マークの大冒険 古代エジプト編|英雄になり損ねた者たち
英雄になり損ねた者たち、
冒険家マークの悲しき過去の物語_______。
ホルスとの一件を終えたマークは、気がつくと遺跡にいたはずが自室のベットに横たわっていた。そして、まどろみも束の間、ドアを激しく叩く音で彼は起こされた。
「マーク、大変だ!」
「朝か?昨日は確か......ドアを叩いているのは師匠?」
マークは、ベットから飛び起きてドアを開けた。
「マーク、チームは解散だ」
「冗談、ですよね?」
「いや、確かな話だ。誰かが昨晩、遺跡に忍び込んで墳墓内を荒らしたようだ。玄室に安置されていた棺の蓋が乱雑に横たわり、中身もなくなっていた。きっと棺にはミイラと包帯に包まれた装飾品があったはずなのに」
「(いや、棺にはあのウジャト以外、最初から何も入っていなかった)」
「ワシはあり得ないと伝えたが、調査隊の犯行が疑われている。ワシのメンバーはマーク、お前も含めて全員考古学を心から真に愛する者。人類の財産を独り占めしようなんて奴は一人もいないと伝えたのだがな」
「師匠......」
「これからここには政府の調査が入る。ワシらは撤退。今シーズンの調査はこれで打ち切り。それに疑われて信用を失った今、来期からも参加させてもらえるか分からない。新たな発見は、目前だというのに」
「(師匠、ボクのせいで。ボクがホルスの声に誘われて無断で立ち入ってしまったばっかりに)」
「マーク、何か不審な点はなかったか?」
「し、知らないです......。で、でも、分かったことがあれば、報告します(ダメだ、ここでボクが真相を話したら、ボクの考古学生命が絶たれるどころか、チームのメンバー全員の将来まで奪いかねない。出禁ならまだマシな処罰、それ以上の制裁にみんなが侵されるリスクもある)」
「そうか......。お前らを英雄にできなくてすまん。あの遺跡からは多くの発見があることは間違いない。そうすれば、お前らはみんな成果を認められて、研究ポストに就くことができたかもしれない。すまない、マーク。本当にすまない」
「師匠......(師匠は悪くない。悪いのは全部ボクなんだ)」
「だが、謎なのが、遺跡は民間軍による厳重な警備がされ、墳墓には堅固な鍵が掛けられていた。盗掘者がそれをどうやってすり抜けたのか」
「(いや、そう言えば護衛どころか鍵も掛けられていなかった。どういうことだ?まさか、これもホルス仕業なのか?)」
「お前を利用して封印を解くために、能力が及ぶ範囲で事象を歪めた」
「(何だ、今の声は?ホルスなのか!?」
「発掘など、どうでも良いだろう。お前は俺の力を一時的に継承できる力を手に入れたんだぞ」
「(それこそどうでも良い。ボクは発掘がしたかった)」
「人間の心理は理解できん。穴掘りになぜそこまで価値を見出すか」
「マーク、うわのそらという感じだな。気持ちは分かる。ワシも何も考えられん」
「師匠、これからボクらはどうなるんですか?」
「まずは疑いが晴れるまでこのキャンプに拘束。その後、晴れて無実が証明されれば、ここから早急に撤退だ。今後のことは、大学に帰ってから考えよう。ワシも友人のツテを使って何とかできないか模索してみる。とにかく今は引こう。必ずチャンスが訪れる時が来る」
マークは師匠との話を終えると、デスクの椅子に深く座り、窓の向こうに広がる空を眺めながら考えに耽った。
まだチームのみんなは見ていないが、ボクは壁面に記された文字や副葬品を一通り確認した。そして、不幸中の幸いか、壁面に記されていた内容はこの頭の中に全てある。ボクは一部の記憶野に欠陥があるが、一定の分野に関しては圧倒的な記憶力を誇る。特に目の前のものを画像として記憶し、それを長期間保持できる。また、他言語の習得に関しては突出している。エジプト語の他、ギリシア語、ラテン語はもちろん、ヘブライ語、フェニキア語、アラム語、ケルティベリア語もある程度はカバーできる。
エジプト南部及びスーダンに位置するヌビア地方のピラミッドの推定年代をピラミッド内部から出土したローマコインの銘文を解読し、正確な年代を特定したのは、ラテン語にも通じたボクの功績だ。出土品のコインは、ローマ帝国のアウレリアヌス帝の時代、西暦 272年のものだった。よって、ピラミッドの建設ないし被葬者が生きた時代は、3世紀後半と判定できる。師匠のような純粋なエジプト学者では、あの謎の解決には辿り着けなかっただろう。大抵のエジプト学者は末期王朝時代以前が専門であり、プトレマイオス朝時代より下る年代には疎く、王朝時代にまだ存在していなかったラテン語まではカバーしていない。古代言語の判読だけなら、ボクは師匠を既に上回るだろう。師匠がボクを解読補佐に付けているのものそのためだ。
だが、ボクにはマルチタスクに極めて乏しい欠点がある。基本的に二つ以上のことを同時にできないのだ。暗算などの計算能力や人の発話内容の理解にも乏しい。人の顔と名前もよく会う人以外は、ほとんど覚えられない。また、電話の内容が言語として意味は理解できても、全く内容が頭に入って来ない。おそらく、これらは記憶障害のひとつなのだろう。視覚的な情報の記憶には秀でいていても、音で入ってくる情報の記憶能力には著しく欠ける。
まだあの時の記憶が鮮明なうちに書き出して整理しよう。通常、壁面には被葬者の死後の世界が描かれるものだが、壁面にはホルスが4世紀の宗教迫害で封印された経緯が綴られていた。墳墓や棺は末期王朝時代に製作されたものだが、壁画や一部の副葬品には4世紀末期のものも含まれていた。壁面にエジプト・ヒエログリフの他、コプト・エジプト語のサイード方言でホルスの封印の呪文が記されていたことから、年代に関しては紀元後のものも混じっていることは間違いない。
となると、ボクらが玄室を発見する以前に誰かがあの部屋に侵入していたことになる。だが、玄室には開封した痕跡が全く見られなかった。当時、そんな隠蔽土木技術か存在したのか?それか、それこそ神の御業なのか?確かなことは、4世紀末に誰かが末期王朝時代のあの墳墓に侵入し、そしてホルスを封印した。もしかすると、ホルスだけでなく、他の神々もどこかに封印されているのか?
だが、この内容を話せば、ボクが侵入者であることは明らかである。そして、この問題はボク個人で単純に済まされるものではない。ボクの突発的な行動で、みんなの人生を棒に振りかねない。さて、どうする?4世紀末のエジプトにおけるキリスト教徒による異教弾圧とその動向、神々の封印とその呪詛技術。あまりにも面白すぎるテーマだ。卒業論文にしても良い。かの有名なアレクサンドリアの女性学者ヒュパティア弾圧事件とも結び付けられるかもしれない。この機会を逃していいのか?考古学を目指す者として、歴史を愛する者として、このチャンスを逃すのはあまりに愚かとも言える。
どうする、マーク?ボクが敬愛する苦境の打開者マリエットなら、どうしただろうか?彼はキリスト教文書の回収失敗という苦境の最中、歴史家ストラボンの記述の思い出してスフィンクスの一群を掘り出し、セラピス神殿を発見する偉業を成した。こんな時、シャンポリオンなら、ガーディナーなら、バッジならどうする?彼ら歴代の英雄たちならどうしただろうか?知的好奇心という不治の病に侵された彼らなら、ここで引くはずがない。どうにかしてメンバーを守りつつ、この研究に着手する方法はないのか?あの人も昔言っていた。たとえ東の風が吹こうとも、諦めてはならぬと。どんな苦境にも必ず出口があると______。
To Be Continued...
【キャラクター紹介・用語解説】
Shelk 詩瑠久🦋
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