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彼の優しさを思い出す夜


業務に忙殺されくたびれた体で自宅に戻り、重い足のままシャワーを浴びたら、この足は寝室へと無意識で向かっていた。横になった時勢いが強かったのか「ボフッ」と布団が大きく鳴いた気がする。体はぽかぽか温まっているのに心は冷え切ったままで「今日はこのまま眠ってしまおう」そう思った。


鼻から大きく息を吸えば体の隅々まで冷たい空気の流れを感じる、そして体の中を巡った温かい空気が鼻から抜けて行く。その繰り返し。普段意識していないような特段何も思わないそんな当たり前のことを、脳が疲弊している時こそ気がつくことが出来る。脈の動きを感じ、目蓋の裏がどんどん暗闇に溶け合っていく。


そこでふと、「彼」のことを思い出した。


〜〜〜


私がこんな状態で一言も喋る気力もなく、ベットに倒れ込むと、彼は「お疲れ様」も「大丈夫?」も言う事なく、フリース素材のベージュのブランケットをふわりと私に掛けて、そして必ず頭にポンポンと2度触れた。私はそれに安心してすぐに眠ってしまうのだ。朝になるといつも通りに「おはよう」と言いそれぞれ家を出る。その繰り返しを私たちは二人で過ごしていた。


一度や二度ではない。私が何度も不機嫌のまま寝室に向かっても、何度でも同じように同じことをしてくれていた彼のことをふと思い出し、大切な事は過ぎ去ってから気がつくのだなぁ、なんて分かりきっていたことをまた深く教えてくる夜。


あの優しさに包まれた空間が本当は大好きだった。


長い時間を共に過ごすと嫌なところばかりを見て、柔らかい部分を見なくなっていく。だからいつも彼から優しさを貰うことばかりで、自分から与える事はなかった。何も返せず、そして彼の手を手放すことが得意で、連絡を返さなくなったのも私から、話をしなくなったのも私から。ありがとうも言わなかった。


あまりにも子供だったと、そしてたくさん傷つけてしまっていたのだと、布団に横になり、ブランケットの柔らかさも手の温かさも感じない今の一人の時間をただただ申し訳なさが埋め尽くしていく。



今唯一温かいものは、目から流れる涙だけだ。



大切にされたいのに自分から大切にしてこなかった。そんなずるい私を彼は許してくれるのだろうか。あの時に戻れたら、素直になって彼に抱きつきたい。そして間違いなく「大切だよ」と伝えるのに。



そんなセンチメンタルな夜、忘れたくなくて眠さを我慢して文字を打っている。

おやすみなさい


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