見出し画像

ご地層泥棒

  「車に轆轤(ろくろ)と窯を積んで全国を回るんだ。行った先の土で器を焼いて、売りながら旅したら最高だよなー」。授業後、仲間と酒を飲みながら、そんな夢みたいな話を語り合った。勤めていた会社を早期退職して入った愛知県瀬戸市の窯業職業訓練校の時代の話だ。全国から陶芸を志す同志が集まり、自分の子供のような世代と一緒に学ぶのは、学生時代に戻ったようで本当に楽しかった。
 あれから三年経つ。僕は運よく陶芸教室に職を得て、陶芸を続けている。さすがに土を求めて全国を行脚するような情熱はないが、市販の土でなく、自分で掘ってきた土で焼く器は面白いと思っている。
 土の中には自然界に存在する九十二種類の元素が微量ながらもすべて含まれていて、その中には色を出す金属も多い。掘ってきた土には何が含まれているか分からない。ワクワクしながら窯出しをすると、器が思い寄らぬ発色をして「君は誰だっけ」と首をかしげることもある。その偶然性が面白いのだ。それに加えて野趣豊かというか、野に咲く花を摘んでそのまま飾るような趣を感じることもある。
 土堀りは地元だけでなく、旅行先でも旅の記念にとばかりに勝手に拝借することもある。もちろん、土泥棒であることは承知の上で、こっそり、ちょっぴりと持ち帰るのだ。
 今年、九州を旅した際にも掘ってきた。「あの地層とか面白い土が取れそう」ときょろきょろする僕に「危ないから、ちゃんと前見て運転して!」とか「ちょっとー、見つかんないでよー」とひやひやする妻。それでも桜島や阿蘇中岳の火山灰、天草の赤土、ちりりんロードの浜砂などを持ち帰って焼いてみた。旅の記念程度のものはできたが、手にすると旅の思い出がよみがえってくるのもまた良い。
 仲間からは「土にこだわるのはまだ早い」とか「再現性がないじゃん」とさんざんに言われるが、土を探していると地層が「ご地層」に見えてくる。これはやってみた者しかわからない魅力なのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?