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ダブルスチール・ガールミーツボーイ

甲子園球児に女子はなれない。身勝手なルールがある。ビデオ判定でも覆られない、最悪のルール。

「風! 風あるぞ、外野!!」

球場に吹く風は、時として残酷だ――。
帽子からなびく髪の毛が邪魔になって、アタシは生まれて初めて短髪にした。顔に髪の毛が張り付いて打球を見失ったのだ。そのエラーからチームは3失点。女子野球の全国大会に進むことができなかった。

野球少女イコール髪が短いイメージを抱かれるのが嫌で貫いていた決意もプレーに支障がきたら仕方がない。

見慣れない自分の顔立ちを鏡の前で眺めていると、何か親近感を覚える。どこかで見たような、会ったような、話したような。
まぁ、そんなことは気にせず、高校になってからも続ける野球の練習に励んでいた。

その日はやってきた。いつものように土手でグラブを磨いているときのことだった。アタシが歩いてきた。

トコトコと猫背で。まるでアタシじゃないみたいに。アタシはあんなバランスの悪い姿勢を取らない。

そう、それはアタシじゃなかった。
短い髪、つぶらな瞳に長いまつ毛、ぶかぶかのユニフォームを着た青柳君だった。
小学校のときの同級生だ。それでセンターを守っていたアタシの補欠だった。
「……清田……令奈?」
「――おっす」
お互いにほんの少し背が伸びて、お互いにほんの少しだけ大人に近づいてきた二人。
高校生に上がる前。どんな奇跡か。

アタシたちは瓜二つの外見になっていた。

「よく覚えてたね。アタシのこと。しかも髪切ったのに」
「――いや。たまに駅前とかで。お前と間違えられるから」
「へぇ。確かに女の子みたいもんね。青柳君、相変わらず」
「うるせぇ。お前こそ。髪切って余計女子には見えない」
「……そう?」
「いや、ごめん。そういうの良くないよな」

アタシたちはしばらくお互いを見つめていた。
土手に朝陽が差してくるまでの間。
やっぱり、そこに立っているのはアタシだ。

「ねぇ、青柳君って今も補欠?」
「あ? 中学はね。――でも、春から高校入るし、そしたら、どうなるか分からんねぇ……けど」
「そっか。――そっか」

アタシたちはともに両親がいなかった。
青柳君はおじいちゃんに育てられて、アタシは施設育ちだ。

「ねぇ」
「ん?」
「アタシたち、入れ替わらない?」
「……は? ……どういう意味」
「青柳君は、清田玲奈になるの」
「……は? ……どういう意味」
「今日からアタシは青柳君。青柳君はアタシ」
「……何を言ってんの」

なぜだか笑えてきた。

だって、だって。アタシに甲子園のグラウンドでプレーをするチャンスが巡ってきたのだから。

なんだってする。

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