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2012 to 2022〜『BEST HIT AKG』、およびテン年代以降の”ベスト盤“に想いを馳せる

「2012 to 2022」は10年前に発表された作品を起点にして、この10年間の作り手やシーンの変容についてあれこれ記していく記事のシリーズです。

僕と『BEST HIT AKG』

2012年1月当時は高校3年生であったからセンター試験のことしか考えていなかったように思う。試験直後に答え合わせをしている"愚"な同級生たちを避けるようにして好きな音楽をウォークマンで流しながら休み時間をやり過ごした。その中にアジカンもあったような、なかったような、どうだったか。

センター試験直後から二次試験の勉強に移ったので正直そこまで注目はできていなかったのだけど、今回取り上げるのは情報解禁された時には結構驚いた記憶がある作品。ASIAN KUNG-FU GENERATIONが2012年1月18日にリリースした最初のベストアルバム『BEST HIT AKG』。完全リアルタイムとまではいかないが2005年の「ブルートレイン」から追ってきたバンドが遂にベスト盤を出す、という感慨。随分と時間が経ったな、と思った記憶がある。

2000年代に音楽を聴くことが趣味になったので、それ以前から活躍しているアーティスト、特に90年代デビューのバンドを知るための入り口としてベストアルバムは最高の品だった。月々の少ない小遣いの中からGEOでレンタルできる枚数を考えれば、やはり知ってる曲、強い曲が揃ったベスト盤を選んでしまう。Mr.Childrenくるり斉藤和義B-DASHSUPERCAR岡村靖幸スピッツ(に限ってはシングルコレクションであったが)、、様々なベスト盤をありがたく享受してきた。そして2012年を迎え、『BEST HIT AKG』が出るという局面。これはオリジナルアルバムを追ってきたバンドがベスト盤を出すという不思議な感慨があった。従来からのファンとしては、新規リスナーをこうして迎える側に立ったんだな、と少し誇らしかった記憶もある。


テン年代のベスト盤

デビューや結成のアニバーサリーや数枚のアルバムを経ての総括として本来ベスト盤は出るものだからゼロ年代デビューのバンドやアーティストがテン年代にベスト盤を出すのは納得である。2012年はACIDMANチャットモンチーPerfumeらがリリース、2013年にBUMP OF CHICKENBase Ball Bearストレイテナーも続き、2010年代は以降も9mm Parabellum BulletNICO Touches the Walls(2014)、凛として時雨高橋優(2015)、私立恵比寿中学back numberGalileo Galilei(2016)、BIGMAMAmoumoon秦基博、(2017)、サカナクションmiwa赤い公園(2018)とゼロ年代以降にデビューしたアーティストのベスト盤リリースが続いた。ここでピックアップしたのは観測範囲の話なので数えたらもっとあった。CDの売り上げ枚数が落ちたテン年代でもヒットを確実に生み出せたのがベスト盤だったと言えるだろう。


『BEST HIT AKG』は、アジカンの魅力を改めて世に問いたいというレーベル社長の声にメンバーも共振して企画されたメンバーによる選曲盤である。そしてチャットモンチーのベストはメンバー脱退に伴って制作されたシングル曲全収録のベスト盤。またファン投票によるベスト盤もACIDMANストレイテナーが制作しており、そのまとめ方は多岐に渡る。Base Ball Bearの小出裕介(Vo/Gt)は2013年のベスト盤リリース時に「ベスト盤を作った時に強い曲が並ぶように意識してシングルを作ってきた」と雑誌やラジオで話していた。大人の事情はさておき、ベスト盤というものにフラットに慣れ親しんだ世代が活動してきたからこそ、テン年代は純粋なる“一区切り”として、ある種の楽しさをもってベスト盤をリリースできていた時代だと言えるだろう。


ただ忘れてはならないのが2014年にクリープハイプの前レーベルが突如リリースした非公認ベスト。スピッツやドリカムが90年代のベストアルバムブームの時代に食らった、”レーベル移籍に伴う契約上可能な大人の事情リリース”。このどうにもならないケースを2010年代に浴びてしまう稀なバンドとなった。テン年代は作り手に望まれて出るベスト盤も多かった時代だが、手軽に編集して出せる、というのはやはり大人の利用されやすい。そんな暗い側面も数は少ないながらもしっかり見せつけられたことを記憶している。


テン年代も後半に差し掛かると、ベスト盤にも斜陽の時が訪れる。Wikipediaとオリコンのデータベースから計算したところ、2012~2018年までは平均して70枚以上のベスト盤が年間リリースされていたのだが2019年に入り40~50枚に。それでも多いと思うかもしれないが、キャリアのあるアーティストによる何枚目かのベスト盤が数多く、初めてリリースされるベスト盤に限れば2019、20、21は10枚程度。2021年に至っては全てのベストアルバムを含めても合計で30枚程度のリリースに留まっている。10年間で半数まで減った。


配信時代のベスト盤

この変化は間違いなく配信、そしてサブスクリプションサービスの台頭によるものだろう。至極当たり前のことではある。自分でマイベストプレイリストを作ることができるし、リスナーの間での共有も拡散も簡単にできる。そうでなくても「はじめての〇〇」がアーティスト側から提示され、アーティストごとの人気曲が再生回数のランキングとして手軽に聴ける。山下達郎が2012年にベスト盤『OPUS』のリリース時に語っていた「CDというパッケージメディアが、そろそろ終焉を迎えそうな雰囲気が出てきたからだ」という言葉が現在を暗に示していた。変化とは万物にもたらされる自然の理だ。

ここ数年のベスト盤は配信限定リリースのものも増え、CDとして出る作品にもこれまで以上に付加要素がついたものが多い。2020年リリースのBiSHの『FOR LiVE -BiSH BEST-』はコロナ禍で苦難に陥ったライブハウス支援のためのリリースで、SKI-HIの『SKY-HI's THE BEST』は多くの楽曲を再レコーディングしたものだった。またフジファブリックの『FAB LIST』は"プレイリストアルバム"として編集形式自体も配信に寄せるなどその変化は著しい。

サブスクを解禁していないアーティストや熱烈なファンとの蜜月を築いてきたベテランアーティストのベスト盤などは絶え間なくリリースされ続けている(稲垣潤一やTHE ALFEEは2年おきにベスト盤や編集盤が出ている)、テン年代以降デビューのアーティストによるベスト盤は数少ない。そもそも2011~2017年はJ-POPにおいてもヒットアーティストが少なかった時代であったことも影響しているだろう。この当時はフェスブームの真っ只中。チャートアクションというよりはライブやフェスでの動員が重要視されたことで、モノを売ることよりも体感するほうへとビジネスの向きも変わってきた時代だ。


とはいえ機能するベスト盤

ここ最近も若いアーティストのベスト盤も出てはいる。しかし爆発的ヒットの波に乗ったり、来たる新作への勢いづけといったベスト盤はほぼ皆無となり、活動休止や解散、メンバーチェンジに伴うものや周年でリリースされる記念的/総括的なものがほとんどになった。そんな中でもこの配信時代らしいベスト盤への道筋もいくつかあり、意義も意外とあるのではないかと思う。

iriが2021年10月にリリースした『2016-2020』はクライマックス付近に「会いたいわ」が収録されている。2020年にリリースから2年経ってTikTokを中心に広がり、再生回数を伸ばしたこの曲を"再びリリースする"というのは見せ方としてかなり正解なように思う。単曲のバイラルヒットに留めず、過去曲とともに再度世に放つというアクションは、ヒットのサイクルも早くなった今に必要な攻勢なのだろう。リリースから短い間隔で2022年2月のアルバムリリースも告知されており、再生回数に繋げるための工夫がなされている。

今はまだCDという媒体にギリギリ愛着を持ってきた世代が演者として活躍している。そういう意味でも、ある程度の支持を集めたアーティストであれば活動を重ねてきた記念碑としてのファンアイテムという側面でベスト盤が強く機能しているのは間違いない。“パッケージで所有すること”を無駄なことと切り捨てるか、愛おしいものとして大切に扱うか。永久にこの議論は続くはずだから、”愛おしい“側が出したいと思い、受け手が買いたいと思える関係性を築いていればベスト盤というのも重要な存在であり続けるだろう。


この先のベスト盤

YOASOBIが2020年に出したアルバム『THE BOOK』『THE BOOK2』はほとんどの収録曲が配信シングルとして出たり、タイアップ曲として既に流れて馴染み深かった楽曲ばかりだ。ヒット曲ばかりが集まっているという面だけ見ればもはやベスト盤と言っても過言ではなく、遂にオリジナルアルバムとベストアルバムの境界さえなくなる時代となった。マカロニえんぴつ、Ado、緑黄色社会。2022年1月リリースのアルバム収録曲にひしめく半数以上のシングル曲、そしてタイアップの多さには驚きである。パッケージで出すこと自体が今の時代、この約束された強さを提示する必要があるのだろう。

1/19にリリースされた宇多田ヒカル『BADモード』は曲順が出た時点では実質ベスト盤と言えるような、多数のシングル曲や既発曲のRemixを交えた内容だった。しかし聴いてみるとどうだろう、そのビートのうねりやストーリー性を意識して練られたであろう曲順や、この数年で親しんできたメロディと刺激的な新曲たちが並び立って迫ってくる塊感はアルバムという形態だからこそ生まれたものだろう。実質ベスト盤、と呼ばれるオリジナルアルバムが今後増えていく中で、これほど高い作品性を持つアルバムが出たことはとても興奮できる事実だ。その構築力こそが今のアーティスト力なのかもしれない。


個人的にはベスト盤で最後に買ったのは2018年の『BEST HIT AKG2』、リテイクを入れれば2020年のスカートの『アナザーストーリー』であるため、こんなことを言う資格はないかもしれないがベスト盤というのは出続けて欲しいものではある。節目や周年でリリースされることで、これまでを振り返るインタビュー記事の絶好の素材となるからだ。オリジナルアルバムをリリースした当時のインタビューでは俯瞰になりきれない部分や活動を重ねてきた段階だからこそ振り返った時の発見などはやはり好きなアーティストを追ううえで知りたい部分である。星野源もOfficial髭男dismもKing Gnuも、あいみょんは全曲弾き語りアレンジとかで、リマスタリングを施し、曲間や曲順も練られた一つの作品としてこれから訪れる2020年代に是非とも聴いてみたいと思う。そしてその時にしか振り返れない2010年代を知りたいのだ。



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