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高級旅館のお・も・て・な・し~オートクチュールな彼女はチーププレタポルテな自分に興味津々⑧~

※1話完結です。

皇族みたいなオートクチュールを颯爽と着こなすお嬢と、今日は一緒に旅行に来ている。

泊まる宿は高級旅館で、二人で1泊12万円である。

この値段を初めて聞いたとき、半額の6万円をたった1泊のために使うなんて、わたしには到底できなかったので、1泊1万円弱のビジネスホテルを提案してみようと思ったが、そんなことを彼女のお父様やお母様が許すはずがない。

宿泊代はすべて彼女のお父様が出すとのことで、ここは割り切って、お父様に甘えることにした。

高級旅館に着くと、フロアーに通され、ソファーに座って待つことになった。そこに、抹茶と和菓子が運ばれてきた。

見ると、崩すのがもったいないくらいの芸術的に綺麗な和菓子である。しかも、とんでもなく食べづらそうな形状である。

(はて、どうやって食べるの? これ⁉)

わたしがドギマギしていると、お嬢は流れるような所作で、抹茶を飲み、和菓子を食べている。

わたしの視線に気づいたのか、お嬢は、

(わたくしの真似をするのよ。)

と無言で伝えてきた。見よう見まねでお嬢の真似をしてみるが、向かい合っているので、左右がこんがらがり、わたしは左利きでもないのに、左手にフォークを持っていた。

(部屋に案内するスタッフが来ちゃったら、どうしよう⁉ こんなところ、恥ずかしくて見せられない⁉)

焦った私は、まわりをキョロキョロ伺い、誰もいないことを確認すると、素手で和菓子を持つと、一口でそれを頬張った。

「ええええっ⁉」

滅多なことじゃ動揺しないお嬢が小さく悲鳴をあげた。

「誰も見てないから大丈夫だよ。」

わたしがそう言うと、

「そんなことないんだけどな。」

とお嬢がつぶやいた。



夕飯は、旅館内の和食レストランだった。

わたしはこの日のために、和食のマナーブックを熟読してきていた。

(渡し箸、涙箸、手皿はダメ絶対!)

自分が普段やりがちなマナー違反を繰り返し繰り返し心の中で唱えた。

「それでね、……。」

「えっ? なに⁉」

「もうさっきから何を考えているの?」

「ごめんね。マナーのことばかり考えていた。」

「マナー?」

お嬢は不思議そうにしていた。



部屋に戻ると、わたしは布団の上に寝っ転がった。

「もう寝るの?」

「いいや、何か疲れちゃって。とってもいい旅館だし、部屋も食事も何もかも文句なく素晴らしいんだけど、もし、またどこかに食べに行くことがあれば、レベルを変えてくれない?」

「レベルを変えるって?」

「自分はテーブルマナーがなっていないから、スタッフや他のお客さんの視線が気になって仕方ない。お嬢にも恥をかかせちゃうし。」



3ヶ月後、お嬢とまたしても旅行に出掛ける機会があった。

今度は、二人で1泊20万円の高級旅館である。

「あのー、レベルを変えてくれないって言ったと思うけど。」

わたしが焦りながら言うと、

「ええ、レベルを変えてみたわ。」

とお嬢は胸を張った。

夕飯時、わたしたち二人が案内されたのは、離れにある個室だった。

「これで、他人の視線が気にならないでしょ?」

「ありがとう。それにしても、さっきから、料理を運んでくるタイミングが絶妙だね。ここ、監視カメラでもついているの?」

「そんなわけないじゃない。これが“おもてなし”よ。お客様に気を遣わせないように、気配を消しているのよ。」

「ということは、前の旅館でわたしが和菓子を手づかみしたとき。」

「ええ、もちろん、その様子を陰から見ていたでしょうね。食べ終わるタイミングを見計らってわたくしたちの前に出てきて、素知らぬ顔をして、部屋に案内してくれたんだと思うわ。」

「やだ、恥ずかしい!」

わたしは顔を手で覆った。

第1話から第7話は下記から、是非お読みになってください。

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