マークの大冒険 | 古代ギリシア編 トロイアの栄光 Episode:2
アカイア陣営、総大将アガメムノンの天幕にて__。
「それが、いにしえの道具を使って奇妙な技を繰り出すおかしな冒険家で」
オデュッセウスは、天幕でアガメムノンにマークの件について何か話し込んでいる様子だった。
「ふむ、なるほどな。その道具とやらを奪えれば、トロイアを陥落させられるかもしれない。正直、俺はもう弟メネラオスが持ち込んだこの戦争にウンザリだ。アルテミスに娘の命まで捧げてこの有様だ。10年だぞ、お前も早くペネロペのもとに帰りたいだろう、オデュッセウス。いくら奴が特殊とは言え、ここはアカイアの陣営。ここにいる兵士全員でかかれば、奴もひとたまりもないだろう。その神秘の道具とやらを奪おう、この戦争を一日でも早く終わらせるためにも」
アガメムノンとの話を終え、天幕から出てきたオデュッセウスはマークに言った。
「マーク、事情が変わった。私たちのボスの決定でね、悪いがキミにはここで消えてもらう」
オデュッセウスは、唐突にマークに死刑宣告を言い渡した。そして、マークの周囲が大勢の兵士で囲まれる。
「嫁と息子に会いたいがために、初対面の相手に手を下そうとするとはねえ。文献通りの卑怯でずる賢い奴だな」
「最期の言葉はそれでいいのか?冒険家」
「たとえ東の風が吹こうとも、ボクの冒険は終わらない。仕方ない、キミらとちょっと遊んでやるか」
「ナメた口を!オデュッセウスは剣をマークに目掛けて突き刺した。だが、マークと剣の間にはローマの巨大な長方盾スクトゥムが現れ、オデュッセウスの一撃は阻止された」
「クソ、また盾か。全員で囲んで一気に切りつけろ!」
オデュッセウスが部下の兵士たちに指示した。
「さっきの仕返しだ!」
アキレウスも参戦し、マークを狙って剣を構えた。
「本当に卑怯な奴らだよ、一人相手に大勢でかかるなんて。傲慢で卑劣なギリシア人。禁止された夜の奇襲でトロイアを討ち滅ぼしたアカイア。自らの望みのためなら手段を選ばない、か」
「ぶつぶつ言いやがって、命乞いか?」
俊足のアキレウスがマークを突き刺すために突進する。するとマークは空間から突然、刀を出した。魔法の指輪アムラシュ・リングの力である。マークは日本刀雅(みやび)を腰に携え、鞘から刃を抜こうとする姿勢を取る。だが、決して鞘から刀を抜くことはせず、呟いた。
「雅、簡易擬似型、東風の舞」
マークがそう言うと、周囲に突風が巻き起こり、アキレウスを始めとしてアカイアの兵士らが勢いよく吹き飛んでいった。そして、よく見ると兵士たちの服の至る部分が切れていた。だが、彼らの肌には傷ひとつ付いていない、まさに神業と言える剣技だった。
「なんだその剣は?」
オデュッセウスは、ひどく驚いていた。
「剣じゃない、刀だ。片側にしか刃がないからね。知らないのか?日本刀を。世界最高峰の切れ味を誇る刃物だ」
「やはり奴を甘く見過ぎていた...... 。今の奇妙な動きはなんだ?」
「風の舞、日本剣士の初歩中の初歩の技だ。現代で言う空包による威嚇射撃のようなもの、と言っても、まあ、鉄砲を知らないキミらに言っても通じないか」
「一体お前は何を言ってるんだ?」
「これから死ぬ奴の絶望した減らず口だ、相手にするなオデュッセウス、意味などない!」
アキレウスはオデュッセウスにそう言った。
「盾を構えて風に飛ばされないよう密集して奴に突進しろ!」
オデュッセウスが仲間の兵士たちに指示する。
ファランクスを組んだ兵士たちが盾を構えてマークに思い切り体当たりする。だが、マークの周囲には再び空間から複数のテストゥド盾が現れ、兵士たちは激しく弾き返されてしまった。
「それじゃあ、こっちからも攻めさせてもらうぜ!」
マークはそう言うと、空間から鞘に入った十二本の剣を自身の周囲に円形に展開した。マークの周りを宙に浮きながらくるくると回る剣は、突如オデュッセウスたちを目掛けて勢いよく飛んでいった。
高速で飛んできた鞘入りの剣の打撃で兵士たちが次々倒れていった。オデュッセウスは剣を交わしたはずだが、突如その剣が遠くにいたはずのマークに入れ替わり、マークから振り下ろされた一撃を食らって彼は膝から崩れ落ちた。
「峰打ち?」
「殺生はしない主義でね」
「ナメやがって!」
「どれだけ手加減してると思ってる」
マークはオデュッセウスらを挑発した。そして、再び剣を自身の周囲に回転させると、第二派を兵士たちに放った。
「どこだ?どこから来る?クソ、かわしきれない......!」
オデュッセウスは、焦りの表情を見せていた。そして、再びマークの鞘に入った剣がオデュッセウスを目掛けて飛んでいく。オデュッセウスはギリギリで全て交わすが、また交わしたはずの剣の一本がマークに入れ替わり、マークの鞘に入った日本刀雅の峰打ちを鎧に食らう。
「どうしたオデュッセウス?もう終わりか?」
マークがそう言い放つと、オデュッセウスはさらに苛立ちを高めていく。だが、マークはお構いなしに再びオデュッセウスらを目掛けて剣を飛ばす。
「アキレウス、ガラ空きだぜ。雅、簡易擬似型 東嵐の舞」
今度はマークがアキレウスの方へと現れた。そして、アキレウスの胴当てを鞘入りの日本刀雅で軽く突くと、彼はものすごい勢いで荒野を吹き飛んでいった。周囲の兵士たちは振り返り、砂嵐を巻き起こして飛んでいったアキレウスを見て恐れおののいた。
「大丈夫、ペレウスの子アキレウスは頑丈だから死なないさ」
マークは笑っていた。だが、50m、100m過ぎてもその勢いは止まらず、地面を転がりながらアキレウスは吹き飛んでいく。
「ちと、やり過ぎたか。かなり手加減したつもりだったが」
あまりにも飛び過ぎたアキレウスを見かねたマークは、アムラシュリングの力で、アキレウスの背中に複数枚のスクトゥムを出現させて、その勢いを止めてやった。ようやく止まったアキレウスは、埃まみれになりながら起き上がると、マークの盾を持って地面に叩きつけた。
「チキショウ!あの野郎!」
「お、さすがはアキレウス。元気じゃないか」
「なんて技だ......」
オデュッセウスも吹き飛んでいったアキレウスの方を見て驚いていた。
「オデュッセウス、よそ見はいけないぜ」
マークは挑発するような口調で、今度はオデュッセウスを攻めた。
「クソ、どれだ、どれに隠れてやがる!」
オデュッセウスは苛立ちの声を上げながら、マークの連撃を受けて消耗していく。だが、マークはひるむことなく、剣を飛ばす。飛んできた剣を弾くようにオデュッセウスは、がむしゃらに槍を放った。
「おいおい、オデュッセウス、どこに投げてる?ここだよ、ここ。ボクはキミの目に前に、ただ突っ立てただけだぞ。キミをからかうのは最高に面白いな。ボクと剣が必ずしも入れ替わるとは限らないんだぜ。入れ替わるという先入観にやられたな。ギリシア一の天才がそれか?剣と入れ替わるか入れ替わらないかは、ボクの意思で自由に決めることができるのさ」
「クソが......。こんなランダムな方法で攻撃を繰り返されたら、突破口が見えない。確率にかけるか、いやしかし、何か打開策が......。投げ放った剣が所有者と入れ替わる。だが、投げた剣の十二本のうちのどれかに本人が紛れている。どこだ、それを見抜けば、一撃で仕留めるカウンターを食らわせられる。見ろ、よく見るんだ。何か手があるはず......。考えろ、考えろ」
マークは勢いを緩めず、宙に浮かんだ鞘入りの剣を幾度も次々に飛ばす。
「見抜いた!!」
オデュッセウスはそう叫ぶと、飛んできた剣の一本に自身の短剣を投げた。
剣がマークに入れ替わり、オデュッセウスの投げた短剣がマークに刺さりそうになるが、間一髪のところでマークの目の前にスクトゥムが出現し、オデュッセウスの攻撃は阻止された。
「さすがはオデュッセウス、もう見抜いたか!なんて動体視力だ、アカイアが誇る天才武将。その瞬時の適応性、伝説の通りだな。キミ以外に未だ見抜いた者はいない!」
「アキレウス!見抜いたぞ!!アイツが入れ替わる剣は、加速が少しだけ他より遅くなる。その一本に奴が隠れている」
「了解!次こそが俺が奴を串刺しにする」
「どうやら奴に私たちを殺す気はないらしい。そこを逆手に取れ!ナメたハンデを仇にしてやろうじゃないか!勝利の女神ニケは、私たちに微笑んでいる。だが、気をつけろ、初見で真剣だったら、私たちはとっくに死んでいた」
「なら、これはどうかな?簡易降神!アア・ヘル、ケメト・アンク!!(古代エジプト語で、偉大なるホルス神、エジプトの永遠なる命の意)」
マークが鞄から片眼の護符ウジャトを取り出して意味不明な呪文を唱えると、彼の足元に血のような色をした真っ赤なハヤブサの魔法陣が現れた。そして、次の瞬間、巨大な拳が突如現れ、地面を打ち砕き、その衝撃派でアカイア勢が吹き飛んでいった。
兵士たちは、その突然の光景を前に恐れをなし、逃げていった。そして、オデュッセウスとアキレウスも吹き飛ばされた衝撃で消耗し、動けない状態になっていた。地面を打ち砕く巨大な音に驚いたアガメムノンが天幕の中から出てきた時は、全てが終わっていた。
「じゃあ、アガメムノンのおっさん、あとは頼んだよ。ボクは時間なんで、そろそろ行くよ。日が暮れる前にトロイアの城壁を観察しなきゃならないんでね」
アガメムノンは目の前の光景が受け入れられず、何も言えずに茫然と立ち尽くしていた。自身の精鋭部隊がマークに傷ひとつ付けることができず、倒れ伏していたからである。
「逃げるのか、冒険家!恐れをなしたか?」
オデュッセウスは、地面に伏せながら負け惜しみの捨て台詞を吐いた。
「逃げるんじゃない、用事があるだけだ。それとオデュッセウス、キミはその傲慢さでこの戦争が終わったあとも、長く苦しい旅をすることとなる。ペネロペとテレマコス、そしてアルゴスに会えるのは、まだまだ先だと思っていた方がいい。それじゃ、また今度」
「なぜその名前を......」
マークはアカイアの陣営から背中を向けて去っていったが、そのあとを追う者は誰もいなかった。
To Be Continued...
Shelk 詩瑠久🦋
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