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同胞との攻防(フランス恋物語㊾)

経緯

7月上旬のある日。

私は、先日エシャンジュの会で知り合った、”日本人カメラマン・ウエノさん・35歳”と、パリ・オペラ地区のカラオケに行く約束をしていた。

ウエノさんは、一目で「あ~この人絶対モテるだろうなぁ」と思わせるくらいの、色気ムンムンな浅野忠信似の男だ。

初めて会った日、彼は私のことを”素敵な女性”だなんて、本人を前にぬけぬけと言ってのけた。

今日は、私なんか簡単に落とせると思って来ているに違いない。

でも、私はこの男に落とされない、確固たるものが二つがあった。

1. わざわざフランスまで来てるんだから、日本人男性とは付き合わない・・・という強いこだわり

2. 本気で歌いすぎて、カラオケで男性と二人っきりになっても、怪しい雰囲気にならない自信


なぜ、そこまでして、私は彼をカラオケに誘ったのか?

まずは、単純に、一緒にカラオケに行ってくれる友達が他にいなかったこと。

そして・・・セクシーな声の持ち主の、ウエノさんの歌を聴いてみたかったからである

カラオケ

カラオケデート当日。

そのカラオケ店前で、私とウエノさんは13時前に待ち合わせした。

会った瞬間、「相変わらずカッコいいが、ちょっと耐性付いてきたかな」と安心した自分がいた。

さて、今日はどんな歌声を聴かせてくれるのか・・・。


カラオケ店内に入ってみると、90年代の懐かしい雰囲気をそのまま持って来たような、古い内装だった。

久しぶりのカラオケが嬉しかった私は、そんなことはさほど気にならない。

とにかく歌う気満々だったので、13時~19時みっちり6時間予約した。

部屋に入る時は、まずウエノさんを先に入れ、その後自分が入って向かい側の席を確保する。

そして、開口一番に私は聞いた。

「ウエノさん、歌うのが得意なアーティストっていますか?」

ウエノさんは思い出したように言った。

「そうだな~、イエモンかな。昔よく歌ってたなぁ。」

THE YELLOW MONKEY・・・私が大好きなバンドではないか!!

「イエモンいいですね~。じゃあ、どんどん入れちゃいますね。」

そう言うと、自分の番と交互にウエノさんの曲もどんどん予約してゆく。

次々と曲が開始されれば人は歌に集中し、口説く暇なんてなくなってしまう。


歌が始まってみると、ウエノさんはとても上手くて、ずっと聴いていたいくらいだった。

心なしか、ボーカルの吉井さんに声が似てるような気さえしてくる。

しかも、他の歌手もリクエストすれば、どれも難なく歌いこなしている。

あぁ、なんでイイ男って、歌まで上手いんだろう・・・。


ウエノさんが「喉が疲れた」と言うと、後半の3時間は私が歌い続けた。

本当はつまらないだろうに、彼はずっと私の歌を楽しそうに聴いてくれた。

ウエノさんはいい人だなぁ。

まぁ、彼はこの後の目的を思えば、私のカラオケを聴き続けることなんて、どうってことないんだろうけど。

そうだ・・・今はまだ前半戦に過ぎない。

この後も、油断はならないのだ。

・・・こうして当初の目論見通り、二人のカラオケは健全に終了したのである。

ちょっとした攻防

しかしこの後、「どこでディナーを食べるか?」という段になり、モテ男・ウエノ氏は反撃に出た。

「俺んちでご飯作ってあげるよ。

外で下手なレストラン行くぐらいなら、俺が作った方が絶対美味しいよ。

いいワインもたくさん用意してるし、どの料理に合うかも教えてあげる。」

なんと、彼は料理上手で、ワイン通でもあるらしい。

確かに、この人の手にかかれば料理も美味しそうだし、なんだかワインソムリエ並みの舌も持ってそうだ。

「イイ男による、至れり尽くせりの美味しいディナー」

・・・女性にとっては、なかなか魅力的なシチュエーションなのかもしれない。


でも、私は「絶対この男の手に落ちてなるものか」という揺るぎない信念を持って、今日の場に臨んでいる。

ディナーについても、そんな時のために切り替えしの技を用意していた。

「ゴメンなさい。私、今日はどうしても焼肉が食べたいの。

私の友達はみんなダイエットとかベジタリアンで、誰も一緒に行ってくれないの。

ウエノさん、お願いだから焼肉付き合って!!」

ウエノさんも、苦笑して私の意見に従うしかなかった・・・。

焼肉ディナー

無事、焼肉ディナーにまでこぎ着け「今日はもう大丈夫」と思った私は、ご満悦だった。

本当に焼肉食べたかったけど、なかなか行く機会なかったんだよな・・・。

もうこれでウエノさんは私を脈ナシと判断し、今夜は誘ってくることはないだろう。


好物の梅酒を久しぶりに堪能した私は気が大きくなり、会ってまだ2回目のウエノさんに、失礼なことを聞いてみたりした。

「ウエノさん、そもそもなんでエリカちゃんと知り合いなんですか?

もしかして、元カノとか?」

日本酒を飲んでいたウエノさんは、咳き込んだ。

「ないない・・・。そんなわけないだろ。

あの子はちょっとモデルのバイトしてたでしょ?

カメラマンの仕事に、彼女は被写体として来た。それだけ。」

確かに、エリカちゃんからモデルのバイトの話は聞いたことがある。

しかし私は、あえて下世話な言い方をした。

「え~、でもあんな超絶美女だったら、ほっとかないんじゃない?

ウエノさんみたいなモテ男だったら、落とすの簡単でしょ?」

彼は呆れたように反論した。

「確かにエリカは美人だ。

でも、俺は仕事関係の女性には手を出さない。

まぁ、モデルレベルの女とは、たくさん付き合ってきたけどね。」

「出た~、モテ男発言!!!!!」

私はかなり悪態をついていた。

なぜか私は、この人を前にすると、意地悪な発言ばかりしてしまう。

・・・そんなにウエノさんが嫌いなのか!?

私はヤケになって、ウエノさんの日本酒を飲みだした。

「ほら、レイコ、飲みすぎだよ。」

あ、そういえば、いつの間にか私も、呼び捨てにされている・・・。

付き合ってもいない日本人の男性に、”レイコ”なんて呼ばれるのは久しぶりだ。

でも不思議と、全然イヤな気はしない。

薄れゆく意識の中で、なんで自分がこんなにウエノさんに食ってかかるのか、なんとなくわかった気がする。

そっか、私は、ウエノさんを好きになるのが怖かったんだ。

・・・ここで、私の意識は途絶えた。

夢うつつ

その夜、私はとてつもなくエロい夢を見ていた。

あんなに拒んでいたはずのウエノさんと、なぜか激しく交わっている・・・。

一度許してしまうと際限がない私は、ウエノさんの色気と予想以上の超絶技巧にすっかり溺れてしまっていた。

あれ・・・?

なんで私、ウエノさんとこんなことになってるんだろう・・・?

でも・・・こんなに気持ちいいのなら、まぁいっか。

夢の中の私は、あっさりと”敗北宣言”をしていた。

しかも、行為の後、ウエノさんの上手すぎるキスが私を待っていた。

ウエノさん、すごいな・・・。

これは、私が今まで人生で体験してきた中で、もしかしたら一番かもしれない。

・・・そんなことを考えているうちに、ふと目が覚めた。

覚醒

寝ぼけている私は、一緒に寝ている男と相変わらず濃厚なキスを続けている。

あれ・・・なんか感触がリアルだぞ!?

眠い目をこじ開けると、そこにはウエノさんの顔があった。

・・・夢じゃない!!!!!!!!!!

驚いた私は、ウエノさんを思いっきりベッドから突き落としていた。

「いってぇ・・・。」

床に転げ落ちたウエノさんが、痛みで目を覚ます。

私は、今自分の身に起こっていることが全く理解できていなかった。

これは一体どういうこと!?

私はウエノさんと・・・

したの?

しなかったの?


状況が把握できていない私に、ウエノさんは丁寧に説明をしてくれた。

「大丈夫、何もしてないから。

レイコ、ちゃんと服着てるだろ?

泥酔した女の子を襲うのは、俺の趣味じゃない。

俺はただ、一緒のベッドで寝ただけ。

言っとくけど、寝ぼけてキスしてきたのは、レイコの方だからね。」

私は、開いた口が塞がらなかった。

「そ、それは失礼いたしました。

・・・私、焼肉屋までで記憶がないんだけど、その後どうなったの?」


ウエノさんは立ち上がり、キッチンでグラスに水を注ぐと、「はい」とくれた。

床に座り込んだままの私は、それを一気に飲み干す。

新鮮な水が喉を潤し、意識もだんだんクリアになってゆくのを感じる。

ウエノさんはカウンターでコーヒーを作りながら、説明を続けた。

「君が焼肉屋で酔っぱらって寝ちゃって、仕方ないからタクシーで連れて帰ったんだよ。

『私、お酒強いから』って、豪語してなかったっけ?」

あぁ・・・そういえば、梅酒3杯飲んだまでは余裕だったけど、ウエノさんの日本酒を飲んでからがヤバかった。

私、日本酒ダメだな・・・。

昨夜の状況を聞いて、だいぶ冷静になってきた。

恥ずかしすぎて、そのまま消えてしまいたい・・・。

劣勢

ウエノさんはコーヒーを飲みながら、そんな私を面白そうに眺めている。

しばらくこの状況を楽しんだ後、ウエノさんはニヤリと笑った。

その表情がエロすぎて、ドキッとする。

私の動揺に気付くと、ウエノさんはコーヒーカップをテーブルに置き、こちらに近付いて来た。

私の前でしゃがみ込むと、右手で私の頬をそうっと包みこむ。

・・・ヤバイ、この人、朝から色気がダダ漏れなんですけど。

ウエノさんは顔を寄せ、試すような目で私に言う。

「ところで、さっきのレイコのキス、なかなか良かったよ。

今からその続きしよっか?」


その首元から醸し出される、何とも言えないフェロモンに、す、吸い寄せられ・・・る・・・。

思考が停止しかけた私は、そのまま流されそうになった。

「でも・・・ここで許すと負けだ。」

我に返った私は、ウエノさんを突き飛ばし、荷物を持って部屋を出た。

勝敗の行方

帰り道、足早に歩きながら私は考えた。

私は、ウエノさんと、最後の一線を越えなかった。

でも・・・ウエノさんは、私を抱ける状況にいながら、敢えて手を出してこなかった。

この勝負、結局どちらの勝ちなのか!?

そもそも・・・勝ち負けを考えること自体がおかしいのか。


一つ解ったことは、ウエノさんはやはり”イイ男”で、なおかつ”要注意人物”だということだ。

あんな男・・・私が太刀打ちできる相手ではない。

ハマッたら最後だから、もう関わるのはよそう。

昨夜からの経験は、いい社会勉強になった。


翌日、ウエノさんから能天気なメールが届いた。

体調どう?
またカラオケや食事行きましょう。

私は、「もうこの人と関わるのは危ない」と思い、返事はしなかった。

ウエノさんからそれ以上、メールが来ることはなかった。

・・・そりゃそうだろう。

あの人の周りには、掃いて捨てるほど女がたくさんいるんだから。

私は改めて、「ウエノさんと深みにはまらなくて、本当に良かった」と、心の底から思った。


・・・こうして、パリでの”恐るべき同胞”との闘いは幕を閉じたのである。


しかし、ここは”愛の国”フランスの首都・パリ。

次はパリジャンとの出会いにより、私は心安まる暇がないのである。


ーフランス恋物語㊿に続くー


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