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綿帽子 第九話

「どうや?」

相変わらず気の利いた言葉は何一つ言わないお袋ではあったが、毎日顔を見には来てくれる。

それだけでも有り難いと思わなければならないのだが、本当に側にいるだけなのでそれもまた複雑な気分になったりする。

昨日の夢の話をした。

それから気になっていた話の内容も確かめてみた。

「お袋、どこの話やった?」

「何?」

「いや、だからなんか言うてたやろ?どこか行って大丈夫やったって話」

「ああ、善光寺さんの話かいな」

「せやったかな、その話教えてほしいんやわ」

「夢の話や」

「夢なんか?」

「せや、夢の話やで」

「それでええ、もう一回話してみて」

「何でや、なんでそんなこと聞きたいん?」

「ええから話してくれよ」

「えーとな、ちょっと待ってや」

お袋はしばらく不思議そうに俺の顔を見つめていたが、何かを確かめるように「うんうん」と頷くとゆっくりとした口調で語りだした。

話の内容を掻い摘むとこうだ。

俺が入院する直前、お袋は家出をした。

かねてから行ってみたかった金沢を経由してから、長野にある善光寺に足が向いた。

善光寺には薄暗い地下室みたいな場所があって、暗闇の中を中腰になって進むのだが、暗さに足元がおぼつかないお袋は何とか前を進む女の子の服の裾を掴んで表に出た。

そして、その夜夢を見た。

駅からホテルに向かって歩いて戻ろうとしていたが迷ってしまい、側にいた人に道を尋ねた。

とても親切な人で「この道を真っ直ぐ行きなさい、こういう物が見えたら次の角を曲がりなさい、しばらくしたら見えてきますよ」と丁寧に教えてくれた。

感激したお袋はしっかりとお礼を伝えてからその人と別れた。

今度は道を間違えないようにと注意して歩いていると、何故だか大きな病院の前に辿り着いた。

目的地と違うので戸惑いはしたが「嗚呼、これで安心だ」と思ったと言う。

そこで目が覚めたらしい。

「お袋、その病院の名前は?」

「◯◯病院」

主治医と同じ名前の病院だ。

遠回りにはなったけど、結局ここに辿り着いたのだから結果が良い方向になるとでも言うのだろうか、それにしても微妙だ。

「あれ、こんな大きな病院ではなかったのはずやのに?先生物凄く出世したんやな、おかしいなと思ったんやわ、夢って不思議やな〜」

そう言うとお袋は俺の腕に目をやった。

「あ、お前私が買ってきたその念珠してくれてるんか、そうか〜」

「そりゃまあ、せっかく買って来てくれたからな」

俺の左手には善光寺の阿弥陀様の念珠が巻かれている。

阿弥陀様と観音様の関係というのは、観音様は阿弥陀様の使者的な存在で、人が亡くなる直前に阿弥陀様と一緒に迎えに来てくれる存在だ。

阿弥陀様の代わりに現世に現れて色々な形で人々を助けてくれる存在でもある。

そのくらいには俺も知っていたりする。

だからちょっと手にはめる時には戸惑いがあった。身につけることで観音様がお迎えにやって来てしまうのではないか?そんな気がしたのだ。

それでも弱った身体には藁にも縋りたいという思いだけが募っていく。

ぼんやりとした意識の中で、お袋が買ってきてくれた身代わりの念珠を探し出して身につけた。

心境的にはもう神様も仏様も絶対的な救世主という存在ではなくなっていて、本当に存在するならここまでの長い間苦しみ続けなければならなかった理由を知りたい、という思いだけが頭の中をぐるぐると巡っていた。

ましてや、今回は更に上を行く苦しみがやって来ている。

俺は宗教家でも何でもないけど、漠然と神様や仏様は存在するのではないかくらいには思っていた。

だから粗末に扱うことはしなかったし、親父が死んでからはより一層気を遣って接していた。

「だけど、何だこれは?やっぱりそれは違うんじゃないのか?」

「本当に存在するならば何故ここまでの苦しみがやって来ている?」

もうそれしかなかった。

「お袋」

「何や」

「俺もし助かったら神様や仏様を信じるのはもうやめるわ、神様や仏様はもう本当にいるとは思えないんだ」

「ああ、お前の好きにしたらいい」

俺は確かにそう答えたのだ。

そしてお袋もこう答えたのだ。

話の流れからすると矛盾してるとは思われるかも知れない

だけど、本当にこう思ったのだ。

阿弥陀様の念珠をしながらこんなことを言っているのだから、罰当たりも甚だしいのだが、不思議なことにこれが良い方向に向かうきっかけとなったのである。


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