高級旅館のお・も・て・な・し~オートクチュールな彼女はチーププレタポルテな自分に興味津々⑧~
※1話完結です。
皇族みたいなオートクチュールを颯爽と着こなすお嬢と、今日は一緒に旅行に来ている。
泊まる宿は高級旅館で、二人で1泊12万円である。
この値段を初めて聞いたとき、半額の6万円をたった1泊のために使うなんて、わたしには到底できなかったので、1泊1万円弱のビジネスホテルを提案してみようと思ったが、そんなことを彼女のお父様やお母様が許すはずがない。
宿泊代はすべて彼女のお父様が出すとのことで、ここは割り切って、お父様に甘えることにした。
高級旅館に着くと、フロアーに通され、ソファーに座って待つことになった。そこに、抹茶と和菓子が運ばれてきた。
見ると、崩すのがもったいないくらいの芸術的に綺麗な和菓子である。しかも、とんでもなく食べづらそうな形状である。
(はて、どうやって食べるの? これ⁉)
わたしがドギマギしていると、お嬢は流れるような所作で、抹茶を飲み、和菓子を食べている。
わたしの視線に気づいたのか、お嬢は、
(わたくしの真似をするのよ。)
と無言で伝えてきた。見よう見まねでお嬢の真似をしてみるが、向かい合っているので、左右がこんがらがり、わたしは左利きでもないのに、左手にフォークを持っていた。
(部屋に案内するスタッフが来ちゃったら、どうしよう⁉ こんなところ、恥ずかしくて見せられない⁉)
焦った私は、まわりをキョロキョロ伺い、誰もいないことを確認すると、素手で和菓子を持つと、一口でそれを頬張った。
「ええええっ⁉」
滅多なことじゃ動揺しないお嬢が小さく悲鳴をあげた。
「誰も見てないから大丈夫だよ。」
わたしがそう言うと、
「そんなことないんだけどな。」
とお嬢がつぶやいた。
*
夕飯は、旅館内の和食レストランだった。
わたしはこの日のために、和食のマナーブックを熟読してきていた。
(渡し箸、涙箸、手皿はダメ絶対!)
自分が普段やりがちなマナー違反を繰り返し繰り返し心の中で唱えた。
「それでね、……。」
「えっ? なに⁉」
「もうさっきから何を考えているの?」
「ごめんね。マナーのことばかり考えていた。」
「マナー?」
お嬢は不思議そうにしていた。
*
部屋に戻ると、わたしは布団の上に寝っ転がった。
「もう寝るの?」
「いいや、何か疲れちゃって。とってもいい旅館だし、部屋も食事も何もかも文句なく素晴らしいんだけど、もし、またどこかに食べに行くことがあれば、レベルを変えてくれない?」
「レベルを変えるって?」
「自分はテーブルマナーがなっていないから、スタッフや他のお客さんの視線が気になって仕方ない。お嬢にも恥をかかせちゃうし。」
*
3ヶ月後、お嬢とまたしても旅行に出掛ける機会があった。
今度は、二人で1泊20万円の高級旅館である。
「あのー、レベルを変えてくれないって言ったと思うけど。」
わたしが焦りながら言うと、
「ええ、レベルを変えてみたわ。」
とお嬢は胸を張った。
夕飯時、わたしたち二人が案内されたのは、離れにある個室だった。
「これで、他人の視線が気にならないでしょ?」
「ありがとう。それにしても、さっきから、料理を運んでくるタイミングが絶妙だね。ここ、監視カメラでもついているの?」
「そんなわけないじゃない。これが“おもてなし”よ。お客様に気を遣わせないように、気配を消しているのよ。」
「ということは、前の旅館でわたしが和菓子を手づかみしたとき。」
「ええ、もちろん、その様子を陰から見ていたでしょうね。食べ終わるタイミングを見計らってわたくしたちの前に出てきて、素知らぬ顔をして、部屋に案内してくれたんだと思うわ。」
「やだ、恥ずかしい!」
わたしは顔を手で覆った。
第1話から第7話は下記から、是非お読みになってください。
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