推し活とパンとサーカス|無趣味のすすめと会社員
昔に比べて世の中に趣味が増えてきたと思うことがあります。
動画や音声配信のコンテンツは月額や年額で視聴し放題となる、サブスクが主流となりました。
自分の好きなアーティストのコンテンツを視聴するだけでなく、ライブへの参加などを通して応援する「推し活」という言葉もすっかり定着しました。
こういったコンテンツ側の供給が過剰になった状態から、最近は映画を倍速で視聴したり、イントロが短い音楽が好まれたり、趣味の消費者側が時間に対する効果を重視する「タイパ」という言葉が使われたりしているほどです。
趣味の時間を享受することで仕事の疲れを癒し、また翌日から仕事に励めるようになるのは、社会としても良い循環に繋がります。
しかし、いかに趣味と言っても、思考停止状態で消費に熱中してしまうのはおすすめしません。主体性が失われてしまうからです。
パンとサーカスと幼年期の終わり
古代ローマの世相を表現した「パンとサーカス」という言葉があります。
これは当時の権力者たちが市民を政治に無関心の状態にとどめるために、「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」を無償で与えていたことを指します。
食糧を無償で供給することで飢えへの心配がなくなった市民たちは、次に娯楽を求めるようになり、毎日のように剣闘士たちの試合に熱狂するようになります。
食糧により大衆からの支持を集め、娯楽に熱中させることによって市民の国政への関心を失わせることに成功しました。
要は楽しみを与えて思考停止状態にさせて、その間に思い通りに政治を進めるのです。
アーサー・C・クラークのSF小説「幼年期の終り」にも似たような状況が描かれています。
宇宙から到来した人間より知能の高い「オーバーロード」という存在が、人類を平和裡に管理することに成功します。
その時の人類は、あまりに多くの気晴らしや娯楽がありすぎることで、新しいものを創造することを辞めて文化的に死んでしまったも同然の状態になってしまうように描かれています。
この様に社会全体を鳥瞰的に眺めて考えてみると、趣味に熱中することは、実は主体性を欠く行動に繋がっているのかもしれないと思うことがあります。
無趣味のすすめ|趣味では人生が変わらない
村上龍のエッセイに『無趣味のすすめ』という一冊があります。
ここで村上龍は自らを「わたしは趣味を持っていない」と言い、趣味には人生を変えるような力がないことを語っています。
彼にとっては、小説を書くことも映画製作も、全て金銭の契約を伴う「仕事」であり、真の達成感や充足感を与えてくれることは趣味ではなく「仕事」だけだと言っています。
娯楽として消費してしまうような趣味ではなく、仕事として捉えることができ、リスクを取って主体的に取り組めることが大切なようです。
能動的娯楽のすすめ|会社員にできることは
一般的な日本人の会社員が、現代のパンとサーカスに踊らされない方法はあるのでしょうか。
村上龍のような生き方ができればいいですが、そうではない一般的な会社員がこれをどの様に受け止めればいいのか考えてみます。
まずできることとしては、思考停止状態で陥ってしまう趣味に興じることに少しブレーキをかけて、能動的な姿勢で取り組む必要がある趣味に少しずつ切り替えていくことです。
仕事終わりに疲れきった頭で消費するコンテンツは動画の視聴にするけれど、出社前の時間や通勤電車のなかでは読書をするとよいでしょう。読書は活字メディアなので読み手が文脈を理解しながら自分で考える必要が生じます。
長期休暇に旅行に行くのならば、大手旅行会社のツアーに参加するのではなく、移動手段や宿泊先などの全ての計画を自主的に行うことで、自ずと主体的に考えて行動する必要がでてきます。
美味しいものを食べることが好きなのであれば、Uber Eatsに頼んだりお弁当や外食で済ませるだけではなく、食材を選ぶところから考えオリジナリティ溢れる料理を自分で作って食べることで様々な学びを得ることができます。
「趣味」や「娯楽」とひと言で言っても、取り組み方ひとつで性質が大きく変わってきます。
思考停止状態で消費してしまう娯楽ではなく、自ら積極的に楽しみを見出すよう趣味に興じていくことで、それを通して身に付いた主体性は現代の会社員の仕事に求められるものにも繋がっていきます。
過去にドラッカーの『経営者の条件』を取り上げた時に書きましたが、「肉体労働」ではなく「知識労働」が必要な現代においては、労働者は会社に思考停止状態で従うだけはなく、社員ひとりひとりが経営者の様に考えて行動することが必要になってきます。
趣味への取り組み方を少しずつ能動的に切り替えていくことで、仕事と趣味の双方で良い影響を与えながら、主体性のある文化的な生活を送れるようになるかもしれません。
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