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【小説】わたしはドロボーなんかじゃない┃時給1,500円にプライドは【チョット実話】

ボロアパートの家賃、電気やガスを極力使わないようにしていた光熱費、基本料金に近いケータイ代、月10,000円以内の食費。

それらの生きてく上で最低限の支払いもできなくなったので、ティッシュやチラシ配りの日雇いの仕事を急遽いれた経験がある。

当時、派遣会社に自分のメールアドレスを登録しておけば、ティッシュやチラシ配りのメルマガが届いたり、派遣会社のホームページにも仕事の情報が載っていた。

それらの仕事は時給1,200円前後で、学生、主婦、派遣社員、パートとの副業をする人たちに結構人気だった。

だから、メルマガが送られてきたり、仕事の情報が載ると、瞬時に仕事依頼は消えていった。

早い者勝ち。もっと言うと、弱肉強食

そう、それは完全に弱肉強食の世界だった。

仕事の合間の短い休み時間は、翌日以降の仕事にありつくために、必死にクリックしつづける。のんびり食事をしたり、芸能ニュースを見たり、ゲームをしている場合じゃない。

次の日の仕事が決まらなければ、深夜まで焦燥感に襲われ、丸一日仕事が入らない日は絶望感に打ちひしがれた。

電車遅延仕事に遅れそうなときは自腹でタクシーに乗り、その日丸一日働いた利益がほとんど出なかったり、38℃の熱が出ても、凍てつく寒さの中で働いた

その理由は、一度でも仕事に遅刻したり、ドタキャンしたりすれば、その派遣会社からは二度と仕事を貰えなくなるからだ。

だから、派遣会社の正社員には、仕事依頼を出せば瞬時にクリックされ、体調が悪くても働く派遣社員は、ライオンが食べ残したシマウマに群がるハイエナに見えたのかもしれない。

「⚪️⚪️駅前で時給1,500円ティッシュ配り!  持ってけドロボー!

(え?  んっ!  はあ!?  持ってけドロボー!?)

いつものように派遣会社から届いたメルマガを見て、我が目を疑った。

(ドロボーって、あの泥棒のことだよね?  泥棒って、他人の家から金品を盗む人のことだよね?)

時給1,500円は喉から手が出るほどほしかった。

でも、わたしはドロボーなんかじゃない!

これはプライドの問題だ!  プライドを時給1,500円で売るわけにはいかない。絶対に!

他の派遣社員も気持ちは同じようだった。破格の時給1,500円の仕事依頼は誰もクリックしなかったようで、画面から消えなかった。

(派遣社員を舐めんな!)

それから丸一経つと

「⚪️⚪️駅前で時給1,500円ティッシュ配り!  早い者勝ち!」

とメルマガの文言からドロボーの文字は消えて、その代わり、早い者勝ちになっていた。

しかし、ここでクリックするわけにはいかない。時給1,500円に負けてうっかりクリックしようものなら、⚪️⚪️駅前にノコノコ現れたわたしを見て、メルマガの文言を考えた正社員は

「ドロボーがやってきた(笑)」

と内心思うだろう。

(絶対、クリックするもんか!)

やはり、他の派遣社員も同じ考えのようで、早い者勝ちと書かれた仕事依頼は誰もクリックしなかったので、それも画面から消えなかった。

(みんなもその調子だ!  誰もクリックなんかするな!)

普段は仕事を取り合うライバルであり、会ったこともない他の派遣社員に対して、連帯感が芽生えた。

「⚪️⚪️駅前で時給1,500円のティッシュ配り!  明日できる方、お願いします!」

数時間すると、その正社員は、自分がドロボー呼ばわりした派遣社員にお願いをしはじめた。

(誰が許すもんか!)

やはり、誰もクリックしない。

「⚪️⚪️駅前で時給1,600円でティッシュ配り!      困っています。助けてください。どうか宜しくお願いいたします」

日付けが変わろうとする寸前、時給は100円アップしていた。

その正社員は、もしかすると自腹で時給を上げたのかもしれない。まだ会社に残っているのだろうか。

それはまるで、家から出て行こうとするドロボーに、自ら金品を出し、頭を下げながら泣きじゃくって「行かないで」と懇願しているようだった。

その必死さに根負けしたのか、時給1,600円に惹かれたのか、はたまた、数日前にドロボー呼ばわりしたことを知らない新規登録者だったのか。

誰かがクリックし、その仕事依頼は消えた。外は白みはじめていた。

2日後、その派遣会社の登録を抹消した。つづけて他の派遣会社の登録もすべて抹消した。

お金が貯まったからだ。おこづかい稼ぎをするつもりはない。

それどころか、これから先どんなに経済的に生活が苦しくても、その派遣会社はもちろんのこと、似たような仕事を紹介する派遣会社には登録しないと決めた。

持ってけドロボー

面と向かってドロボー呼ばわりされたのごとく、それは、深く深く胸に刻まれたからだ。

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