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マークの大冒険 古代エジプト編|天空の守護者



ボクは50なっても、100になっても忘れない。
あの胸の高鳴りを___。
仲間と過ごした思い出を___。


エジプト、サッカラにて。


「師匠、これは......!」

「向こう側に見えるのは、おそらく玄室だ。私たちの推測は正しかったんだ!マーク、まずは隙間からカメラを入れてみよう」

「ついにこの日がやって来たんですね!」

マークは岩壁に空いた小さな隙に探索用のカメラを入れた。

「間違いない、ここは玄室だ。棺が見える。四方位にそれぞれ方解石のカノプス壺も置いてある。そして、この周りに置かれた財宝の山。当時の高貴な人物で間違いない」

「年代は第3中間期から末期王朝時代ですかね?棺に記されているエジプト・ヒエログリフのオシリスを示す部分にガーディナーの記号表R8ネチェルのサインが当てられている」

「そうだな、エジプト・ヒエログリフの他、棺の派手な装飾や比較的細身な形状からしても第3中間期以降で間違いないだろう。サッカラで見つかる典型的な時代のものだが、未開封状態というのは恵まれている」

「おそらく、末期王朝時代の第26王朝?第3中間期より青銅像の彫刻が発達していて文様が細かい」

「全くの同意だ。私もサイス時代のものと見ていた。この岩壁をさらに取り除いて、棺や周辺の遺物に示されたテキストを読んでみよう。時代の他、性別や役職まで分かるはずさ」

「最高の気分です」

「私もだ。誰にも知られず2000年以上眠っていたんだ。それを私たちが初めて目にする。彼らに親近感さえ覚えるよ。時を越えて繋がった気がする」

「胸の高鳴りが止まらない」

「いくつになっても、この興奮は堪らないな。マーク、岩壁を取り除いたら周囲のものを調査する前にフォトグラメトリで3Dモデリングを頼む。それと、見た感じ、少しカビの侵食も見られる。カビは怖いからな、除去の必要があるし、棺などを開封するのは明日にして、今日は綿密なデータ収集と記録に徹しよう」

「ラジャー!でも、早く見たい気持ちでいっぱいですよ。それを抑えるのがこんなにもどかしいとは」

「キミの気持ちはよく分かる。私も全く同じ気持ちだ。だが、こうした数千年前の棺は触ったその瞬間に崩れ落ちる。撮影で綿密なデータを事前に保存しておくことが考古学の命だ。オリジナルの形は崩れても、デジタル媒体という違う形で、後世ずっとこれらは記録として残るのだ。私たちの記録を頼りに、また次の世代が新しい発見をしてくれるかもしれない」

調査隊一同で岩壁を少しずつ取り除いていく。この作業は命懸けで、失敗すると天井が崩れ落ちてくる可能性がある。また、粉塵で呼吸器にダメージが加わる場合もある。だが、マークたち調査隊は無事に岩壁を取り除き、玄室の開封に成功した。玄室の内部に入り込んだ調査隊は、カビの処理作業や遺物保存の撮影などを行い、その日は調査を終了した。発掘現場の近くにある宿舎に戻ったマークたちは、食事を摂るとそれぞれの部屋に向かって眠りに着いた。日中あれだけ暑かったのが不思議なくらい夜は急に寒くなった。マークは布団を被りながら今日の出来事を思い出し、その胸の高鳴りを抑えられずにいた。そんな時だった。ふと、静まり返った夜にマークを呼ぶような声がした。

「こっちだ......」

「ん?」

「こっちだ」

不思議な声に顔をしかめるマーク。

「風の音か?」

「違う、こっちだ」

確かにマークを呼ぶような声が聞こえる。マークは何となく声がする方に向かう。宿舎を抜け出したマークは、夜の砂漠を歩いた。

「星が綺麗だな。こんな綺麗な空、ボクの住む街では見られなかった」

「こっちだ......」

「何の音なんだ?まるでボクを呼ぶ声のように聞こえる」

声のように聞こえる音の原因を確かめたくなったマークは、そのまま導かれるように進んでいく。どうやら声のような音は、昼間の発掘現場から発生しているようだ。マークは仮設で取り付けられた地下墳墓の入口の扉を開け、階段を下っていく。

「バレたらやばいけど、音の原因が気になるな」

地下墳墓の廊下は真っ暗なため、マークは懐中電灯を付けて進んでいく。そして、マークを呼ぶ声のような音は、棺が安置された玄室の前でピタリと止まった。

「やっぱりここから音が出ていたのか」

マークは玄室に入り、懐中電灯を照らして周囲を見回した。装飾的な壁画が美しく、それがマークの心を打った。

「本当に古代エジプト人はすごい。この死生観、宗教観は彼らにしか生み出せない。永遠に終わることのない栄光と繁栄の世界」

太陽の船を漕ぐ神々、牛の乳を絞る人、お盆に乗せられたパン、鴨、レタスなどの図像が極彩色によって描かれている。死後の永遠に続く豊穣と幸福に満ち溢れた世界。そこでは、人は神と共存し、祝福された日々を送っている。壁画をまじまじと見つめるマーク。すると、彼の背後で物音がした。マークは物音に驚いてビクっとした。

「何だ!?」

マークが後ろを振り向くと、棺がガタゴトと揺れていた。

「嘘、だろ......?」

「開けろ、開けるんだ、頼む」

先ほどからマークを呼んでいた声の持ち主は、どうやらこの棺から発生しているようだった。

「開けてくれ」

「でも、勝手に棺を開けたらまずい」

「お前にしかできない......」

「みんなを出し抜いて棺の封を解くなんてボクにはできない」

「俺を解放してくれ」

声の誘惑に翻弄されるマークは、目の前の棺を開けてみたい感情に囚われていた。

「クソ、ちょっとだけなら」

マークは棺の蓋を持ち上げ、少しだけズラしてみた。すると次の瞬間、その隙間から強烈な光が溢れ出した。

「うわっ!!」

いきなりの閃光に目潰しを食らうマーク。閃光が収まり、マークが恐る恐る目を開けると、蓋は地面に吹き飛んでいた。棺の中には本来ミイラが入っているはずだが、中身は空っぽだった。そして、マークの目の前にホルスの片眼を模した護符ウジャトが宙に浮いていた。

「嘘、だろ......」

「ようやく、解き放たれた!」

宙に浮かんだウジャトが喋っている。あり得ない光景を目の前にマークは身動きひとつ取れずにいた。

「これで俺は自由だ!おい、小僧。礼を言う。だが、まずはお前の身体を借りるとするか」

「え......!?」

宙に浮かんでいたウジャトは、マークの心臓を目掛けて飛び込んでいく。

「うわ......!!」

だが、次の瞬間、マークの目の前に大きな盾が現れ、ウジャトを弾き飛ばした。

「クソ......!!どういうことだ!?」

「指輪がボクを守ってくれた!?」

「それは、アムラシュリング?」

声を発するウジャトは、驚いているようだった。

「遥かアジアに伝わる秘宝。どうしてお前が?」

「骨董マーケットのセール品の指輪がまさか......本物かどうかさえ疑っていたけれど」

「俺は気が短いんだ。さっさと終わらせよう」

ウジャトがそういうと、マークの視界は閃光で真っ白になった。マークが目を開けると、ギザの三大ピラミッドの前に場所が移っていた。さっきまで真夜中のはずだったのに、強い日差しが肌を焼くような真っ昼間になっていた。そして、目の前にはハヤブサの頭に人間の身体を持つエジプトの天空神ホルスが仁王立ちでマークを見下ろしていた。巨大なホルスはクフの大ピラミッドの大きさをも裕に越えている。

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「ここは俺が擬似的に生み出した空間。この空間に入った者は絶対に生きて出られない。さあ、素直にお前の身体を明け渡せ」

マークは怯えて後退りし、そのまま背中を向けて逃げ去った。

「愚か者、逃げても無駄だと言っただろう。この空間に終わりはない」

ホルスは逃げ去るマークをその巨大な足で踏み潰そうとした。

「うわっ!!」

だが、再びマークの頭上に巨大な盾が現れた。今度は一枚ではなく、十二枚の盾が連なり、壁のようになってマークを守っている。ホルスは力を入れて踏み込もうとするが、盾の抵抗が強すぎて押し潰せない。

「また盾が守ってくれたのか?」

「どうなってる!?神に抗うというか」

すると、今度はマークが背負うリュックから閃光が放たれた。そして、彼の周囲に複数の剣が現れた。剣の数は全部で十二本。マークの周りを宙に浮かびながら回転している。回転が高速になると剣はホルスを目掛けてそれぞれ飛んで行った。

「もうひとつのアムラシュリング?一対の指輪が揃った時、その所有者は世界を制する。なぜお前が」

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「何だかよく分からないが、2本の指輪がボクを守ってくれている?」

「力づくで奪うまで。世界の財宝は、もともと全て俺のものだった」

マークがイメージを思い浮かべると、剣や盾はその通りに動いた。

「すごい......」

マークは指輪の魔力に感嘆していた。

ホルスは指輪を奪おうとマークごとその巨大な手のひらで握り潰そうとする。だが、マークの位置が放たれた剣の位置と突如入れ替わった。ホルスはそのまま鋭い剣を握り、雄叫びを上げる。

「クソが、小細工を!」

ホルスの手のひらからは、黄金の血液が流れていた。

「古代エジプトの神々の血液は黄金でできていると伝承されていたが、本当だったのか......」

マークはホルスの手から流れる黄金を見て驚いていた。

「舐めた真似を」

「今、ボクは剣と位置が入れ替わった。指輪にはそんな魔力も秘められているのか?この力を上手く使えば、アイツを抑え込めるかもしれない」

マークは周囲に浮かぶ盾を階段のように積み上げ、その上を駆け上って行く。そして、次は剣を投げ、放たれた剣と自分の位置を入れ替える。これを繰り返し行い、マークはホルスの顔面にまで飛び上がった。

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今度は一本の剣を力強く握り、ホルスの左眼に思い切り身体ごと体当たりした。ホルスの眼球にマークの剣が勢いよく突き刺さり、彼は激しい悲鳴を上げる。悲鳴の波動は凄まじく、周囲のものを吹き飛ばしていった。マークも遠くに飛ばされ、宙に放り出された。

「この俺が......貴様ごときに」

ホルスは黄金が噴き出した眼を抑えて悶絶していた。マークは地面にぶつかる直前で剣と自分の位置を入れ替え、落下による衝撃を命辛々防いだ。

「危ねえ、ペシャンコになるとこだったぜ。だが、左眼への一発は効いているみたいだ。この怯んでいる隙にトドメを刺す!」

そう言ってマークがもう一発お見舞いする前にホルスの姿は透けるように消え、場所も元の玄室に戻り、目の前にはウジャトの護符が横たわっているだけだった。

「消えた?古代ギリシアの英雄アキレウスの弱点はアキレス腱だったが、ホルスの弱点は左眼だったのか。どんなに力がある者でも、弱みは必ずある。弁慶の泣きどころいったところか」

マークは足元に横たわっているウジャトを拾い上げた。

「これがウジャト......」

「お前が願う時、俺の持てる力の全てを貸そう。お前は強い。エジプトは己の強さが全て。強さこそが絶対であり、弱き者は服従の道を歩む」

「喋った!?」

「契約はお前が勝利した時点で結ばれた。お前が危機に面した時、この天空神ホルスがお前に迫り来る全てを薙ぎ払うと約束しよう。だが、その指輪の力には気を付けろ。お前が持つ指輪は呪われている。権力と欲望にまみれる者は、指輪によって始まり、指輪によって滅びる運命にある」

「ボクは力を悪用したりしないさ。ボクの願いは、師匠や仲間と共に発掘がしたい。ただ、それだけだ。そして、できれば世界を揺るがすような大発見をして、みんなを喜ばせたい」

「お前ほど野心がない者が指輪を持つのは返って惜しく思える」

「力をどう使うかは、本人の自由だ。それに暴力は本当の力ではない。本当の力は、人との繋がり思いやりの中にある」

「だが、優しさだけでは頂点には上れんぞ」

「それでいいさ。ボクが求める頂点は、権力や暴力の世界ではなく、学問の世界にある」

「それもひとつの答え。であれば、お前がその世界で頂点に立つのを見届けるとしよう」

「そうさ、たとえ東の風が吹こうともボクの冒険は終わらない」


To Be Continued...


【キャラクター・用語紹介】

マーク
エジプト考古学者を目指す学生。ツタンカーメン王墓を発見した英国のハワード・カーターのように、いつか自分も世界を揺るがす大発見することを夢見ている。

師匠
エジプ考古学者でマークの恩師。あらゆる知識に精通しており、その多角的な視点から古代エジプト文明の解明に数々の貢献をしてきたレジェンド。

オシリス
古代エジプトの農耕と冥界の男神。豊作を司る他、冥界で死者を捌く責務も担う、古代エジプトで最も重要な神。神々の王だったが、その地位を息子のホルスに継承した。

フォトグラメトリ
複数枚の写真を繋げ合わせることにより、高度な3Dモデルを精製する技術。現在の考古学調査では欠かせないテクノロジーのひとつである。マークが撮影術に長け、後にそれを生業としているのは、調査隊でのこの撮影経験に基づく。

第3中間期
ヌビア(現スーダン)系民族がエジプトを統治していた時代。混乱期だったため、中間期という名で呼ばれている。

末期王朝時代
リビア系民族及びアケメネス朝ペルシアがエジプトを統治した時代。一般的に古代エジプトの衰退期と位置付けられるが、ミイラ造りや青銅精錬などの著しい技術向上が見られた時代でもある。

第26王朝
サイス朝とも呼ばれる王朝で、王都が下エジプトの都市サイスに置かれたことによる呼び名。リビア系民族による王朝で、末期王朝時代では最も栄えた王朝だった。

ガーディナーの記号表
英国の言語学者アラン・ガーディナーが作成した主要なエジプト・ヒエログリフをグルーピングしたリスト。100年ほど前に製作されたものだが、現在でも使用されている古代エジプト言語学の基盤。

玄室
墳墓内の遺骸を安置する部屋。

ウジャト
古代エジプト語で、再生・復活を指す言葉。エジプト・ヒエログリフで表す場合は、ホルスの片眼で表される。また、ウジャトは護符にもされ、古代エジプト人に大切に扱われてきた。

アムラシュリング
古代イランの特権階級が使用していた守りの指輪。「剣の指輪」「盾の指輪」の二つが存在する。所有者は自身の周りに十二本の剣、十二枚の盾をそれぞれ瞬時に呼び寄せることができるが、詳しい使い方や能力の拡張範囲は謎に包まれている。

ホルス
古代エジプトで最も重要な男神。天空を司る神でハヤブサの頭部を持つ。傲慢で自慢屋だが、古代エジプトの神々の王であり、強大な力を有している。



Shelk 詩瑠久🦋

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