出産予定日を前にし、祖父が亡くなった
先日、父方の祖父が亡くなった。
出産予定日まで10日をきり、いよいよだな……と実家に里帰りして過ごしていた中で起きたことだった。
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無事に通夜や葬儀を終えて、今に至る。
認知症の祖母に代わり喪主を務めた父は、悲しむ間もなく、今も諸々の手続き等でバタバタしている。
(あぁ、人が亡くなるってこんなに急で身近なことなのだな)
と当たり前のことをぼんやり思った。
つい数日前までは、元気にしていたのに。
だから、連絡を受けたときは正直実感がなかったけれど。
安らかな顔で棺桶の中に横たわる祖父を見て、じわじわと本当に起きたことなのだと感じた。
もう、会えない。
(赤ちゃん、見せたかったな。間に合わなかったな)
(里帰りして近所にいたのだから、あのとき家で仕事なんてしていないで、顔を見せればよかった)
と次々と後悔の念が押し寄せた。
最近の祖父の様子は両親から聞いて元気そうだったから、「出産後に会える、赤ちゃんも見せられる」と当たり前に思っていた。
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祖父は治らない病気を発症し、数年。
もう時間の問題とは本人もわたしたち家族も知っていた。だから覚悟はできていたとはいえ、やっぱり実際に目の当たりにすると悲しい。
訃報の連絡の直後、普段しっかりしている父は珍しく慌てていて忘れ物をしていたし、母は料理で珍しく包丁で指を2箇所も切っていた。
それを見て「落ち着いて」と冷静に言ったわたしも、頭がボーっとしていて、ここ数日はぼんやりだった。
また、息子(4歳)も、通夜で棺桶に横たわる祖父の姿を見て、
「おおじぃじ、どうしたの?」
「しんじゃったの?もうあえないの?」
「ママ、パパもしんじゃうの?」
「ママ、まだしなないでね」
と、ここ毎日、不安げにわたしに聞いてくる。
その度に、わたしは彼に丁寧に説明した。
幼い彼も、初めて身近な「死」について触れて、彼なりにショックを受けているようだった。
みな平等に、誰でも起こりうる「死」は、やはり人を動揺させるのだと痛感した。
命は、貴重で尊い。
大切な気持ち忘れないように、こうして気持ちをアウトプットしようと思った。
当然、悲しい気持ちもあるけれど。
今は同じくらい、「おじいちゃん、今まで本当ありがとう」という気持ちでいっぱいだ。
少し頑固で、会えばお説教も多くて。幼い頃は正直「口うるさいなぁ」と思っていた。
だけど、物知りで仕事はよくできて頭の回転も早く。ここ数年は耳が遠くなっていたけれど、受け答えはできて、頭はしっかりしていた。
幼い頃、孫であるわたしと妹をいろいろな場所へ遊びに連れて行ってくれた。
真面目で厳格で、律儀で。そして優しい祖父だった。
いつか、祖父と話したとき、
「わしはもう、自分の人生に後悔していない。やることはやったし、満足している」
と満足気に笑顔で言い放っていて本心からなんだと感じ、「かっこいいな」と思った。
わたしも年老いたら、こんなことが言える生き方がしたいな、とも。
厳しかったけれど、わたしが社会人になったときは仕事をするうえで大切なことを惜しみなく教えてくれた。
普段の言動からは見えにくかったけれど。私たちのことは愛して、よく見て先を考えてくれていたのだと思う。
そんなことを、父が遺品を整理したときのエピソードで気付くことになった。
父が、祖父の大切な書類一式をまとめていた引き出しを整理しようと開けたら。わたしが結婚式に祖父宛に書いた手紙や披露宴のメニュー表、座席表やそれに掲載しているわたしのプロフィール文書などが一緒に保管してあったらしい。
それを聞いて、
「孫のわたしのことも、大切に思ってくれていたのだな……」
とこれまでボーっとして涙が出なかったわたしが、涙目になった。
普段の祖父の言動からはわかりにくかったけど、喜んでいたのかな?と思うと嬉しかった。
同時に、「もっと感謝を伝えられたらよかったな」とも思った。
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両親や、そのまた両親たちが。自分の前に無数のご先祖さまたちが生き抜いてきたからこそ、今、自分が存在している。
それって、奇跡ですごいことなのだ。
その事実を受け止め、無駄にしないように「生かされている」ことに感謝して、毎日を一生懸命に生きようと改めて思った。
これから産まれてくる新しい命をつなぐこと、育てること。
その責任も受け止めて、後悔のないように生きて、子ども達に伝えたいことは伝えていきたいな、と思った。
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おじいちゃん、お疲れさま。
本当に、最後まで大切なことを教えてくれてありがとうございます。
残されたわたしも、おじいちゃんみたいに後悔なく、一生懸命に恥じぬように生き抜きます。
だから、どうか天国で、わたしやこれから産まれてくる赤ちゃんを見守っていてくださいね。
最後までお読みいただき嬉しいです♪ありがとうございます!これからも心を込めて執筆していきます。