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 尊敬するリーダー

 陶芸教室に就職して四度目の春が巡ってくる。今こうして、うらうらとした春の日差しのように穏やかな心持ちで過ごせるのは、生活の基軸となっている仕事が順調なおかげだ。それもそのはず、好きなことを仕事にでき、職場の人間関係にもストレスがないのだから当然である。これも採用してくれたK社長のおかげだと感謝している。得手不得手の差が激しくバランスが悪い。機動力はある一方、思い込みが激しく勇み足も多い。まだまだ至らぬところの多い僕を、社長はうまく使ってくれている。
 その社長に出会ったのは採用面接の時だった。だが初対面の印象は決して良いものではなかった。背水の陣で前のめりになっている僕に、こちらの話をろくろく聞かず、自分の話を始める社長。挙句には「社長業は大変なんだよー」と愚痴の連発だった。大変なのはわかるが、面接に来た初対面の人間に愚痴をいうとは、なんて人だろうと唖然とした。でも社長の明け透けな話にすっかり緊張感がほぐされたのは事実だった。そして帰る際に社長の奥さんを紹介され、心の中でガッツポーズをしたのを覚えている。後々、なぜ僕を採ってくれたのか、その理由を聞いたのだが「正田君は通信制の大学に通ってたやろ、歳がいっても学ぼうとする姿勢が気に入ったからやー」とあっさり返ってきた。あの苦労は無駄じゃなかったんだと、涙が出るほどうれしい言葉だった。
 こうしてロートルが未来ある若者の就職機会を奪ってしまったわけだが、初めのころは根っからのそそっかしい性格が災いして、様々なことをやらかし、社長や仲間に迷惑をかけた。窯詰めの際に作品を割ってしまったり、ろくろの基本の心出しさえもうまくできなかったりと、挙げればきりがない。
 陶芸を始めてつくづく思うのだが、ただ教えてもらうだけでなく、自分で試行錯誤しないと、ほんとうの意味で技術は磨かれないと実感している。「ものをつくるには、まず人を育てることが大切」といったのは、昨年亡くなったトヨタ自動車の豊田章一郎だ。社長がその言葉を座右の銘にしていると以前に聞いたことがある。そしてその言葉どおりに社員の成長を考えて、仕事を割り振っているのを感じる。工房のスタッフは四名いるのだが、他のスタッフに対しても苦手意識を持っている仕事をわざと与えたり、新たなことにチャレンジさせてくれている。本当に社員のことをよく見ている。その分、こちらも緊張感をもって仕事に当たらなければならない。
 そして三年たった今、職場の役に立っていると実感が持てるようになり、仕事もかなり任せてもらえるようになった。時には責任者として出張陶芸教室に赴くこともある。確定申告や補助金の申請なども任された。果ては家族旅行の計画、申し込みをしたこともある。次第に任される仕事の範囲が広がり、ハードルも上がっていく。
「だれかが期待してくれる」というやりがいは、人を強くしてくれる。僕も社長の大きな器の中で成長できたと感じている。仕事のやりがいは報酬よりも使命感や達成感であったり、この人のためならば頑張れるというようなリーダーの資質にあるのではないかと常々思っている。自分にも社長のようなリーダーの資質があれば、サラリーマンとして大成できたかもしれないと思うこともあるが、所詮ないものねだりだ。僕の居場所はここだ! と自信を持っていえるのは幸せの証だと思う。


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