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アジカン精神分析的レビュー③『ソルファ』/偶像化と不安の狭間で

今年メジャーデビュー20周年を迎えるASIAN KUNG-FU GENERATION。その作品史を精神分析的視点から紐解いていく、勝手なアニバーサリー記事シリーズです。


2ndアルバム『ソルファ』(2004.10.20)


前作『君繋ファイブエム』から11カ月で届けられた2ndアルバム。全てオリコントップ10入りを果たしたシングル4曲を含む12曲入りで、アルバムは累計75万枚、オリコンチャート2週連続2位という大ヒット作となった。このアルバムでアジカンはバンドシーンで確固たる地位を築いたのは間違いない。

「バンドが大きくなっていくことは嬉しかった。でも思ったよりも自分たちに偶像性があって、イメージが先に転がってく感じがしたから、今度はそっちとの戦いになって。俺たちが対象化してる自分たちと、みんなが思ってるASIAN KUNG-FU GENERATIONのギャップがどんどん広がっていった」

「rockin’on.com」インタビューより後藤正文の発言

”一番ノリノリな時期”(※1)と後藤正文(Vo/Gt)は当時を振り返り、猛烈なライブスケジュールをこなしながらセッションを重ねて生まれた楽曲たちは創意工夫に溢れている。しかし、楽曲の情緒はやや不安定なのも特徴的だ。『君繋ファイブエム』のヒット以降、取り巻く状況は一変。上記インタビューの通り、最もアジカンがアジカンをコントロール出来ていなかった時期に出来たのがこの『ソルファ』だ。その精神状態について紐解いてみたい。


欲望と承認をめぐる歌

人気があるだけだと思ってました。(中略)俺ら、ただ曲知ってもらってるだけじゃんって。なんか意外と自分たちってハチャメチャじゃねえんだなと思った。音楽やってるやつらの界隈では、自分たちはそんなにいかれてないっていうことがわかりましたね。“振動覚”に書いてることはそういうことで。もちろん音楽的な才能はあると思ってるけど、同じように思ってるやつらの中に交じると、なかなか大変で。

「rockin’on.com」インタビューより後藤正文の発言

2004年のアジカンはこれまで近い距離にいたリスナーのその先、より遠くへと自分たちの音楽を届けようとしていた時期と言えるだろう。一方、批評の土壌に上がり、他のバンドと比較され、“あんなのロックじゃない”と言われることもあったという。そんな時期だからこそ、己を奮い立たせるような「振動覚」が1曲目にあるのは必然と言える。綴る言葉は明解になり、サウンドも広く届けるために開けていくのは自然な流れと言えるだろう。

続く「リライト」は著作権にまつわる楽曲だが、翻っては“自身の創造物”について綴った歌とも言える。《意味のない想像も 君を成す原動力 全身全霊をくれよ》における"君"を、過去2作同様に聴き手のことでもあり、アジカン、そして後藤正文(Vo/Gt)自身のことでもあると解釈するならば、この時期のアジカンの可能性をリスナーや自分自身に言い聞かせているように見える。今やフェスアンセムの「リライト」にも、切実な吐露が溢れている。

流麗なアルペジオが印象的なポップチューン「君の街まで」には《心細さを全部抱えて 君の街まで飛ぶための歌》など、ツアーやライブを重ねたバンドらしいフィーリングがあるが、《羽ばたいてる間は消えないから》と言い聞かせているような部分もある。続く「マイワールド」は夏フェスを思わせる光景が描かれ、繰り返される《縁廻る》というワードは聴き手が増える《時代の宇宙》の中で繋がりを何度も確かめるような心許なさを感じてしまう。


もっと他者と繋がり、もっと特別なものになろうとする欲望が当時のアジカンには見受けられる。しかしそれは真の意味でアジカン自身が求めていたものか。精神分析家のラカンは「欲望とは他者の欲望である」だと言う。他者のいる世界に身を置くと、世界のルールに自らの欲望も支配され始めるからだ。“売れること”、”認められること“を求められる場所に身を置けば、いつしかそれを自分が望んでいることのように捉え始めてしまうものなのだ。

頬を撫でる弱い風でも 時に人の胸に突き刺さって
此処で強く声をあげても 届く距離に君は足りなかったんだ

ASIAN KUNG-FU GENERATION「夜の向こう」より

そういう意味では他者から承認される欲望は、社会を生きる人間には当然のことだ。前作『君繋ファイブエム』で社会へと足を踏み出したアジカンの表現にも当てはめられるだろう。代表的には5曲目「夜の向こう」は、“届けたい”という切実な想いが刻まれている。『ソルファ』の特に序盤には、承認欲求とまでは言わないまでも、少なからず広い意味での”他者“、つまりこの世界/社会から認められたいという欲望は必然的に滲み出てしまうのだ。


とめどない不安

しかし不特定多数に想いを向けることの難しさは、不安が渦巻く楽曲も生む。妖しげなサウンドメイクが不穏さを煽る「ラストシーン」はタイトル通り、1つの関係性の終わりを描く。喪失すること、《サヨナラ》になること。まるで、その悲しみを先に描くことで不安に慣れようとしているようにも思う。《存在証明を鳴らせ》と叫ぶ「サイレン」も、この並びで聴くと極めてシリアスであり、行き着く宛もないSOSのようにも聴こえてしまう。

売れてることに、だんだん不安になってきた時期じゃないかな。だって汚い恰好して、午前中からスタジオに入ってるような連中が“日本のロックの救世主!”みたいな見出しを付けられたりして、「え?」っていう感じがあったんですよ。自分たちの実像とかけ離れてる、みたいな。それにそういう称賛には、同じぐらいバッシングがついてくるんです。

書籍 ASIAN KUNG-FUNGENERATION THE MEMORIES 2003-2013、後藤正文インタビュー(P.16)より

上記の発言からも当時の心境の複雑さは推し量れる。普段着のまま現れた、親近感の湧く青年たちがスターダムを駆け上がる…そんなストーリーをあてがわれ偶像化した彼らは、その承認欲求のキャパシティを超えてもなお際限なく“他者の欲望”が投影され続ける。それはポジティブなものだけではない。妬み、嫉みといった感情から発せられる“他者を蔑みたい”というネガティブな欲望さえもだ。人でなく、偶像と化した彼らに逃げ場はなかった。


記憶だって 永遠になんて残らないものとおもい知って
僕はずっと掻きむしって  心の隅っこで泣いた

ASIAN KUNG-FU GENERATION「Re:Re:」より

「Re:Re:」にあるこのフレーズは、『君繋~』で描いていた祈りを打ち消すような、とても虚しい響きを持つ。思いがけず日本語ロックの筆頭格となった喜びと消費されることへの葛藤。《忘れない傷》という痛みを伴う実感を背負い、最終的に《君じゃないとさ》という想いに帰結していくこの曲が、ギリギリの希望として存在している。この中盤の3曲は偶像化と不安の狭間で、無意識のうちに消耗しつつあるアジカンを象徴しているかのようだ。


それでも縁を廻す

『ソルファ』終盤。「24時」には、忙しない日々が投影される。絶望する暇もなく疲れが溜まり、《意味もなくなんだか眠くないんだよ》というハイな苦しさに苛まれる。それを振り切るような疾走感はこの曲の焦燥感を募らせている。そしていつしか眠りに落ち、「真夜中と真昼の夢」へと誘われる。

叶うこと
叶わないこと
それよりも大事な何かを

そんな日の募る言葉を
君に宛てて僕は書いている

ASIAN KUNG-FU GENERATION「真夜中と真昼の夢」より

ボサノバに接近したリズムやまろやかなギターワークで、昼も夜もない夢心地に浸らせてくれるこの曲。ここまで張りつめていた気持ちがようやく解けたかのように思えるが、"何を伝えるべきか"という自問自答は続いているようだ。夢の中にまで迫る切実な表現欲求は安らぐ隙を与えてくれない。


そして名曲「海岸通り」。このアルバムを順を追って聴くとこの曲はまだ夢の中にいるように聴こえてくる。穏やかな時間に身を預け、辛さを静かに癒していくようなこの曲は後藤の青春時代の原風景が基になっているようだ。『崩壊アンプリファー』『君繋ファイブエム』より遥か昔、戻ることのできぬ何者でもないあの頃へ無意識の内に想いを馳せているように響いてゆく。


アルバムは「ループ&ループ」で弾け飛ぶように終わる。未来志向であり、《つまらないイメージを壊せ》という鼓舞もある。"音楽という大きな輪の中にいる"という今後の後藤のソングライティングにおいて重要な要素も芽生え、アルバムのエンドロールとして最高のカタルシスをもたらしている。縁を繋ぎ、縁に戸惑いながらも作り上げた『ソルファ』を最後の一手で"縁を廻す"というポジティブなベクトルに着地させたこの曲は、当時のアジカンにとってもどうか《弱い魔法》であれという祈りになったのではないだろうか。


初の日本武道館単独公演、全国を隈なく回るツアー、ロックフェスでの大活躍。『ソルファ』リリース後、想像を遥かに超えるスピードでアジカンは大きくなる。もはや誰の欲望も無関係に、不特定多数に承認され、不特定多数に揶揄されてしまう境地へと突入する。偶像化と不安に挟まれた末に小さく擦り減り続けた心は、その後底知れぬ自己内省へ向かうしかなかった。


次回レビュー⇒3rdアルバム『ファンクラブ』(6月前半アップ予定)

(※1) 書籍 ASIAN KUNG-FUNGENERATION THE MEMORIES 2003-2013


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