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マークの大冒険 古代エジプト編|英雄になり損ねた者たち


前回までのあらすじ

発掘チームのメンバーとしてサッカラで調査を行っていたマーク。彼らは未盗掘の墳墓を探し当て、世紀の大発見を期待した。その夜、マークは何者かの声に導かれ、闇夜の遺跡を彷徨う。地下の墳墓内に彼が足を踏み入れると、棺が激しく揺れていた。ご法度とは分かっていても、開けたい衝動に駆られたマークは棺を自らの手で開封する。その瞬間、天空神ホルスが創り出した虚空間へと誘われ、そこで彼と対峙する。襲い掛かる神を前に絶体絶命の危機に冒されたマークだが、骨董マーケットでたまたま気に入って買ったイランの指輪アムラシュ・リングが能力を発揮し、ホルスの討伐に見事成功する。マークの力を認めたホルスは、彼の加護を約束した。



英雄になり損ねた者たち、
冒険家マークの悲しき過去の物語_______。


ホルスとの一件を終えたマークは、気がつくと遺跡にいたはずが自室のベットに横たわっていた。そして、まどろみも束の間、ドアを激しく叩く音で彼は起こされた。

「マーク、大変だ!」

「朝か?昨日は確か......ドアを叩いているのは師匠?」

マークは、ベットから飛び起きてドアを開けた。

「マーク、チームは解散だ」

「冗談、ですよね?」

「いや、確かな話だ。誰かが昨晩、遺跡に忍び込んで墳墓内を荒らしたようだ。玄室に安置されていた棺の蓋が乱雑に横たわり、中身もなくなっていた。きっと棺にはミイラと包帯に包まれた装飾品があったはずなのに」

「(いや、棺にはあのウジャト以外、最初から何も入っていなかった)」

「ワシはあり得ないと伝えたが、調査隊の犯行が疑われている。ワシのメンバーはマーク、お前も含めて全員考古学を心から真に愛する者。人類の財産を独り占めしようなんて奴は一人もいないと伝えたのだがな」

「師匠......」

「これからここには政府の調査が入る。ワシらは撤退。今シーズンの調査はこれで打ち切り。それに疑われて信用を失った今、来期からも参加させてもらえるか分からない。新たな発見は、目前だというのに」

「(師匠、ボクのせいで。ボクがホルスの声に誘われて無断で立ち入ってしまったばっかりに)」

「マーク、何か不審な点はなかったか?」

「し、知らないです......。で、でも、分かったことがあれば、報告します(ダメだ、ここでボクが真相を話したら、ボクの考古学生命が絶たれるどころか、チームのメンバー全員の将来まで奪いかねない。出禁ならまだマシな処罰、それ以上の制裁にみんなが侵されるリスクもある)」

「そうか......。お前らを英雄にできなくてすまん。あの遺跡からは多くの発見があることは間違いない。そうすれば、お前らはみんな成果を認められて、研究ポストに就くことができたかもしれない。すまない、マーク。本当にすまない」

「師匠......(師匠は悪くない。悪いのは全部ボクなんだ)」

「だが、謎なのが、遺跡は民間軍による厳重な警備がされ、墳墓には堅固な鍵が掛けられていた。盗掘者がそれをどうやってすり抜けたのか」

「(いや、そう言えば護衛どころか鍵も掛けられていなかった。どういうことだ?まさか、これもホルス仕業なのか?)」

「お前を利用して封印を解くために、能力が及ぶ範囲で事象を歪めた」

「(何だ、今の声は?ホルスなのか!?」

「発掘など、どうでも良いだろう。お前は俺の力を一時的に継承できる力を手に入れたんだぞ」

「(それこそどうでも良い。ボクは発掘がしたかった)」

「人間の心理は理解できん。穴掘りになぜそこまで価値を見出すか」

「マーク、うわのそらという感じだな。気持ちは分かる。ワシも何も考えられん」

「師匠、これからボクらはどうなるんですか?」

「まずは疑いが晴れるまでこのキャンプに拘束。その後、晴れて無実が証明されれば、ここから早急に撤退だ。今後のことは、大学に帰ってから考えよう。ワシも友人のツテを使って何とかできないか模索してみる。とにかく今は引こう。必ずチャンスが訪れる時が来る」

マークは師匠との話を終えると、デスクの椅子に深く座り、窓の向こうに広がる空を眺めながら考えに耽った。

まだチームのみんなは見ていないが、ボクは壁面に記された文字や副葬品を一通り確認した。そして、不幸中の幸いか、壁面に記されていた内容はこの頭の中に全てある。ボクは一部の記憶野に欠陥があるが、一定の分野に関しては圧倒的な記憶力を誇る。特に目の前のものを画像として記憶し、それを長期間保持できる。また、他言語の習得に関しては突出している。エジプト語の他、ギリシア語、ラテン語はもちろん、ヘブライ語、フェニキア語、アラム語、ケルティベリア語もある程度はカバーできる。

エジプト南部及びスーダンに位置するヌビア地方のピラミッドの推定年代をピラミッド内部から出土したローマコインの銘文を解読し、正確な年代を特定したのは、ラテン語にも通じたボクの功績だ。出土品のコインは、ローマ帝国のアウレリアヌス帝の時代、西暦 272年のものだった。よって、ピラミッドの建設ないし被葬者が生きた時代は、3世紀後半と判定できる。師匠のような純粋なエジプト学者では、あの謎の解決には辿り着けなかっただろう。大抵のエジプト学者は末期王朝時代以前が専門であり、プトレマイオス朝時代より下る年代には疎く、王朝時代にまだ存在していなかったラテン語まではカバーしていない。古代言語の判読だけなら、ボクは師匠を既に上回るだろう。師匠がボクを解読補佐に付けているのものそのためだ。

だが、ボクにはマルチタスクに極めて乏しい欠点がある。基本的に二つ以上のことを同時にできないのだ。暗算などの計算能力や人の発話内容の理解にも乏しい。人の顔と名前もよく会う人以外は、ほとんど覚えられない。また、電話の内容が言語として意味は理解できても、全く内容が頭に入って来ない。おそらく、これらは記憶障害のひとつなのだろう。視覚的な情報の記憶には秀でいていても、音で入ってくる情報の記憶能力には著しく欠ける。

まだあの時の記憶が鮮明なうちに書き出して整理しよう。通常、壁面には被葬者の死後の世界が描かれるものだが、壁面にはホルスが4世紀の宗教迫害で封印された経緯が綴られていた。墳墓や棺は末期王朝時代に製作されたものだが、壁画や一部の副葬品には4世紀末期のものも含まれていた。壁面にエジプト・ヒエログリフの他、コプト・エジプト語のサイード方言でホルスの封印の呪文が記されていたことから、年代に関しては紀元後のものも混じっていることは間違いない。

となると、ボクらが玄室を発見する以前に誰かがあの部屋に侵入していたことになる。だが、玄室には開封した痕跡が全く見られなかった。当時、そんな隠蔽土木技術か存在したのか?それか、それこそ神の御業なのか?確かなことは、4世紀末に誰かが末期王朝時代のあの墳墓に侵入し、そしてホルスを封印した。もしかすると、ホルスだけでなく、他の神々もどこかに封印されているのか?

だが、この内容を話せば、ボクが侵入者であることは明らかである。そして、この問題はボク個人で単純に済まされるものではない。ボクの突発的な行動で、みんなの人生を棒に振りかねない。さて、どうする?4世紀末のエジプトにおけるキリスト教徒による異教弾圧とその動向、神々の封印とその呪詛技術。あまりにも面白すぎるテーマだ。卒業論文にしても良い。かの有名なアレクサンドリアの女性学者ヒュパティア弾圧事件とも結び付けられるかもしれない。この機会を逃していいのか?考古学を目指す者として、歴史を愛する者として、このチャンスを逃すのはあまりに愚かとも言える。

どうする、マーク?ボクが敬愛する苦境の打開者マリエットなら、どうしただろうか?彼はキリスト教文書の回収失敗という苦境の最中、歴史家ストラボンの記述の思い出してスフィンクスの一群を掘り出し、セラピス神殿を発見する偉業を成した。こんな時、シャンポリオンなら、ガーディナーなら、バッジならどうする?彼ら歴代の英雄たちならどうしただろうか?知的好奇心という不治の病に侵された彼らなら、ここで引くはずがない。どうにかしてメンバーを守りつつ、この研究に着手する方法はないのか?あの人も昔言っていた。たとえ東の風が吹こうとも、諦めてはならぬと。どんな苦境にも必ず出口があると______。



To Be Continued...



【キャラクター紹介・用語解説】


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マーク Mark
古代エジプト及び古代オリエント学研究を志す冒険家。22歳(本作古代エジプト編時は、まだ学生で18歳)。学生時代は考古学を学ぶものの、残念ながら研究者のポストは得ることができず、また、社会不適合者であることから一般企業への就職も叶わず、フリーランスの商業カメラマンとして何とか食い繋ぐ、とても不安定な生活を送っている。真の研究の道とは、貧困と孤独との戦いでもある。

師匠 Master
マークが敬愛する古代エジプト考古学の研究者・博士。マークの才能を見抜いて発掘チームの助手として抜擢した。両者は理想的な師弟関係にあったが、最終的にマークの研究者としてのポストを確保することができなかったため、非常に胸を痛めている。資産家でもあり、自費を投じて研究・発掘を行ったり、学生の援助を行う指導者の鑑である。その背中を常に見てきたマークも「自分のためでなく、人のために生きることこそが、真のジェントルメンである」という彼のポリシーを継承し、恵まれない少年少女たちの援助を夢見ているが、まだまだ貧乏で自分を養うのが精一杯の状況であり、その域には到底至っていない。


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ホルス(小ホルス)Horus Minor
古代エジプトの王。人間がエジプトを統治する以前の時代にエジプトを治めていたハヤブサの頭を持つ天空神。始祖の九柱神には含まれない新世代の神だが、創造神ラーの力を継承し、エジプトの統治を任された。当初は人間界にいたが、軍人ナルメルに王位を譲り、自身は天界に戻った。ローマ皇帝テオドシウス1世による4世紀の異教弾圧運動で護符の中に閉じ込められ、数千年間封印されていたが、マークによって発見される。


コプト・エジプト語
エジプトのキリスト教徒を中心に使用された言語で、4世紀から本格的に使用され始めた。エジプト語のスタイルを継承した後継言語だが、ギリシア語の要素も強く含んでいる。方言が複数存在しており、これらは学術上呼称が与えられ、明確に分けられている。下記、主だったコプト・エジプト語を列挙する。

サイード方言
かつてはテーベ方言とも呼ばれていた。コプト・エジプト語文献に用いられている最もメジャーな方言。ヘルモポリスないしその周辺の口語だった。4世紀初頭に聖書の翻訳がこの方言で記された。多くの著述家がこの方言を使用し、著作を遺している。他方言は宗教文書がそのほとんどだが、サイード方言では古代エジプト文学が遺されているのが特徴のひとつでもある。メジャーだっただけに、宗教文書に限らず、複数のジャンルの文献が遺されているというわけである。コプト・エジプト語を学ぶのであれば、まずはこの方言の習得からスタートとなる。

ボハイラ方言
メンフィス方言とも呼ばれる。ナイル・デルタ西部発祥の方言。他方言には見られないエジプト語の古いスタイルの痕跡を残している。多くは9世紀以降のものであるが、最古の写本は4世紀のものが確認されている。ボハイラ方言は11世紀にサイード方言に取って替わって勢力を増し、コプト正教会の典礼言語に採用された。そして、それは今日のコプト正教会でも受け継がれている。サイード方言と同様、コプト・エジプト語を極める上で最初に着手すべき方言。

アクミム方言
上エジプトのアクミムないしその周辺方言で、4世紀から5世紀にかけて使用された。コプト・エジプト語の方言の中では、最古の音韻体系を保持する古い方言。

リュコポリス方言
アクミム方言に酷似した方言。現存する文献のほとんどが、リュコポリス(現・アシュート)で発見されていることから、この名で呼ばれている。グノーシス主義のナグ・ハマディ写本など、著名な宗教文書の使用に限られる。

ファイユーム方言
ナイル渓谷西部ファイユームないしその周辺方言で、3世紀から10世紀まで使用された方言。

オクシュリュンコス方言
エジプト中部オクシュリュンコスないしその周辺方言。上記のファイユーム方言と近しい特徴を持つ。4世紀から5世紀の写本が現存している。


Shelk 詩瑠久🦋

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