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母の介護 そして別れ

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無理強い

無理強い

「会わせたい方がいたら
今のうちに呼んでおいてください」と

母の心臓が止まって
蘇生措置で生き返り
生命維持装置で
命をつなぎながら

「いつまた心臓が止まるかわからない」と

ICUで先生と看護師さん達に
顔を合わせるたびに
そう言われたが

私は母の心臓が止まったことにさえ
まだ全然追いつけていなくて
必要に迫られているから
現実の問題を処理していたが

数日前の昼間に往診を受けた時に
その

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しりたかったこと

しりたかったこと

「〇〇さんと結婚して幸せだったのかね」

発熱から体調を崩し
あれよあれよという間に
まさかの心肺停止となり
蘇生処置を受け
ICUで生命維持装置をつけられた
意識のない母のベッドサイドで

間もなく終わりの時を迎えるであろう
母の生涯を振り返るように
母の再婚相手である
父との結婚が幸せだったのだろうかと
母の妹である叔母がゆっくりとつぶやいた

そしてその時私は
今しかないと思って
母に聞かな

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眉間のしわ

眉間のしわ

認知症の母は

時々眉間にしわを寄せ
口を一文字にして
うつむき加減に
難しそうな
寂しそうな
困ったような顔をすることがあった

認知症の母のそんな表情は
深刻さを感じさせるものではなく
まるで小さな子供が何かに悩んでいるようで

母が眉間にしわを寄せているのにか気がつくと
あらあらまたこの顔をしてるなと思いながら
時々、どうしたの?と
尋ねてみることもあったが

私がたずねても
母は何も言わず

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五本指の手袋

五本指の手袋

五本指の小さな手袋

母の手の大きさに
合わせたようにぴったりの
小さな五本指の毛糸の手袋

いつ、どこで手に入れたのか
全く覚えていないが

朝、デイケアに行くための身支度で
急いで手袋に母の指を入れようとすると
指一本のところに
二本入ってしまったり

さらに段々と
母が手を握ったままで広げることが
難しくなってくると
片側の手だけグーのまま手袋をはめて
デイケアに出かけるようになったりしたが

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ごはん一杯

ごはん一杯

認知症で要介護の母に
スプーンでごはんを口の中に入れ
次の一口をスプーンで口の前に差し出しても
口を開けてくれるまで
何分もかかることが多くなってきた

私があーん、と
口を開けて言いながら
母の口元に軽くスプーンをあてて
口を空けるよう促しても
1ミリも口を開けてくれない

仕方なく数分時間をおいて
スプーンを口の前に差し出して
やっと望んだとおりに
口をあけて食べてくれると

私は心の中で思わ

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母の空気

母の空気

グループホームで
母が椅子に座っていると
そこだけ
ゆったりとした時間が流れているようだと

母の誕生日に
母が通うグループホームの職員の方が
メッセージを書いてくれた事があるが

認知症が進んで
段々と反応が薄くなり
私が仕事から帰っても
母は無言で
お帰りとも言わず
時には無防備な寝顔のままでも

母がそこにいるだけで
何とも言えない
安心感があった

要介護5になっても
自分の意思で考えるこ

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家でも車椅子

家でも車椅子

母の身体は段々と衰えてきて
椅子に座っても
身体を支えられなくて
上体がグニャっと
力が入らない状態になってきた

自分で体勢を
保つことができなくなると

小柄な母を
ベッドから車椅子に移動させるだけでも
それまでよりかなり
時間や手間がかかるようになり
私自身の体力と注意力
両方の負担が大きくなった

もしも自分が体勢を崩したら
母も道連れで
下手をすると怪我をさせてしまうので
これまで以上に

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プロ

プロ

ベッドから身体を起こして
立たせようとすると
足が痛むようで
顔をしかめて
歩くことができなくなった母

「ここが痛い?」と
色々なところを
触わりながら母に尋ねると
足でも足以外のどこでも
私が触ったところすべてを
痛いと答えて

どこがどう痛むのか
全くわからず
どうしたものかと考えこんでしまい

このまま、もう歩けなくなってしまうのか・・

そして寝たきりになってしまうのか・・

寝たきりに

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真夜中の戦士

真夜中の戦士

母を起こすことから始まる
いつもの朝

母が寝ている部屋の襖を開けると
目に入ってきた母のベッドの景色が
いつもと何か違っている

一体何が起こったのか?
すぐには理解できない光景が飛び込んできて
一瞬とまどったが

しかし
ほんの数秒で状況を把握して
その途端
私は慌ててベッドに駆け寄った

母は、介護用ベッドの
転倒予防の鉄柵の間の狭い隙間から

頭をだらんと下に垂らし
その垂れた頭の下の床は

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認知症の母との初詣

認知症の母との初詣

神社に続く急な長い坂道を
母が乗った車椅子を
息を切らして一生懸命押しながら
やっと坂を上りきって
その先の神社の境内に入っていく

初詣で皆がお詣りをするのは
神殿までの数段の
階段をのぼった先になるが

そこまで歩くことができない母のため
神殿が見える階段下に
母が乗った車椅子を停める

そして車椅子に座る母に向かって
私は少しかがみこんで
こうやって手を合わせてお詣りしてねと
両手を合わせて

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ぶらぶら

ぶらぶら

認知症の母の背中側から
両脇の下に私の腕を入れて
身体を支えて歩かせようとすると

歩くのが面倒なのか
時々母は
軽く足を浮かせて
ぶらぶらさせて
体重を預けてくることがあった

小さな子供の
お茶目な悪戯のようで
微笑ましく思えて
クスッとなっていたが

小柄な母が
足腰も弱って
認知症も段々と進んでいって

自然と
私が母の面倒を見る
保護者の立場になって

少しずつ
親も自分と同じように

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あやつり人形

あやつり人形

ある暑い夏の日
親戚の車に
自宅近くで車椅子の母と二人で拾われて
母の父親が眠る田舎の墓地へ
お墓参りに出かけた

家の外は車いすの
親戚の叔父さんと母は
冷房の効いた車の中で
運転手の従兄と
静かにお留守番

車を降りた
叔母達と私は
お墓にお線香とお花を手向け
ご先祖様に心を寄せて手を合わせ
お参りをすませると

車に戻り
全員そろって
田舎の家にお邪魔する

玄関から進んで
和室の居間に入る

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臭う

臭う

母は要介護4くらいの時から
立ち上がるのに介助が必要になり
一人ではトイレに行けず
リハビリパンツに尿取りパッドを
常に使用するようになっていた

しかも認知症のせいで
時々おむつの中の便を手でさわってしまったり
その手を周りにこすりつけたり・・・

もちろんそんな惨事に気づいた時には
母親自身と周りの寝具など
すぐに汚れを落として
清潔な状態にしていたが

いくら清潔に綺麗に整えても
母は常にお

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大事件

大事件

触ってはいけない
不浄なものだという事が
認知症の母には分からなくなっていて

便が出てしまったおむつの中に
手を入れてしまう事がある

母はおむつの中が
気持ち悪くて
落ち着かなくて
手を入れてしまうのか

ただ不快を感じたり
自分の欲求に従って
やっているだけの事なのだろうが

母のベッドに近づいた時に
何となく臭ってきたり
母の手が汚物で汚れているのを
発見してしまったら
すぐに対処しないわ

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