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マークの大冒険 | 古代ギリシア編 トロイアの栄光 Episode:1


古代ギリシアには絶対に喧嘩を売ってはならないと言われている者たちがいる。ペレウスの子アキレウスとゼウスの子ヘラクレスだ。彼らはギリシア世界最強と謳われる無敗の戦士。神の血を半分流す彼らは、常人の域を遥かに超えている。アキレウスは女装したら誰も気づけないほど中性的で美しい顔立ちをした美青年だが、剣と槍の扱いで右に出る者はいない。ヘラクレスに関しては、その巨体からしてヤバさが伝わってくるから見間違えようがないだろう。彼は巨大な棍棒によって討伐不能と言われた怪物、そして神さえもなぎ倒す。

そんな英雄たちが生きた古代ギリシアの世界へ___。


🦋🦋🦋


時は前1184年。ギリシア世界では各都市国家を巻き込んだ大規模な戦争が起こっていた。トロイアを舞台に行われたこの戦争では、戦場で毎日のように若者が衝突してはその命を散らしていた。


アカイア軍陣営にて____。


*アカイア......ひとくちにギリシア人と言っても、その中には様々な系統がある。アカイアというのも、その系統のひとつであり、現ギリシアのペロポネソス半島一帯に住んでいた人種を指す。大分類した系統としては、アカイアはイオニア系ギリシア人にあたる。その他、古代ギリシアにはドーリス系ギリシア人、アイオリス系ギリシア人などが存在し、併せて大きく三つの系統の人種が混在していた。


「まずいな、オデュッセウス。お前の策略でどうにかならないのか?」

「向こうも本気だ、アキレウス。なかなか難しい。だが、このまま兵糧攻めを続ければ、時間の問題だろう」

オデュッセウス......イタケ島の王。ギリシア神話の英雄はパワー系が大半を占めるが、彼は智略でもって敵を制するニュー・スタイルの英雄。知恵の女神アテナのお気に入りであり、彼女からの様々なサポートを受けて故郷に帰還したことでも知られる。
アキレウス......半神半人であり、強靭な肉体を持つ。剣と槍の名手であり、ギリシアではその腕前で右に出る者はいない。鋼鉄の肉体を持ち、その皮膚は刃物さえ通さないと噂される。だが、両足のアキレス腱だけが生身の人間であり、そこが唯一の弱点とされる。


「その兵糧攻めとやらに、どれほどかかってるんだ?もうみんな疲弊し切っている。若い連中も古参も、もう国に帰りたいと悲鳴をあげている」

「確かにな。さらに迅速に事を進めてなければならない。だが、焦り過ぎても破滅を招くだけだ。私が調べた感じだと、どうやらトラキアからの補給ルートがあるようだ。見張りを張っているはずなのだが、それを潜り抜けている。もしかしたら地下通路で繋がっているのかもしれない。まずはそこを入念に調べて、供給ルートを絶たないとだな」

トラキア......現トルコに位置した地域。トラキア人と呼ばれる凶暴な性格を持つ部族社会が形成されていた。ヘレニズム期に入るとアレクサンドロス大王の部下の一人リュシマコスによって支配される。その後、リュシマコスが戦死すると、セレウコス朝シリアの支配下に入った。ローマが台頭し、セレウコス朝がグナエウス・ポンペイウスによって倒されると、ローマの属州のひとつとして併合された。


アキレウスとオデュッセウスが天幕の外で話し込んでいるところに冒険家マークが通りかかった。

「あれ、もしかしてキミらは?やっとご対面かな」

「お前、見ない顔だな。アカイアの人間じゃない。トロイアのスパイか?」

「こんな善人そうな顔してるボクが敵に見える?」

「ナメてんじゃねえぞ!」

「ひぃっ!!」

アキレウスが剣を振り下ろすと、マークの周囲に複数枚の盾が出現し、金属と金属がぶつかり合う激しく甲高い音が周囲に鳴り響いた。

「盾!?どっから急に出しやがった!!」

「いきなりビックリするでしょ!やめてよ!!」

「次こそ叩き切る!」

再びアキレウスは、マークを目掛けて剣を突き刺す。だが、盾が宙に出現し、その刃を振り落とした。

「どうなってる?トロイアの連中、こんなのを隠し持ってたのか。お前、一体どこからその盾を出してる?」

「ボクにも仕組みは、よくわからないんだ。守りの指輪と言ってね、この指輪から勝手に飛び出すんだ」

守りの指輪......古代イランのアムラシュ地方で出土した魔法の指輪。所有者の周囲に十二枚の盾を形成する能力を持つ。当初は古代イランの有力貴族の族長が身を守るために使用しており、山岳地帯に形成された竪穴式の集合墓遺跡から出土した。マークが骨董マーケットのセールかごの中から偶然手に入れたものだが、実は強力な魔力を秘めた神秘の指輪だった。対になるものとして「攻めの指輪」も存在し、こちらは所有者の周囲に十二本の剣を出現させる。所有者はこの指輪に好きな盾を十二枚までセッティングできるようになっている。マークの場合は、ローマ帝国の帝政初期に使用されていた長方形の盾テストゥドを11枚セットし、最後の一枚はローマの神殿に奉納されていたヌマ王の伝説の盾をセットしている。この伝説の盾はギリシアのボイオティア式盾のように左右をC型にくり抜いた戦闘特化の軽量盾であり、防御力を維持しつつも、俊敏性を損なわない設計となっている。

「やめておけ、アキレウス。嫌な予感がする。もしや神の遣いかもしれん。傷つけると危険な可能性もある。して、キミの名はなんというんだ?」

見かねたオデュッセウスが止めに入った。

「ボクはマーク、冒険家のマークさ。会えて光栄だよ、俊足のアキレウスと策略のオデュッセウス。キミら二人がいれば、アカイア勢は無敵だろうね」

「何で俺らの名前を知ってる?」

アキレウスは怪訝な顔をした。

「だってキミらは、有名人じゃないか」

「それは光栄だが」

オデュッセウスが言った。

「ボクはキミらのファンなんだ」

「ファン?お前、さっきからふざんけてんじゃねえぞ!」

マークの意味不明な発言にアキレウスは苛立ちを募らせていた。

「いや、別にふざけてないんだけどな。本当にファンなんだ」

「すまない、みんなトロイアとの戦争が長期化していてピリピリしているんだ」

オデュッセウスがなだめに入った。

トロイア......現トルコに存在したとされる都市国家。巨大な城壁に囲まれた都市で、大繁栄を謳歌していたと伝承される。だが、トロイアの王子パリスがスパルタ王メネラオスの王妃ヘレナに見惚れて誘拐したため、これがトロイア戦争と呼ばれる大惨事を招く結果となった。スパルタ王メネラオスは、兄でミュケナイ王のアガメムノンにこの屈辱を伝え、兄弟及び両国は提携してトロイアに宣戦布告するに至った。さらにアガメムノンはトロイアを徹底的に叩くため、地中海中からオデュッセウスやアキレウスを始めとするアカイア系ギリシア人の戦士を徴兵し、アカイア連合軍を結成してトロイアまで出港した。

「こんな奴と口を利くな、オデュッセウス。トロイアの犬に決まってる」

「そう苛つくな、アキレウス。それで本題だが、ここは戦場でアカイアの陣営だ。キミのような見慣れない者が何をしに来た?兵士にも見えないし、迷って入り込んだのなら、早くここを離れた方がいい」

「キミら二人に会いに来た。大英雄だからね。死ぬまでに一度会ってみたかったんだ」

「本当にそれが理由か?」

「まあ、本当にそれだけっていうと嘘になるかな。本当の目的は、キミらの運命を記録しに来たんだ」

「ほらな、やっぱりコイツはトロイアのスパイだ。俺らの行動や作戦を記録してプリアモスに報告する気なんだ」

アキレウスは、マークを疑ってやまない。

*プリアモス......トロイアの王。英雄ヘクトル及びパリスの父。強靭な城壁により、都市と民を守護する賢王。当時は高級品とされた塩の専売権を有しており、その莫大な利益から富国強兵を実現した。

「記録してどうする?」

オデュッセウスがマークに訊ねた。

「歴史の真実をボクらの世界で伝えるのさ。キミらの戦いは、創り話ってことになってるからね。気の毒だなって。だからボクがキミらに起こった本当のことを記録して、みんなに伝えようと思うんだ」

「私たちの戦争が創り話というのは、どういうことなんだ?ギリシア中を巻き込んだ血みどろの戦争なんだ、創り話にしてはあまりに生々し過ぎる」

「それでもキミらは架空の人物で、この戦争も妄想だったとボクらの世界では認識されているんだ」

「気に食わないな」

アキレウスがぼやいた。

「ボクも気に食わない。だからここに来たんだ。真実を記録するために」

「戦況を記録してくれるのか?そういう存在がこれからの戦いを有利に進めるためにも必要だと思っていた。であれば、ぜひキミの協力を仰ぎたい」

オデュッセウスは、マークの協力を仰いだ。

「もちろんさ」

「マーク、キミは面白いな。それじゃあ、まずは私たちアカイア軍の総大将アガメムノンに会わせよう」

「俺は絶対にアイツのもとには行かないぞ、オデュッセウス」

「アガメムノン、ああ、アキレウスの女の子を自分のものにしちゃったオジチャンね」

「そうだ、それが俺は今でも許せない。俺の功績によって手に入れた俺の報酬なのに。だが、何でお前がそれを知ってるんだ!?」

「だからファンだって言ったじゃん。キミらについては何でも知ってるよ」

「お前、やっぱり気持ち悪るいな」

「気持ち悪いって、なかなか傷つくぞ」

「神の遣いかもしれん。手厚く扱うことで、戦況の打開が見込めるかもしれない。アキレウス、いろいろ思うところはあるかもしれんが、ここは私に一度任せてくれないか?」

オデュッセウスは、アキレウスの耳元で囁くように言った。

「その顔、何か企んでるな?」

アキレウスが返答した。

「どうかな」

オデュッセウスは、どちらとも言えない態度を取った。

「さすがは策略のオデュッセウス。まあ、でもいいよ。それも含めてボクはキミらに会えて嬉しいんだ。ボクの真の目的は、プリアモスの秘宝の回収にあるからね。キミらがトロイアの木馬作戦で、あの堅牢な城壁を突破さえしてくれればいいんだ。その後、ボクはアイネイアスを追跡して、ローマ誕生の真相をこの目で確かめさせてもらう。アムラシュリングやウジャトの力を使えば、トロイアの制圧は簡単だけど、それじゃ、あまりにつまらないし、キミたちが描いたギリシア神話というものを楽しませてもらうとするよ」

マークが何やら小さく呟いていたが、既に歩き始めていたアキレウスとオデュッセウスの耳には届かなかった。


To be continued...


Shelk 詩瑠久🦋

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