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上野さんとの夜(フランス恋物語118)

Les retrouvailles

上野さんと初めて出会ったのは、去年の夏、パリにある彼のアトリエだった。

絵梨花ちゃんに頼まれたイベントに渋々行ったら、主催者である彼に会ったのだ。

第一印象は、「すごいハンサムってわけではないけど、色気があっていかにもモテそうだから、この男には気を付けろ」というものだった。

その後彼とは色々あって、泥酔して一緒に寝たけどキスだけで終わったり、ある事件の後カフェで慰められてキスをしたり・・・と、何度かキスを重ねた仲だ。

その感触は今まで経験してきた中で一番気持ち良くて、強烈な印象として私の脳裏に刻まれている。

そのせいだろうか・・・私は彼のことを思い出す度、「この先はどんな世界が待ち受けているのだろう?」と、イケナイ好奇心が止まらなくなってしまう。

やがて私は日本に帰国し、パリで活動する彼とはもう会わないと思っていたのだが・・・。


翌年の2月14日、日曜日。

上野さんは、絵梨花ちゃんの結婚式にカメラマンとして同行し、明治神宮で私と再会した

そして彼は、披露宴の後、私をお茶に誘ったのだった。

一体、どういう意図で私を呼んだのだろう?

私は今、待ち合わせのカフェで彼を待ち、その謎について考え続けている。

しかし考えれば考えるほど、彼の目的がわからなくなるのだった・・・。

Le rendez-vous

「ごめん。待たせたね。」

1時間後、上野さんはそのカフェに現れた。

「こんなに待つのなら、一旦帰って着替えてくれば良かったな」と私は後悔した。

久しぶりに着る訪問着は気持ちが上がるが、慣れないものはだんだん疲れてきてしまう。

「青山に事務所があって、そこに機材を置いてきたんだ。」

上野さんはそう言いながら、私の向かいの席に座った。

「え、事務所ってパリだけじゃないんですか?」

「そうだよ。俺、元々東京でカメラマンの仕事を始めたから。

パリに進出してからは東京の事務所は弟子たちに任せてるけど、今でもこっちで仕事があれば使うよ。」

そう言うと、彼はパリと東京両方の事務所が載った名刺を渡してきた。

・・・そこで私は、上野さんの下の名前が”亨(とおる)”であることを初めて知った。

なんなんだよ、亨って!!

名前までかっこいいなんて、ズルい・・・。

「今さらですけど、上野さんって、享って名前なんですね。

よく考えたら私、上野さんの下の名前、今初めて知った・・・。」

上野さんはスタッフにホットコーヒーを注文すると、苦笑しながら言った。

「そうだよ。キスまでした仲なのに、ひどいもんだよな。

玲子は俺に興味ないんだろ?

ま、そこが面白いところでもあるんだけど。」

・・・そんなことはない。

私はすごくあなたに興味がある。

本当は上野さんのこと、もっと知りたい。

ただ、あなたそのものを知って、好きになるのが怖いだけなのだ・・・。

Le travail

私が黙っていると、彼は明るく言った。

「とにかく、久しぶりに玲子に会えて嬉しかったよ。

帰国したの10月の終わりだっけ?

今はどんな仕事をしてるの?」

私は、「12月から3月末まで、派遣で不動産屋の営業アシスタントとして働いている。」と話した。

上野さんは興味深そうに言った。

「へぇ~、玲子が不動産屋で働くなんて意外だね。」

「私部屋探し好きなんで、結構楽しいですよ。」

すると彼は、未来の質問をした。

「で、4月からはどうするの?」

・・・それについては、私も悩んでいるところだった。

「もしかしたら、正社員登用の可能性もあるらしいです。

今のところ希望は出してませんが、毎年4月に派遣から正社員になる人がいるみたいで・・・。

私はこの仕事好きだし、正社員として頑張ってみるのもいいかなとも思うんですが、まだ決心がつかなくて・・・。」

「そっか。」

上野さんは、今まで見せたことのない真面目な表情をした。

それがまた、私をドキドキさせる。

「せっかくだから、正社員として頑張ってみたら?

玲子はガッツがあるし、営業でバリバリ働くの、似合うと思うけどな。」

上野さんに認められるのはすごく嬉しいことだ。

ただ、ずっとこの仕事を続けていくとなると、気になることがあった。

この間別れたばかりの類と、これ以上一緒にいたくない。

もしかしたら、4月に別の店舗に異動の可能性もあるが・・・。

「まぁ、まだ1ケ月以上あるし、もうちょっと考えます。」

迷っている理由についてまでは、上野さんに言わなかった。


二人の話は思ったよりも盛り上がり、お腹が空いたのでそのまま食事もすることにした。

ここのカフェは夜のフードメニューも充実していて、私たちは料理だけでなくアルコールも注文した。

帯が苦しい私はいつもほどは食べられず、お酒ばかり飲んでしまっている。

次第に上野さんへの警戒心も薄れ、どんどん饒舌になってゆくのが自分でもわかった・・・。

L'amour

だいぶ打ち解けた頃、上野さんは私の恋愛についても言及した。

「パリでは散々だったけど、東京ではいい男できたの?」

来たよ、その質問・・・。

どうしよう。ここは正直に言うべきか、言わざるべきか。

でも、彼は経験豊富だし、何かいいアドバイスがもらえるかもしれない。

私は、4日前に別れた職場の先輩・類の話をした。

上野さんは辛辣に、類のことをバッサリと斬った。

「玲子の元カレ、すごくモテるのにその若さで結婚するなんてバカだね~。

30歳になったばかりならまだまだ恋愛できるし、もっといい人が現れるかもしれないのに。

事実、結婚した後に玲子に会ってしまったわけだろ?」

確かに・・・。

モテ男代表の上野さんが言うだけあって、説得力がある。

「同じモテ男として、上野さんは結婚願望はないんですか?」

彼は即答した。

「あるわけないだろ。」

その迷いのなさには、清々しささえ感じる。

彼は持論を展開した。

「独身でいれば自由に恋ができる。仕事にも集中できる。

俺は子どもはいらないし、ずっと独りでいたいんだよ。

カメラマンの仕事というのは、時には命がけのことだってある。

先のことなんて考えていられないよ。」

は~、この人はいちいち言うこともカッコいいなぁ。

・・・いかんいかん、これでは彼のペースに呑まれてしまう。

「・・・で、上野さん、話は戻るんですが、どうしたら私は類を忘れられるでしょうか?」

すると、彼は吸い込まれるような瞳で私を見つめた。

「そんなの簡単なことだよ。今夜、俺が忘れさせてあげるから。」

え・・・!?

この人がここぞという時に放出するフェロモンは、とんでもない威力を発揮する。

私はクラクラしながらも、精一杯の抵抗をしてみせた。

「な、何言ってるんですか!?」

その言葉を、彼は唇で塞いだ。

あぁ・・・ダメなやつだ。

5ケ月ぶりの上野さんのキスは、記憶に残っているものよりさらに甘美だった。

その気持ちよさは、私から冷静な判断力をどんどん奪ってゆく。

あ、今・・・堕ちてる・・・。

こうして私は、いとも簡単に彼の魔法にかかってしまったのであった・・・。

À l'hôtel

数時間後、私は上野さんの泊まるホテルにいた。

「もう、二度と会えないかもしれない」

そう思うと、今夜この男に抱かれないと一生後悔すると思った。

一夜限りの相手に身を任せることへの不安は、もちろんある。

それでも・・・私の自制心は、上野さんへの果てない好奇心とほのかな恋心に打ち勝つことができなかった。


彼が取っていた部屋は、東京の夜景が一望できる20階にあり、スタイリッシュなインテリアに囲まれたオシャレな空間だった。

「こんなところに普通に泊まれる彼は、やっぱり仕事のデキるイイ男なんだろうな」

・・・部屋を眺めながら私は思った。

Le kimono

初めにバスルームに入ろうとしたが、ガラス張りだったので私は躊躇した。

昼から着ている訪問着が窮屈で、早くそれを脱ぎたかったのだが・・・。

仕方なく窓から見える夜景を眺めていると、後ろから上野さんに抱きしめられた。

「いいよ、着物姿の玲子・・・。

今からこれを脱がすと思うと、そそられる。」

彼の唇が私のうなじに触れた。

「あ・・・。」

首へと這ってゆくその感触に、思わず溜息が漏れる。

「この着物、すごくいいやつだよね。

今日の玲子に似合ってるし、完全に脱がすの、もったいなくなってきた。」

そう言うと、彼は襟の中に手を入れ、耳にキスをしてきた。

あぁ・・・遂に始まってしまう。

上野さんの愛撫は私から理性を奪い、少しづつ快楽の海に沈めてゆく。

その様子を見た彼は満足そうな表情をし、今度は着物の裾に手を入れた。

「玲子、着物着てるなら、下着は着けちゃダメだよ。」

私を嗜めながら、器用にショーツを下ろしてゆく。

そして耳元で囁いた。

「そうだね・・・。

せっかくだから、着物姿の玲子が乱れる姿を見せてもらおうかな。

その口ぶりは、私をどう扱おうか楽しんでいるかのようだ。

何をされるのかと待っていると、彼の指が私の一番敏感な部分にそうっと触れた。

「あぁ・・・っっ!!」

え、嘘でしょ!?

しばらくすると、私は上野さんの指だけでやすやすと昇天してしまったのである・・・。

La nudité

彼は休む間もなく、私の帯を解き始めた。

一度イカされてしまった私は、完全に彼の意のままになっていた。

彼は着物の脱がせ方を心得ていて、ためらうことなく、私の纏っていたものをするすると脱がしてゆく。

・・・この人、今まで何度も着物の女性を脱がしてきたな。

こんなところでも、私は彼の女性経験の豊富さを実感するのだった。


一糸纏わぬ姿になると、彼に導かれ、全身鏡の前に立たされた。

上野さんは後ろから抱きしめると、鏡の私に目を合わせてつぶやく。

「玲子・・・綺麗だよ。

『玲子の体は絶対いい』って、俺わかってた。」

他の男ならセクハラになりかねない発言も、彼にかかると甘美な響きに変わるから不思議だ。

「上野さん・・・。

私・・・自分の体に自信を持ってもいいの?」

彼はニヤッと笑いながら言った。

「もちろんだよ。

今までたくさんの女の体を見てきたけど、玲子の体はすごくエロくていい。

俺が今から自信を持たせてあげるよ。」

その言葉は、場を盛り上げるための嘘かもしれない。

それでも私は、上野さんにそこまで言ってもらえて嬉しかった。

Le plaisir

ベッドに入った後のことは、正直あまり覚えていない・・・。

彼のあらゆる技巧によって何度もイカされ、このままだと体が持たないと思ったくらいだ。

前に、美月ちゃんが言っていた証言を思い出した。

「上野さんの彼女が言ってたよ。

『気持ち良すぎてハマる』

『あの男は麻薬だよ。』って・・・。」

本当にその通りだ。

でも、後のことはどうだっていい。

今の私は、人生で一番の刹那主義者になった。

私は彼に愛されて、「女に生まれて良かった」と心から思ったのである・・・。

La proposition

すべてが終わると、上野さんの腕の中で考えた。

このなんともいえない充足感に満たされながら、上野という男の”麻薬”が切れてしまうことを、私はもう恐れ始めている。

あぁ、これで最後か・・・。(もしかしたら明日の朝もあるかもしれないけれど)

でも、一生の思い出ができたからいいや。

事実、上野さんに抱かれることで、類への未練は嘘のようになくなっていた。

やっぱり、恋とかセックスって上書きされていくものなのかな・・・。


そんなことを考えていると、さっきまで無言だった上野さんが、虚空(こくう)を見つめながらつぶやいた。

「玲子・・・すごいね・・・。

俺、玲子は絶対素質があると思ってたけど、予想以上に良くて驚いた。」

「え、本当?」

過去にフランス人の元カレ・ニコラにも褒められ日本代表くらいの気持ちでいたが、百戦錬磨の上野さんに認められたことはすごく嬉しかった。

上野さんは私の方に向き直ると、冗談っぽく聞いた。

「玲子、今夜だけじゃなくて、もうちょっと俺とこうしていたいと思う?」

そんなの・・・一緒にいたいに決まってるじゃないか。

「はい、もっと一緒にいたいです。」

すべてを曝け出した後の私は、信じられないくらい素直になっている。

上野さんはこんな提案をした。

「俺、明日から来週末まで仙台の実家に帰省するつもりだったんだ。

でも・・・もうちょっと玲子といたくなった。

宿泊費は払うから、今週の金曜まで玲子のうちに泊めてくれない?

玲子が仕事中は、外に出て写真撮りに行ってるから。」

・・・え、本当?

ということは、あと5日間上野さんと一緒にいられるってこと!?

そんなの、嬉しすぎる。

「いいですよ。その代わり、私もお願いを言っていいですか?」

「何?お願いしたいことって。」

上野さんは優しく聞いた。

「水曜と金曜、私休みなんです。

この2日間、私とデートしてください。

金曜日は、上野さんを東京駅まで見送ります。」

上野さんは、笑顔で私を抱きしめた。

「なんだよ、『デートがしたい』だなんて、可愛いこと言う奴だな。

もちろんいいに決まってるじゃないか。」

彼がすんなりOKしたことは意外で驚いた。

「でもね・・・これだけは頭に入れておいて。」

上野さんは、真面目な顔になって言った。

「俺は金曜夜には仙台に帰る。

数日後には東京の事務所に寄って、パリに戻るつもりだ。

わかってると思うけど、俺は遠距離恋愛をする気はない。

俺が玲子のために東京に行くこともなければ、玲子が俺を追ってパリに来るのもごめんだからね。

5日間一緒にいる間は、できるだけの愛情を玲子に注ぐよ。

でも、その後のことは責任持てない。

それでも大丈夫?」

・・・”人生で一番の刹那主義者”になっている私は、たった5日間の幸福でも逃したくなかった。

それくらい、私にとって上野さんは離れがたい魅力を持っている。

「それでもいいです。

少しでも一緒にいられるのなら、その時間を大切にしたい。」

上野さんはニコッと笑った。

「じゃ、契約成立だね。」

そう言うと、ご褒美に甘いキスをくれた・・・。


こうして、私は上野さんと”5日間限定の恋人”という契約をした。

その5日間は予想以上に甘美で、この上なく残酷なものとなるのだった・・・。


ーフランス恋物語119に続くー

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