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【短編小説】夫が嫌いな妻のための完全犯罪講座(前編)

【前書き】

じぶんで生み出したキャラ「夜叉ヶ池さん」に引っぱられて、ヒンシュクものの小説を書いてしまいました。内容がご不快だったら申し訳ありません。フィクションとして、単純にお楽しみいただければ幸いです。みなさま、健康にはくれぐれもご注意ください。


【本文】

みなさん、こんばんは。私、今夜の講師を務めさせていただきます夜叉ヶ池と申します。もちろん本名ではありませんよ。
ご存じかしら、泉鏡花。坂東玉三郎さまの歌舞伎にもなりましたわね。ずいぶん昔に、映画にもなりました。駄作でしたけど、玉三郎さまはステキでした。あらら、歳がばれてしまいますわね。

さて、表向きの講座名は「100年生きるための健康講座」、ほんとうは「夫が嫌いな妻のための完全犯罪講座」によくいらっしゃいました。
今夜もまた満員で、喜んでいいのか悲しんでいいのか、わかりませんわね。

3ヵ月に1回で、1回の定員は20人ずつ。きょうで記念すべき10回目ですが、満員にならなかったことがありません。これまでになんと、200人もの妻たちがここに集まったというわけ。
夫を殺したい妻って、全国に何人いるのかしらね。まあ、自分もそうだったわけだけど。コワいわねー。

でもね、思うのよ、逆もあるのかなって。今頃どこか他の場所でね、「妻が嫌いな夫のための完全犯罪講座」なーんてものが開かれてるんじゃないかしら。コワいわねー。

あっ、私、人殺しですから、顔をご覧に入れるわけにはまいりません。マスクは絶対はずしませんし、こんな、マリー・アントワネットみたいなカツラも着けてまいりました。
『ベルサイユのばら』、お読みになった?  宝塚で観た方もいらっしゃるんじゃないかしら。最後はギロチンで処刑された王妃さま。私もブラック・ジョークが好きよねえ。 
そういえば、「パンがないならケーキを食べればいいのに」って、ほんとはマリー・アントワネットの言葉じゃないらしいわよ。

ともあれ、みなさんもこれから殺人者になろうとしているわけですから、絶対、マスクをはずさないでくださいね。私たちのご縁も、今日、この場かぎりです。

受付で入念にボディチェックをさせていただきました。ご不快だったかもしれませんが、機密保持のためですので、お許しくださいね。
とにかくね、こんな講座があるなんて情報が外に漏れたらたいへんですから。SNSなんかで話題になったら、ジ・エンドですからね。『ジ・エンド』といえば、ドアーズね。名曲よねー。
もちろん、お預かりしたスマホやレコーダーやノート、筆記用具なんかは、退出時に受付でお返しいたしますので、ご安心ください。

私は実際に夫を殺しました。完全犯罪を行った、りっぱな、っていうのもヘンだけど、まあ、れっきとした殺人者です。でも、法律上の犯罪者じゃないんですよ。法に触れるようなことは、一切してませんから。
夫が死んだとき、警察にあやしまれもしなかった。なぜなら、夫はふつうの病死だったからです。そして、実はそのふつうの病死こそが、私が実行した完全犯罪だったのよ。

さて、ここにいらっしゃるみなさんは、全員、夫を亡き者にしたいと思っているという前提でよろしいかしら? いいわよね。
どんなツテか方法かわからないけど、この講座があるという情報にたどりついて、こうやって集まっているわけですから。みなさんマスクをしているからお顔はわかりませんが、目を見ればわかります。

子どものためとかお金のこととか、なにかしら離婚できない事情をおかかえなんでしょう。どうしてこんな男と結婚してしまったのかしらって、毎日毎日、考えて、後悔して。夫を見れば嫌悪感が湧いてくるし、これからの人生に明るさなんてちっとも見えない。
疲労感と倦怠感と、それからどす黒い感情が燃やす怒りの炎が、ちらちらと燃えている目。みなさん、昔の私と同じ目をしています。

ただ、最初に申し上げておきますが、私の方法は、夫をすぐ殺したいという方には向いていません。
ダンナさんの年齢や性格、どれだけ健康に気を付けているかにもよりますけど、まあ5年、10年はかかると覚悟しておいていただきたいわね。
私は8年かかりました。でもね、8年なんて、案外、あっという間よ。

この講座が始まってまだ3年も経っていないので、成功率はどのくらいかというデータはありませんが、少なくとも、この私と、みなさんがご存知の「苦しんでいる女性を救う会」会長の西園寺カッコ仮名さんは成功しました。
これまで受講した人たちのその後を西園寺さんが追跡調査してますから、今後、データが蓄積されていきます。そのなかで、改善点が見つかったり、新しいノウハウもどんどん増えていくと思います。この完全犯罪は進化していくんです。

まあ、私の方法には、なにをもって成功か失敗かと判断するのも、難しいところもあるんですけどね。最大の欠点は、ダンナさんがいつ死ぬかわからないことね。でも、少なくとも、ダンナさんの寿命がかなり短くなることだけは間違いないわよ。

そのかわり、成功した暁には、100%、完璧に完全犯罪が成立していますから、どうかご安心くださいね。
それにね、今日からダンナさんが死ぬ日までの期間、充実した毎日を送れるんじゃないかしら。

完全犯罪なんてめったに成功しないみたいだけど、それがなぜか、考えたことありますか? それはね、時間をかけないからなのよ。急ぎすぎるから失敗するの。
時間、時間、時間。時間こそが、私がお教えする完全犯罪を「完全」にするための味方なんです。だから、なによりも忍耐力が必要なんです。焦ったら負けよ。
昔、野球の野村監督が言ってたわね。結婚生活のコツを聞かれて、「一に辛抱、二に辛抱、三四がなくて五に辛抱」って。
名言よねー。

だから、もし、暴力を受けているといった理由があって、一日でも、一刻でも早く夫を殺したい、という方は、この講座は向いていません。
そんな方のためには、後日、マープル先生の「夫をすぐ殺したい妻のための完全犯罪講座」がありますから、おっとっと、違うわよ、「100年生きるための運動講座」だったわね、そちらを受講なさってください。

名探偵を名前にしちゃうんだから、皮肉よねー、マープル先生も。まあ、それなりのリスクはあるようですけど。成功率は5割くらいらしいです。リスクと成功率を天秤にかけてみると、ちょっと勇気が必要よね。
とにかく、そちらを受講してみてください。いま退出なされば、受付でお預かりしたものと受講料をいっしょにお返しいたします。ダンナさんをすぐ殺したい方、どうぞご自由にご退出ください。

あら? やっぱり。どなたも退出なさらないんですか? よろしいんですか? 私の方法は時間がかかりますよ。それでも聞いてみたいですか?
実はねー、毎回、こうなのよ。いままでに退出した人はいないの。やっぱり聞くだけは聞いてみたいのね。わかりました。では、さっそく、お話ししましょう。

私の方法は、誰にでも簡単にできます。平凡な主婦にすぎなかった私にだってできたんですから。しかも、証拠は一切、ほんとうにまったく、なーんにも残りません。
“完全な完全犯罪”というものがあるとすれば、これからご紹介する方法がまさにそれです。ホームズだってポワロだってマーロウだって金田一だって御手洗だって、どんな名探偵をもってしても証拠を見つけられないんですから。
その完璧さを妨げるものがあるとすれば、それはみなさんの心だけです。良心、とは言いたくないわね。自責の念とか、あるいは弱さかしら。そして忍耐力のなさ。

私がこの方法を最初に他人に話したのは、さっきもお話しした西園寺さんです。8年ほど前、私の夫が死んでだいたい1年後のことでした。
陶芸教室で知り合って、気があって、なんでも話せるようになって、親友と呼べるくらいの仲になった頃、西園寺さんが、「実はね、私、夫のことが憎くてしかたないの。殺してやりたい」と言うんです。

お話を聞いてみると、ホントにひどいダンナさんでした。それで、そのとき、もちろんそれまでは誰にも、ひと言も話していなかったけど、っていうか、話せるわけないわよね。で、西園寺さんに私が実践して成功した方法をひっそり、こっそり教えました。
「それ、いい! 私もやってみる!」ということになって。西園寺さんのダンナさんは、殺人計画をスタートして6年でお亡くなりになりました。お葬式の後で、もちろん祝杯をあげましたよ。

西園寺さんて、お金持ちなうえにすごく行動力のある方で。「この方法は、福音よ。世界の妻たちを救う。すばらしい! もっと世の中に知らしめたい。夫が嫌いな女性のすべてを救いたい」って言い出して。
秘密裏にこういう講座を立ち上げるのってたいへんだったと思うんだけど。会場だって毎回違うし。情報が漏れたらおしまいですもんね。世間に知れたら、「そりゃあもう大騒ぎ」よね。あらら、また歳がばれちゃうわね。

だから私も、西園寺さんがどんなふうにしてみなさんを集めているのか、みなさんがどういうツテや方法でこの講座のことを知って、いまここに集まっているのか、まったく知らないの。「あなたは知らない方がいいのよ」って西園寺さんはおっしゃいました。私はただお話しするだけ。

本題に入る前にお伝えしておきますけど、ダンナさんのタイプによっては、死に至らしめるのが難しい場合があります。
まず、健康にすごく気を使う人。このタイプのダンナさんは、とっても残念ですけど、私の方法ではムリです。それと、ストイックな人、自分に厳しい人、自己管理がしっかりしている人。スポーツ選手なんかもムリですね。
逆に、すでにメタボの人、BMIが高い人、高血圧の人だったら、成功率はグンと、間違いなく上がります。

それと、そこらじゅうにウジャウジャいると思いますけど、だらしない人、いいかげんな人、しょっちゅう二日酔になる人とか、間食が好きな人とか、運動しない人とか、寝不足気味の人、ストレスが多い仕事をしてる人。そんな人たちにも向いてるわね。なかなかゲームやタバコをやめられない人なんかもね。

ちなみに、一番前の席のあなた、あなたはどうしてダンナさんがお嫌いなのかしら? よかったら、教えてくださらない?
ええ、ええ。
あらそう。
まー、やだわねー。
ええ、ええ。
うわっ、ろくでもない男ね。
それは死んでもらったほうがいいわね。

私の夫は、医者でした。おとうさまが院長をやっている100床の総合病院に勤めていました。整形外科医でした。学生時代に合コン、って古いわね、で知り合って、夫が医学部を卒業したら、すぐに結婚しました。
インターンの後、しばらく大学の附属病院に勤務してたんだけど、既定路線でおとうさまの病院に移ったの。
家は病院の隣にありました。子宝にも恵まれました。長生きしてたら、将来は院長よね。他の人から見たら、なに不自由ない暮らしで、幸せな家族に見えたでしょうね。

でもね、夫は、実はろくでなしだったの。人間の裏の顔って、なかなかわからないわよね。夫には私の裏の顔がわからなかったみたいに、私にも夫の裏の顔がわからなかった。
こそこそこそこそ、看護師には手を出すし、患者にまで手を出すし、隠し子までつくるし。男の人って、こそこそが好きよねー。
もう私への愛情なんてゼロでした。それでも子どもがいるから、仮面夫婦を演じていたけど。

15年ほど前になるかしら、家族でテレビのお笑い番組を見てたの。で、明石家さんまさんのジョークに夫が笑ったのね。その笑い声に、虫酸が走った。
夫の笑い声なんてそれまで数え切れないほど聞いてきたのに、突然、とてつもなく嫌な感じがした。気持ち悪い虫が耳の中に入ってくるみたいだった。それから、夫の笑い声を聞く度に、ゾゾゾってして。こんな笑い声、一生聞きたくないって思った。

それとね、夫は毛深かったのね。手の指とか甲とか腕とか、太い毛が密集してた。その頃までは全然気にならなかったんだけど、なんだか急に醜悪そのものに感じられたの。虫のような生きものが生えてるみたいで、目をそむけたくなった。
そうしたらもう、夫の存在全体が気持ち悪くて。夫への嫌悪と憎悪がどんどんどんどんふくらんできて。もう、いなくなってほしい、死んでほしいと思った。その感情を、どうしても抑えられなくなってしまったの。
だったら、って、ちょっと論理が飛躍してるんだけど、だったら殺そうと思ったのね。

医者の不養生っていうでしょ。医者ってね、なぜかわからないけど、自分の健康には気を使わない人が多いのよ。
太ってるお医者さん、結構いるでしょ。私の夫も、学生時代はスリムだったのに、おとうさまの病院に移ってからどんどん太った。やっぱり、イノチと向き合うから、それなりに強いストレスがあるんでしょうね。

あら、失礼。前置きがずいぶん長くなってしまいましたわね。では、「夫が嫌いな妻のための完全犯罪講座」の本題に入ります。録音もメモもできないわけですから、しっかり聞いて、しつかり脳に刻み込んでくださいね。
でも、ホントに簡単な方法だから、忘れようもないんですけどね。さあ、これから、誰でも実践できる、具体的な方法をお教えしましょう。

(後編に続く)


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