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少しだけ、以前の仕事の話をしようか。

今日は、ひときわ寒い。
暦では、鏡開きの日だ。
そして、わたしの母の80歳の誕生日だ。

幼少の頃からずっと心臓の持病を抱えていた人としては、もう充分長生きした。
心臓が悪いんだから、おかあさんはきっと60歳くらいで死んでしまうんだ。
小学生の頃のわたしは、そんな漠然とした哀しみをたまに抱えていた。

ある時、父は健康そうに見えて意外と思ったより早く死んでしまい、母は細々と80歳くらいまで生きるのではないか、と母に告げたことがある。
高校生、大学生か、もう社会人になっていたのか。
時期は覚えてはいないけれど、そんな感じのことを言った記憶はある。

そして、その時何気なく口をついた言葉は、今のところ当たっている。
父は10年以上も前に、70歳を待たずに他界した。母と同じような心臓病の症状で。
皮肉なものである。

父の死後、母は猫と共に気ままに暮らし、仲良くしてくださる方々と楽しく遊んで生きてきた。
趣味を謳歌するスケジュールに追われながら、自分は忙しいんだ!とよく口走っていた。
そんな彼女も、一年半ほど前から、元気でピンピンしているとは決して言えない状態になった。
それでも、本当に幸いにも非常によくしてくださるケアマネさん、ヘルパーさん、在宅リハビリの先生、訪問看護の方と福祉の手厚い行政に日常を助けていただきながら、今日、とうとう80歳を迎えた。

ああ、母のことは、ここまで書いたらもうどうでもいい。

それより。

寒いなぁとか、鏡開きでお汁粉を食べて美味しいなとゆったり思っている今とは正反対に、一年前の自分は、まだ殺伐とした職場で働いていた。

そして、たまたま今日、わたしと同じ仕事をしている人が退職を決意して職場に伝えたというSNSの発信を目にした。

去年の自分と同じだ。
わたしも、年が明けて今頃の時期に、上司に退職の意向をはっきり伝えた。
この組織は、優秀な人ほど辞めてゆくんだよなぁ。
もちろん、残っている人で優秀な人もたくさんたくさんいるけれど。






もしかしたら、以前にもどこかで似たようなことを書いているかもしれない。
そのうえ、読んでもわかりくい比喩だらけなのは恐縮だけど、興味があってもご想像にお任せします。
何の職であるかは明かせない。
何故なら、組織に叱られそうだから。

かつてわたしがいた職場は、『 人の不幸 』で成立している。
だから、困りごとがない人には無縁の場。
むしろ生涯縁がないに越したことはない。

直接か間接かに関わらず、職場でほぼ毎日ネガティブオーラをくらってきた。
この仕事が面白い、楽しいと思える人は、それでいい。
わたしの場合、そもそもが興味のない分野、業界の仕事だった。
やってみて、やりがいを感じる業務や係がなかったわけじゃないけど、それを続けさせてはもらえなかった。
そのうえ、言葉だけで働き方改革云々というばかりで、それぞれの人が自分のライフスタイルに合わせて働き方を求めるこんな時代になっても、それをほぼ実現しようとしない組織に呆れきった。

『 今、辞めないと、絶対に一生後悔する 』

この言葉が、ある時から常にわたしの脳裏にこびりついていた。
そして、副収入や次の就職のあてなど全くないまま、とうとう辞めてみるに至った。


それでも、辞める一年前までは、配置などは比較的恵まれている方だった。
この点については、職場には感謝している。
それに、興味がない分野だったからこそ、やらなければ一生知らないままでいたことの方が圧倒的に多いし、強制的にでも生きていくのに役に立つ視点も多少は養われた。
ひたすら嫌なことしかなかった、無駄な時間だったとは思っていない。



ただ、辞めることが頭にちらつき始めた頃、ささやかでもいいから、人の幸せ、欲を満たすような仕事をしたいと思うようになっていた。

例えば、雑貨屋さんでもパン屋さんでもお花屋さんでもいい。
雑貨やパンやお花を買いたい人、買わねばならない人がやってくる。
そんな方々に、欲しい物を売る作業をする。誰かの日常の中のほんのささやかな欲だとしても、それを満たすお手伝いになる。
見知らぬ誰かが、きっと少しでも喜ぶ。
その誰かが顔や声で気持ちを表現するとは限らないけど、求める物を手にした満足を勝手ながら想像しつつ、ありがとうございました、とお店を送り出すわたし。

そんな仕事をしたいと願う自分が現われた。


わたしが担っていた仕事は、誰かに起こったマイナスを埋めていたのかもしれない。
ただし、あくまで、背負わなくてもいいマイナスを、ゼロに戻すだけだ。
そして、誰かのマイナスが埋まる一方で、誰かのあらたなマイナスを生み出すことがほとんどだった。






今のところ億万長者ではないので、働かないまま、何もしないままでは、生きていくのに必要な財産はいつか尽きてしまう。
FIREをやってみる気にもならない。
資産を適切に保持しようとは考えてはいるものの、バクチを頑張るのは性分に合っていない。

だから、どこかでまた働かないとなぁとは思っているし、何よりも、あと15年くらいは身体も頭も適度に稼働させていた方が、健康を保てるんじゃないかと思う。

別の記事で、昨年4月からの無職からの今、そしてこれからのことを書こうとしている。
今年、そしてこれからの自分のことを自分に問いながら、つらつらと書いてまとめている。
書くことで思考がまとまるのはよくあること。

そして、まとまれば、それにのっとって動くスイッチが自分の中で入る…かもしれない。

その記事を書きながら、どうしても以前の仕事への想いも浮かんで切り離せなかったので、とりあえず別立てにしてこの記事にした。

その中のどこかに書く予定だけど、仕事の件は、とりあえずハローワークに行ってみたい。

あるいは、とりあえずでも働くスイッチが入ったら、ずっと目をつけているお花屋さんの求人に応募するか、近くのわりと雰囲気が好きなドラッグストアで働きたい。


それにしても、本当に寒いね、今日は。

働いて、痛いような冷たいの冬の空気に背中を丸めて震えながら、薄暗い夕刻の帰路を歩む日々からは、とりあえず解放されているよ。

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