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エシャンジュの会、再び。(フランス恋物語㊽)

エリカの依頼

「お願いだから、レイコちゃん参加して。」

7月上旬のある日、私は親友・エリカちゃんとバスチーユのビストロでランチをしていた。

私より年下なのにしっかり者なエリカちゃん(※沢尻エリカ似)が、珍しく私にお願いごとをしている。

それは、「知人が主催するエシャンジュの会(※多国籍の人がお互いの言語を教え合う会)に参加してほしい」というものだ。

先月、マチューとの一件でエシャンジュの会に懲りた私は、あまり乗り気ではなかった。

「え~、エシャンジュの会はもういいよ。エリカちゃんが行けばいいじゃん。」

「彼氏が嫉妬するから、私は行けないの。」

そりゃ、こんなに美しかったら、彼氏も気が気ではないだろう。

じゃあさ・・・今食べてるこのランチ奢るよ。ね、いいでしょ?

そこまで言うなら行こうかな。

どうせ暇だし・・・。

「わかったよ。じゃあ参加するよ。」

ランチ代に釣られた私は、渋々ながら行くことにした。

初対面

数日後。

エリカちゃんに貰ったメモを頼りに、マレ地区にあるエシャンジュの会の会場に向かう。

主催者は”ウエノさん”という日本人男性で、35歳のカメラマンと聞いた。

”人を繋ぐ楽しさ”をやりがいに、エシャンジュの会を定期的に行っているとのこと。

会場は、彼の持つアトリエを利用して行われるらしい。

指定された住所のブザーを鳴らすと、ウエノさんらしき男性が現れ、日本語で挨拶された。

「こんにちは。レイコさんですか?ウエノです。」

私は彼を一目見て、思った。

あ、この人・・・すごくモテるタイプの男性だ。

私の中で、非常警戒信号が点滅した。

警戒

ウエノさんのルックスは、いわゆるハンサムの部類には入らない。

しかし、彼の全身から放たれるフェロモンがハンパなく、経験豊富な男性特有の自信と余裕に満ち溢れている。

・・・無精髭を生やしているところとか、ちょっと浅野忠信に似ているかも?

浅野忠信が演じたドキュメンタリー映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」の戦場カメラマンを思い出したりした。

彼はきっと、日本人女性だけでなく、フランス人女性、いや、それどころか全世界の女性たちから愛され、そして泣かせてきたに違いない。

こういう男性を見ると、ちょっと惹かれる自分を感じつつ、それ以上に「絶対に関わってはいけない」という自己防衛能力が発揮されるのだ。

「まぁ、私はフランス人しか付き合わないし。日本人と付き合ったら、フランスに来た意味ないし・・・。」

そのこだわりが、この男にひっかからないストッパーになると、この時の私は高(たか)を括っていた。

アクシデント

この日もフランス語話者希望で申し込むと、相手は父親ぐらいの年齢のフランス人男性に当たった。

彼は片言の日本語で、「私は日本人女性と結婚したいです。」といきなりアピールしてきた。

・・・ここはお見合いパーティーじゃないっての。

これで相手がタイプならいいけれど、太ってハゲていているおじさんは、残念ながら私の恋愛対象には入らない。

こっちは普通に言語の学習をしたいのに、初めから口説きモードの男にだんだんうんざりしてきた。

「ごめんなさい。眠くなってきた。」

肘を付いて退屈そうに言うと、彼は驚きの行動に出た。

なんと、テーブルの上に置かれたコップの水を、私の足にぶっかけてきたのだ。

「ほら、これで目が覚めたでしょう。今から私がマッサージしてあげる。」

私は席を立ちあがり、思わず叫んだ。

「やめて!! 触らないで!!」

辺りは騒然となり、主催者であるウエノさんが血相を変えて飛んできた。

「Sortez!!」
(出ていけ!!)

ウエノさんの一喝に驚いた男は、すごすごと帰って行った。

「控室で、タオルを用意するよ。」

ウエノさんに促され、私は別室に移動することになった。

カモミールティー

私はウエノさんちのリビングらしき部屋で、タオルを借りて足を拭いていた。

濡れたのは脛から下で、この日は”膝丈スカートと、素足にサンダル履き”という格好だったので、幸いなことに物理的被害はなかった。

「大丈夫だった?」

ウエノさんは、優しく私に声をかけてくれる。

「はい。突然のことですごくビックリしたけど・・・。助けに来てくれてありがとうございます。」

ウエノさんは「コーヒーと紅茶とハーブティー・・・。あ、あとココアもあるよ。どれがいい?」と聞き、飲み物の用意を始めた。

こういう細やかな心遣いが出来るのもモテ男の要素だよなぁ、と思いながら、私は”ハーブティー”と答えた。

ウエノさんは「カモミールは気持ちを落ち着かせてくれるから。」と言いながら、ポットにお湯を注ぐ。

そして、ちょっと嫌味っぽく言った。

「まったく・・・。エシャンジュの会を”男女の出会いの場”と勘違いして来る奴が多くて困るよ。」

・・・今日はともかく、過去にその動機で行ったことのある私は、ドキッとした。

「ま、いいんだけどね。それで人が来てくれれば、お金になるし。」

その発言に驚いた私は、思わず聞いてしまった。

「え、ウエノさんって『人を繋ぐのがやりがい”でこの会をやってる』ってエリカちゃんに聞いたけど、違うんですか?」

ウエノさんは、悪びれずに本音を言った。

「そんなの建前に決まってるじゃん。小遣い稼ぎだよ。」

そして、私の前に出来上がったカモミールティーを置きながら、こうも付け加えた。

「あとは・・・君みたいな素敵な女性と出会えるかもしれないからかな。」

出た、やっぱりこの男は要注意人物だ。

一瞬でもウエノさんに心を許しそうになった自分を戒めた。

しかし、これら一連の会話で、”彼がセクシーな声の持ち主であること”にも、私は気付いてしまったのである。

閃き

この後、私はすぐに帰宅した。

色男・ウエノ氏に、”君みたいな素敵な女性”とまで言われたが、それ以上誘われたり、連絡先を聞かれることもなく、私は無事帰ってきた。

正直、少し残念な気持ちがあったのも否めないが・・・。


その頃、私はパリにカラオケがあるという情報を聞きつけ、すごく行きたくて仕方がなかった。

元・合唱部という経歴を持ち、日本にいた時「一人でフリータイム8時間歌い切る」という記録を持つぐらい、私は大のカラオケ好きだ。

パリの友人たちを何度かカラオケに誘ったが、みんなカラオケ嫌いで、誰も一緒に行ってくれる人がいなかった。

さすがに、パリのカラオケでヒトカラをするのはハードルが高い。


・・・そんなことを考えている時に、見知らぬアドレスからメールが届いていることに気付いた。

レイコさん。
ウエノです。今日はお疲れ様でした。
またお話ししたいので、食事にでも行きませんか?

そっか・・・受付時のアンケ―トで、メールアドレスを書いてたんだ。


思いがけないウエノ氏からのメールに、私の中で一つの考えが浮かんだ。

「そうだ、彼をカラオケに誘ってみるのはどうだろう?」

私は日本にいた時、数人の男性のカラオケ友達がいた。

カラオケは密室空間だが、私があまりにも本気で歌うので、「男性と二人きりでカラオケに行っても、男女の怪しいムードにはならない」という自信があった。

あとは・・・「単純にウエノさんの歌声を聴いてみたい」というのもあった。

あの人、絶対に歌が上手そう。

声フェチな私は、その衝動を抑えることが出来なかったのだ。


ちょっと悩んだ末、思い切って返事を送信した。

レイコです。メールありがとうございます。
良かったらオペラ地区にあるカラオケに行きませんか?
ずっと前から行きたかったのですが、一緒に行ってくれる友達が誰もいなくて・・・。

すると、すぐに返事が返ってきた。

いいですよ。カラオケ行きましょう。
俺で良ければ付き合いますよ。
レイコさんの歌声、楽しみにしてますね。

こうして、私たちのカラオケデートが決定した。


私は最大限の注意を払い、このモテ男からの罠をかいくぐる自信があった。

しかし、とんだことでヘマをやらかし、思いがけず劣勢に立たされるのである・・・。

ーフランス恋物語㊾に続くー


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