた。
それは今まで感じたことのない類の奇妙な感覚だった。

と同時に、つい先刻まで自分がSくんに対してよからぬ妄想や警戒心の類の感情を抱いていたことが猛烈に恥ずかしくなり、いたたまれない気持ちになって、私はその日、バルが閉店する午前2時までに、3杯スパークリングワインをおかわりした。

人との出会いや別れの場面は色々あるけど、こういう再会の仕方も悪くないと思った。

おわり。

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