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【短編小説】夫が嫌いな妻のための完全犯罪講座(後編)

【前書き】

前編にも記載しましたが、じぶんで生み出したキャラ「夜叉ヶ池さん」に引っぱられて、ヒンシュクものの小説を書いてしまいました。内容がご不快だったら申し訳ありません。フィクションとして、単純にお楽しみいただければ幸いです。みなさま、健康にはくれぐれもご注意ください。


【本文】

私が提唱する完全犯罪は、名付けて「健康破壊殺人」です。夫の健康を一日一日むしばんで、病気にさせて、一日でも早くこの世を去ってもらうのです。

その方法のメインとなるのが、食事。次が睡眠。そして最後がストレスです。なーんだ、そんなことなの、と思うでしょ。がっかりしたかしら? 
でもね、時間をかければ、ホントにこの3つで殺せるんですよ。そして、やることはとても簡単です。難しいことは考えなくていいの。犯罪をルーティーンにするのよ。毎日の暮らしそのものを凶器にするんです。
さっきも申し上げましたけれど、完全犯罪を成就させるのに必要不可欠なのは、時間なんです。毎日、少しずつ、少しずつ、少しずつ殺していくんです。死に向けて誘導していくんです。

それでは、私が実行した「健康破壊殺人」を具体的にご説明しましょう。これ、実はね、テレビで健康番組を見ていたとき、ふっと思いついたことなのよ。健康番組の逆をやればいいんじゃないかって。
健康番組って、まずカラダによくないことを取り上げてから、それはこうすれば解決できる、っていう論法でしょ。だからね、その逆をいくわけ。カラダに悪いもの、カラダに悪いことで、毎日、ひたすら夫を攻撃し続けるわけよ。

まず食事から。
インターネットで検索すれば、「カラダに悪い食べ物ベストテン」とかって、山のように出てきます。一例を挙げれば、マーガリンとかハム・ソーセージとか冷凍食品とか菓子パンとか揚げ物とか、それからコンビニ弁当とか加工食品とか、とにかく、いろいろいろいろあります。
暗記する必要はありませんよ。検索すればいいだけだから。カラダに悪ければ何でもいいのよ。

ただ、できるだけ早く、しかもあっけなく死んでもらうことを考えたら、闘病生活が長くなる癌とか糖尿病よりも、心筋梗塞とか心臓発作を目指した戦略のほうがいいわよね。脳梗塞・脳出血だと、そのまま逝ってくれればいいけど、面倒になる場合もある。でもまあ、それもいい気味と思えばいいんだけど。そのあたりは、賭けというしかないわね。
まあ、とにかく、心疾患による突然死をめざして、動脈硬化を進行させるような食事にするわけ。最大の武器になるのは、やっぱり悪い油と塩分と糖質よね。

方法はとにかく簡単。悪い油と塩分と糖質をどんどん食べさせればいいだけだから。料理の腕を磨きましょうね。とても健康に悪いけど、とてもおいしいものを、いっぱい食べさせるのよ。
もちろん、お皿は分けなきゃだめよ。自分と子どものお皿には健康にいいものだけ。夫のお皿には健康に悪いものがたっぷり入った料理を盛りつけるの。ちょっと面倒だけどね。慣れればなんでもないわよ。
ダンナさんだけ食事時間が別だったら、すごくやりやすいわね。

油はもちろん、マーガリンなんかのトランス脂肪酸。悪玉コレステロールを増やしてくれるし、心臓病のリスクも高めてくれる。朝のパンにはバターといっしょにマーガリンも塗りましょう。
塩分は、あんまり塩辛いと食べにくいから、塩をたっぷり入れたら、お酢も入れるの。すると塩辛さをごまかせます。
糖質はケーキとかクッキーとかポテトチップスを常備しておくといいわね。いつもリビングに置いておけば、つい手が伸びたりするでしょ。
あとね、できるだけ加工食品、インスタント食品をおかずに混ぜるの。ダンナさん一人の食事だったら、もう全部インスタント食品にしたっていいくらいよ。

工夫はいくらでもできます。カレーにはポテトチップスを混ぜるとかね。案外、おいしいわよ。でも、自分で食べちゃだめよ。
ご自分でどんどんアイディアも浮かんでくるんじゃないかしら。

毒物なんて物騒なものは使いませんから、証拠は、まったく、一切、100%残りません。だって、ふつうの食べ物ですから。夫が食べて、すべて消化しちゃうんですから。体重や血圧や血糖値の増加や動脈硬化が、殺人の証拠になりますか?
悪い食べ物で、少しずつ少しずつ、夫の体をむしばんでいくようにしましょう。名付けて「食い倒れ作戦」です。

次に、睡眠不足にさせることも大事です。
あるとき、いい方法を思いつきました。夫は救急で呼び出されることもあるので、携帯電話のスイッチを切らないで寝ていたんです。いっしょの寝室で寝ていたときは、私も何度も起こされました。
それでね、夜、眠れないときとか、途中でトイレに起きてしまったとき、隣のベッドやトイレから夫にこそっと電話するんです。もちろん、非通知で。
「この頃、真夜中にさ、緊急の呼び出しじゃなくて、しょっちゅう非通知でかかってくるんだよー、まいるよー、いやがらせかなー」なんて言ってました。心の中でアッカンベーしながら、「あなたが悪さした女の子じゃないの」とか答えときましたけど。

朝、先に起きてうるさい音を立てるとか、先に休んだダンナさんを「寝てるとき、ごめんなさい」とか言って起こして、子どものこととか、何でもいいから相談するのもいいわね。
寝不足にさせる方法も、いくらでもありますよ。自分のワザをぜひ編み出してみてください。

いまダブルベッドでお休みの方は、ぜひそのままで。なにかで読んだんだけれど、ダブルベッドで寝ると、一晩で2~3時間、お互いの睡眠をジャマしているそうです。
寝返りを打ったりして、無意識に何度もカラダを動かすでしょ。そのたびに相手の睡眠の邪魔をしているわけ。つまり、7時間寝ても、5時間くらいしか寝ていないことになるんですって。

なんといっても、睡眠不足は健康の敵ですから。完全犯罪の栄養素になるわけですね。もっともっと睡眠不足にしてあげましょう。名付けて「ネムネム作戦」です。

最後に、ストレス。これも大事。
みなさんのダンナさんが暴力的な人でないといいんだけど、なるべく怒らせましょう。血圧があっという間に上昇しますから。
小言を言うのはとても効果的よ。これを私は「チクチク作戦」と名付けました。男の人って、細かいことを指摘されるのが、ほんっとに嫌いみたいね。どうしてなんでしょうね。すごくストレスを感じるらしいの。だからね。ちくちくちくちく、ちくちくちくちく、小言を仰ってください。
小言って、ちょっと気持ちいいのよね。どうしてかしらね。いまの言葉で言えば、マウントをとるってことなのかしらね。

それから、夫婦げんかすると、ものすごく血圧が上がるそうよ。でも、自分も上がっちゃうから、あんまりおすすめはできないわね。

あと、これはカラダへのストレスなんだけど、ヒートショックもいいわね。ご存じの方も多いと思いますけど。温かいところから急に寒いところへいくと、ブルッとするでしょ。その瞬間、急激に血圧が上がるんです。それで心疾患になったり、脳梗塞を起こしたりするんです。
お風呂に窓が付いていたら、ときどき閉め忘れましょう。「ブルブル作戦」よ。交通事故と家庭内のお風呂で死ぬ人の数、どっちが多いと思いますか? 断然、お風呂なんですよ。
同じ理由で、冬のさむーい朝に、ゴミ出しを頼んだりするのもいいわね。

さて。食事と睡眠とストレスの三重攻撃を、毎日、ひたすら続けて5年くらい経つと、ダンナさんはじゅうぶんに不健康なカラダになります。
夫は、6年後に睡眠時無呼吸症候群になりました。昔からイビキはかいてたんだけど、それがイビキの途中で呼吸が止まるようになって。ガガガゴー。沈黙。ガガガゴー。沈黙。って、ベートーヴェンの『運命』みたいに聴こえたわよ。この人の運命も、もうすぐ尽きるのね、って感慨深かったけど。
でも、これでいける!と思ったわね。「あなたのイビキがうるさくて眠れないから」って言って、寝室を別にしました。うるさくて眠れなかったのはホントよ。でも、これで、夫になにかあったとき、誰も気づかなくなったっていうわけ。

それから2年後ね、朝、夜も明けないうちにチャイムが鳴って、玄関ドアをどんどん叩く音で起こされた。
ドアを開けると、看護師が青い顔をして「救急の患者さんを診てもらおうと思って、スマホで先生を呼び出しているんですけど、ぜんぜん出ないんです。こんなこと、一度もなかったんです」って言うのね。
看護師といっしょに夫の部屋のドアを開けたら、夫はベッドの上で、口を開けた苦しそうな顔で、両手は胸をかきむしるようにして、もう呼吸をしていませんでした。
看護師は叫んで、夜勤の医師を呼びに飛び出して行った。すぐに駆けつけてくれたけど、もう遅いわ。心筋梗塞でした。
やっとやっと、完全犯罪が成就したんです。

私、ワンワン泣いた。そりゃあもう、うれしくって。あの笑い声を聞かなくてすむ。あの毛深い手を見なくてすむと思うとね。うれし泣き。これまでしてきたことが報われたってこともうれしかったし。でもみんな、悲しくって泣いてるんだと思ってたでしょうね。

これが私の完全犯罪の方法と顛末です。8年かかりましたけど、その間、毎日がなんと充実していたことでしょう。一日一日が、夫への復讐でした。達成感、あるわよー。

ただね、お葬式のときは、意外だったなー。死んでくれたときはうれしかったのに、お葬式のときは悲しかったんです。あのしんみりした雰囲気がよくないわよね。
そりゃあねえ、たくさんの時をいっしょに過ごしてきた人間ですもの。若くて楽しかった頃のことがしきりに思い出されたりしました。
私たち、どこで間違えたのかしらって、胸が引きちぎられそうにもなりました。

そして、なぜなんでしょうね。突然、なにかの曲がアタマの中で流れ始めて、しばらく離れなくなること、あるでしょ? ない? 
お葬式の間中、お坊さんの読経のときもね、私のアタマの中では繰り返し繰り返し、ビートルズの『イン・マイ・ライフ』が流れてたの。そんなにファンだってわけでもないのに。
あっ、と思った。若い頃、夫が大好きだった曲だったの。私の無意識が、夫へのレクイエムを奏でてたってことよね。不思議ね、人間の脳って。

お葬式の後も、本当にこれでよかったのかって、後悔にさいなまれたことも、実際、何度かありましたよ。私は人殺しなんだっていう、自責の念もね。そりゃそうよね。
でもね、時間が経つにつれて、やっぱりこれでよかったんだと思えるようになった。そして、どんどんどんどん、解放感がふくらんできたんです。
だって、私の人生は私のものよ。私の人生に、あんな夫はいらない。あんな夫がいない人生のほうが、私が求めている人生だったんですから。
そして、そのうち、後悔とか自責の念に苦しめられることもなくなりました。そんな感情は、日常にまぎれて自然に薄れていくものなのよね。だって、そんな感情、心地よくないんですもの。
いまは、毎日毎日、楽しいわよ。

でもね、最近、私、思うのよ。実はこの方法はね、私のオリジナルじゃないんじゃないかって。毎年、心筋梗塞とか脳卒中とか糖尿病で死ぬ男の人たち、いっぱいいるでしょ? その何パーセントかはね、きっと、奥さんのシワザよ。意識的にか無意識にかわからないけど、夫が嫌いで、私が実践したことと同じことをしてきたんじゃないかな。ほんとうは奥さんの殺人よ。りっぱなね。

だけど、誰も捕まってないでしょ。当たり前よね、法に触れることはなにひとつしてないんだもの。証拠の品なんて、なにひとつないんだもの。高カロリーのご飯つくってただけで捕まるんだったら、フォアグラ出してるフレンチのシェフなんて、みーんな監獄行きよね。

それに、全員、れっきとした病死ですからね。取り調べられたりしないわよ。刑事がきて、冷蔵庫開けて、このマヨネーズがあやしい、なんて思うわけないわよね。解剖もされないし。もし科捜研だかなんだかが解剖したって、脂肪肝とか動脈硬化しか出てこないわよ。

でもね、あらっ、さっきも、でもね、でもね、って言ったわね。「でもね」って、なんかの食べ物の名前みたいね。
失礼。
でもね、私、ろくな死に方してもしかたない、いつ死んでもしかたないって、覚悟はしてるのよ。だって、殺人者ですものね。贅沢は言えないわよ。交通事故かなんかの事故に巻き込まれるとか、大地震で生き埋めになるとか、無差別殺人に巻き込まれるとかね。
私は甘んじて受け入れます。そして、笑って死ぬの。

さあ、これで、私が教えられることはだいたい話しました。ねっ、やることは簡単でしょ。誰にでもできるわよね。一日一日、コツコツコツコツが大事。継続は力なり。これこそ、真実。
『百年の孤独』っていう小説を書いたガルシア・マルケスは、人間には3つのライフがあるって言ってるのね。それはね、パブリックライフと、プライベートライフ、そして、シークレットライフなんだって。よくわかるわー。

みなさんもこれから、完全犯罪を成就するためのシークレットライフを生きていくわけよ。人によっては、罪の意識、良心の仮借、後悔。そんな感情の嵐に、耐えられなくなるかもしれません。
だったら、いつやめたっていいんですよ。ストレスで、自分のココロやカラダにダメージを与えるようだったら、すぐにやめてください。自分のほうが大切なんですから。途中で離婚できるようになったら、さっさと離婚すればいいんだしね。

でもね、私は楽しかった。シークレットライフが、一日一日、充実してた。
こんなこというと、世間のヒンシュク買うに決まってるけど、殺人ってね、ホントに面白いのよ。面白くなかったら、こんなに殺人事件が発生するわけないし、ミステリー小説が読まれるはずもないわよね。
人間は誰でも人殺しになれる素質を持っていると思うわ。「すべては許されている」って書いてたのは、ドストエフスキーだったかしらね。

人生は「いま」しかないんですよ。いまよ、いま、いま。
いつやるの? その先は言わないけど。

夫を殺す覚悟と勇気があるのなら、私が経験したようないろいろな感情に耐えられるなら、あるいは、人を殺すことそのものを楽しめるなら、今日こそが、完全犯罪の成就に向けてのスタートの日です。
帰り道にさっそくスーパーに寄って、マーガリンとかハム・ソーセージとか、カラダに悪い食べ物をたっぷり仕入れてくださいな。みなさんにもこれから、充実した日々が待っていることを願っています。
もう、みなさんとは二度とお目にかかることもないでしょう。みなさんのご活躍、というのもヘンね、そうよ、健闘よ、健闘。ご健闘をお祈りしております。さあ、みなさん、きょうから毎日、嫌いな夫を殺し続けましょう! 
ご静聴、ありがとうございました。


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