正ちゃん堂

何であの時この一言が言えなかったんだろうと後悔することが多い私です。それを文章にして自…

正ちゃん堂

何であの時この一言が言えなかったんだろうと後悔することが多い私です。それを文章にして自分の思っていることを伝えたいと書き続けています。自分に残された時間も計算できる年齢になって、やりたかった陶芸にもチャレンジしています。

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最近の記事

 尊敬するリーダー

 陶芸教室に就職して四度目の春が巡ってくる。今こうして、うらうらとした春の日差しのように穏やかな心持ちで過ごせるのは、生活の基軸となっている仕事が順調なおかげだ。それもそのはず、好きなことを仕事にでき、職場の人間関係にもストレスがないのだから当然である。これも採用してくれたK社長のおかげだと感謝している。得手不得手の差が激しくバランスが悪い。機動力はある一方、思い込みが激しく勇み足も多い。まだまだ至らぬところの多い僕を、社長はうまく使ってくれている。  その社長に出会ったのは

    • 運のいい男

       人生は空中ブランコに似ていると思う。サラリーマンであれば今の仕事に迷いを感じた経験が誰しもあるだろう。だが別の道に踏み出そうと思っても、相手とタイミングが合わなかったり、好機が訪れても今のブランコを手放す勇気が出ないこともある。人生は思うようにいかない。その点では私は運に恵まれた男だったといえる。  四年前のこと、私は勤めていた会社の人間関係で悩んでいた。直属の上司が恫喝と懐柔で相手をコントロールしようとするような人で相性が悪かったのだ。ときには核の傘下のように守られること

      • 仲間に支えられて

         宮本輝の『高原の椅子』という小説を読んだ。「じゃあ、そうしよう。俺お前でいこうよ」と、親友の契りを結んだ中年男の、遠間憲太郎と富樫重蔵の友情がさわやかに描かれている。『高原の椅子』は一九九七年に始まった毎日新聞の連載小説のようだが、もっと早く出会いたかったと残念に思うほど良い小説だった。この小説は映画化もされているが、こちらは少々期待外れ。主役の佐藤浩市がかっこよく演出され過ぎていて、脇役とのバランスが悪いのだ。憧れの君、貴志子役の吉瀬美智子も、世の中の中年男性の願望をその

        • 一陽来復

          「ずいぶんと日が長くなってきたわねー」 「ですね。まだまだ水は冷たいですけどね」  そんな雑談を交わしながら、工房の会員さんたちと後片付けをする時間が好きだ。一日の仕事を終えた安堵感もあり、穏やかな時間が過ぎる。特に日が長くなり窓から差し込む西日を浴びる頃になると、身も心も温められるような気分になり会話も弾む。そんな時にふと幼いころの記憶がよみがえる。祖母がよく口にしていた一陽来復という言葉を思い出すのだ。  僕は小学校低学年の一時期、祖母と二人で暮らしていたことがある。祖母

         尊敬するリーダー

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        • 仕事
          2本

        記事

          初茜に誓う

           年の初め、妻の実家(静岡県下田市)の近くの佛谷山に登った。岩を削っただけの山道は狭く急で、所々崩れている場所もあり、まだ薄暗い中を慎重に歩みを進める。さびれた山道で出会う人はなく、迎えてくれたのは岩を削って作られた石仏だけだった。以前登った時は突然、目の前に現れた石仏群にたじろいでしまったが、今年は石仏のお顔が優しく微笑んでいるように見え、一つ一つに手を合わせて先を進む。そして登り始めて十分ほどで山頂に到着した。山頂からは、白々と明けて行くふもとの吉(き)佐(さ)美(み)集

          書き続ける理由

           昨年の十一月、所属しているかすがいエッセイクラブのバス旅行に参加した。行きの車内で、参加者の簡単な自己紹介があったのだが、これが旅行の行先よりも印象に残っている。さすが長年、書き続けてきた先輩方々である。自分が文章を書き続ける理由をさりげなく盛り込んでくる。例えば、子供の頃から書くことが好きだったとか、頭の中を整理することができる等々。あるいは日記のように記録を残すためとか、さらに志高く自分の生きた証を残したいという人もいた。  さて、会員の自己紹介をうなずきながら聞いてい

          書き続ける理由

          カンダタ

           かすかに波の音が聞こえる。寄せては返すそのリズムに身を任せていると、しだいに眠りから覚めてくる。サラサラと細かい砂を引くような波音には聞き覚えがあった。どこの浜辺だったかしら? 記憶をたぐっているとベッドがゆっくりと動き出し、しだいに上体が起こされる。ミチヨはまぶたを開ける。目の前の壁一面に弓なりの白い砂浜が映し出されている。その映像は自分の生まれ育った街の浜辺に似ていた。だがこの部屋は見慣れた自分の部屋ではない。ここはどこかしら? 一瞬戸惑ったが、ここがケアンズのホテルで

          新幹線の男

           コロナが明けて、これまでの分を取り戻そうとするように、世の中の人の動きが活発になってきた。フットワークの軽いことだけが取り柄の僕も負けてはいない。東に陶器の展覧会があると聞けば、いそいそと東京まで出かけて行き、西に大学のサークルの忘年会があれば、酒を飲み交わすためだけに京都に赴いた。その間隙を縫うようにして同窓会や忘年会があり、幹事役を引き受けるなどして、師走の前から忙しい毎日を過ごしている。  その東京での話をしようと思う。東京駅に着いてすぐ、お目当ての出光美術館に赴いた

          実りの秋

           街路樹の落ち葉がカラカラと音を立てて、高い空に舞い上がっていく。そんな枯葉のように行先を決めない気ままな旅がしてみたい。この季節になると毎年そう思う。でもいつも夢見るだけで実行できていない。今年も行楽の秋の旅といえば、所属しているエッセイクラブのバスツアーだけになりそうだ。正直に言おう。車の運転は好きだが、他人の運転する車に乗せてもらうのはあまり好きではない。だからバス旅行は苦手で、今までも極力避けてきた。でも今回のバス旅行はそれを気にすることなく楽しむことができ、実りも多

          東京タワーの下で

           緩いコーナーを抜けると駿河湾が目に飛び込んできた。秋の日差しを浴びて穏やかに光る海は男を歓迎しているようだった。その男は東京に向けて白いセダンを走らせていた。隣を走る車が近づいては離れていく。そんなことを彼は一向に気にしていない。自分のペースでご機嫌に車を走らせている。  彼はハンドルを握りながら妻と付き合い始めた頃を思い出していた。大学を卒業してある金融機関に就職した彼は、本社の新人研修でやがて妻となる女性を見染めてしまった。初めての恋だった。おっとりした彼のどこにそんな

          東京タワーの下で

          ご地層泥棒

           「車に轆轤(ろくろ)と窯を積んで全国を回るんだ。行った先の土で器を焼いて、売りながら旅したら最高だよなー」。授業後、仲間と酒を飲みながら、そんな夢みたいな話を語り合った。勤めていた会社を早期退職して入った愛知県瀬戸市の窯業職業訓練校の時代の話だ。全国から陶芸を志す同志が集まり、自分の子供のような世代と一緒に学ぶのは、学生時代に戻ったようで本当に楽しかった。  あれから三年経つ。僕は運よく陶芸教室に職を得て、陶芸を続けている。さすがに土を求めて全国を行脚するような情熱はない

          ご地層泥棒

          第二章 リターンライダー

           風薫る五月、そのさわやかな風を切って颯爽と走るライダーたちに、ついつい目がいってしまう。そんな僕に「バイク、また乗りたいんでしょ」と隣の妻は先回りして言う。「いや、そうでもないよ」とあいまいに誤魔化すが、もちろん本音はバイクに未練がある。でもバイクに乗る機会を考えると、購入には二の足を踏んでしまう。  買い物から帰宅して、もやもやした気分でネットの海を泳いでいると、レンタルバイクというサービスがあるのを見つけた。今は手軽にバイクを借りて楽しむことができる時代らしい。レンタル

          第二章 リターンライダー

          黄金時代

           GW中に一本の電話があった。「正田君、そろそろ集まらないか」という声の主は、昔お世話になった先輩のSさんだ。彼は三十数年前にT郵便局の貯金課で、一緒に仕事をした仲間だが、その時の職場は最高のメンバーがそろっていたと思う。仕事は集中満期(定額貯金が高金利の八〇年代に貯金が集中し、その十年後の預け替えの手続き)で大変だったが、その憂さを晴らすように職場を離れてもよく集まり、よく飲んだ。春は花見、夏はバーベキュー、秋は旅行、冬は餅つきなど、ことあるごとに集まり多くの時間を共にした

          働くって何だろう

           毎週、火曜日は瀬戸市のⅯ金物店でアルバイトをしている。Ⅿは金物店とはいっても主に陶芸道具を販売している店だ。陶芸の勉強になればと思い半年ほど前から勤めているのだが、その店では様々な人に会うことができる。職業訓練校の同期や、陶芸サークルの先輩、ごくまれにだが、著名な陶芸家に出会ったこともある。そこで人脈が広がるのも働く動機の一つになっている。  時には僕の作業着(訓練校時代の制服)に気づいて、見ず知らずの客が声をかけてくることもある。先月も三十歳くらいの元気の良い女性に「もし

          働くって何だろう

          センス・オフ・ワンダ

           二月の寒い朝、僕の勤めている陶芸教室に生徒のYさんが蝋梅の花を持ってきてくれた。淡い黄色の花をつけた蝋梅は、鼻を近づけると目が覚めるような良い匂いがする。早速、焼き締めの徳利を一輪挿し代わりにしてカウンターに飾ることにした。「春がきたって感じね」と目を細めるYさん。カウンターを訪れる生徒さんたちも蝋梅を見ては「あら、かわいらしい」「まあ、いい香り」とほめていく。蝋梅もそれに応えるように日に日に花びらを開き、さらに香りを増していく。そして凍えながら教室に入ってくる生徒さんを和

          センス・オフ・ワンダ

           贅沢な時間

           二十年ぶりにスキーに行った。きっかけは些細なことだった。天気がいいと我が家から御岳山を望むことができるのだが、年の瀬に雪化粧された急峻な岩肌を見ていて急に滑りたくなったのだ。以前なら雪山の美しさに見惚れることはあっても、雪山に行こうという気持ちにはなれなかった。きっと陶芸教室の仕事にも慣れ、自分が職場で役立っていると実感もできるようになり、現実をもっと楽しもうとする余裕ができたのであろう。  スキーに行こうと決めると行動は早い。スタットレスタイヤを通販で注文し、スキーブーツ

           贅沢な時間