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ほんやくコンニャクと英語学習|AI時代の多読のすすめ

近年のテクノロジーの進化は凄まじいもので、デジタルの世界では言語圏を跨いでのコミュニケーションが容易になってきています。

AIに任せれば記事の翻訳から文章生成まで容易にしてくれて、音声認識も利用すれば文字だけではなく会話ベースでも翻訳してくれます。

ドラえもんの秘密道具のひとつ「ほんやくコンニャク」は予想よりも早く出現しそうだな、と思うことが増えました。

この様にテクノロジーの進化によって言語の壁を超えるコミュニケーションが容易になると、今までの様に外国語を学ぶ必要はない、とどうしても考えてしまうかもしれません。

かつて病気療養のために仕事を辞めて時間を持て余したときに、新しく始めた習慣のひとつに語学学習がありました。NHKラジオ講座からスタートしてスペイン語をコツコツと学習していたのです。

始めてみたところ案外楽しみながら続けることができて5年以上継続したことにより、そこそこの上達を果たすことができたのです。

しかし、あれから数年が経過し、自分で翻訳をしなくとも機械が自動で翻訳をしてくれる時代がいよいよ近づいてきています。

それでは、当時に実施していた語学学習は全くもって意味がなかったのでしょうか。そして、これから新しい言語を学ぼうとしている人たちは、外国語を学ぶ意味はなくなるのでしょうか。

スペイン語に限らず、最もポピュラーな言語である英語も同様に、語学の習得には多大な時間と労力を費やすことになります。今後の時代も見据えつつ、現代における外国語を学ぶ意義を考えてみます。


語学力以外に得たものを考える

かつてスペイン語を学んでいた身として、当時に何を得ることができたかを考えてみます。

まず、仕事には全く何の役にも立っていません。日常生活でもほとんど得になることはありませんでした。

しかし、「役に立つ」という枠組みではないところで、多くのことを学んだ実感があります。

スペイン語圏はスペインだけでなく、いわゆる南米ラテンアメリカの国と地域の数を合わせると21か国以上で話されています。

日本の教育を受けていた身としては、海外の文化というのは主に英語圏のものを享受していたため、これらスペイン語圏の文化や歴史について全く知らなかったことに気づくこととなりました。

スペインでは街中のバルで市民がワインと生ハムを嗜みながら会話をし、南米ではテキーラを飲んでサルサを踊る、これ以外にも様々な文化をスペイン語圏の深い歴史が創り上げてきたという事実を知ることとなったのです。

こういった全く知らなかった文化圏の情報を、スペイン語という外国語を通して知ることに繋がったのです。この体験は機械で瞬時に翻訳した情報からは得ることのできない体験だったと思っています。

目標文化を目指して目標言語を学ぶ

外国語を学ぶことに関して「目標文化」と「目標言語」という言葉があります。

「目標言語」というのは、単純に英語を学ぶというような、言語を勉強することを指します。

そして「目標文化」というのは英語圏における文化のことを指し、英語圏の文化へアクセスするために「目標言語」である英語を学ぶ、という考え方です。

この考え方は内田樹先生が「外国語学習について」というタイトルでブログに書いていたことです。

内田先生は、現在の英語教育には目標文化が存在していないと批判的な意見を述べています。

英語という目標言語は存在しているけれども、それが目指している先はグローバル企業の支店長に就職することのような、「社会的格付け」を目標にしていると。要は知的好奇心ではなく、仕事にする、金になるから勉強しているということです。

就職活動のためにTOEICの点数を上げる勉強をするような動機の人が非常に多くいます。その努力は否定しませんが、仕事のための語学に関しては、それこそ機械による翻訳で事が足りるようになってきます。仕事に求められるのは語学を必須のコミュニケーション能力として、その前提でそのほかの専門的な能力が求められることになります。

ましてや英語のネイティブ話者と働くことになるとしたら、こと語学においては敵うはずもないでしょう。

そんな現代だからこそ、目標文化を目指して外国語を勉強することに意義を見出すことができます。内田先生は外国語を学ぶ意義を下記の様に語っています。

外国語を学ぶ目的は、われわれとは違うしかたで世界を分節し、われわれとは違う景色を見ている人たちに想像的に共感することです。われわれとはコスモロジーが違う、価値観、美意識が違う、死生観が違う、何もかも違うような人たちがいて、その人たちから見た世界の風景がそこにある。外国語を学ぶというのは、その世界に接近してゆくことです。

フランス語でしか表現できない哲学的概念とか、ヘブライ語でしか表現できない宗教的概念とか、英語でしか表現できない感情とか、そういうものがあるんです。それを学ぶことを通じて、それと日本語との隔絶やずれをどうやって調整しようか努力することを通じて、人間は「母語の檻」から抜け出すことができる。

外国語を学ぶことの最大の目標はそれでしょう。

外国語学習について内田樹の研究室

語学学習のゴールに目標文化を定め、異文化への知的関心を持ち続けることができれば、どれだけテクノロジーが発展したとしても外国語を学ぶ意義はなくならないと言えます。

では、外国語はどのようにして学ぶべきであるかを考えてみます。

AI時代の外国語学習|読書のすすめ

現代はAIを活用した語学学習アプリやオンラインを含む語学学習スクールが乱立している状態です。

また、実際に旅行や留学を通して現地に行ってしまうことが何よりの近道である、といった考え方も最もだと思います。

しかし、学習ツールやスクールは使い勝手や講師との相性などの問題も出てきます。費用もそれなりにかかってしまいます。

そして実際に現地に行くことは、行ける状況にある人はぜひそうするべきですが、大抵の人は実行するために仕事を辞めるなど、大きなリスクがつきものです。

そこで、最もおすすめできる、日本にいながら手軽にできる外国語学習があります。それでは、読書をすることです。

ロンブ・カトーという通訳者が書いた『わたしの外国語学習法』という本があります。

ロンブ・カトー氏はハンガリー出身の通訳者でほとんど自国を出ることなく、なんと16カ国語を身に付けたという異色の経歴の持ち主です。

本書には彼女が16カ国語を身に付けていく過程が、語学への愛を持った文章で綴られていきます。外国語学習者には非常のおすすめできる一冊になります。

ここでロンブ・カトー氏が語っている外国語学習法に「読書」があるのです。ここで彼女はこのように語っています。

さて、なぜこうも短期間に、こうも多数の言語において成功をおさめることができたのかと問われるたびに、わたしはいつも心の中ですべての知識の源である書物に感謝するのです。ですから、そういう問いに対するわたしの答えの本質的なところは、唯一の呼びかけに要約されるのです。どんどん書物を読もうではありませんか!

わたしの外国語学習法/ロンブ・カトー(ちくま学芸文庫)p.73

もちろん通訳としての仕事を通して生身の語学体験をしていることも彼女の語学力向上に関連していますが、16カ国語を習得するうえでの最も重要な学習法が読書であったというのは驚きです。

読書であればわざわざ相性の良い語学スクールを探し回る必要もなければ、インストールした語学学習アプリから発せられるターゲット広告にストレスを感じることもありません。

今はあらゆる学習方法が編み出されて世間にあふれていますが、語学を学ぶ方法は本当はもっとシンプルだったのかもしれません。

便利な時代が訪れてきている今だからこそ、目標文化にアクセスするべく、読書を通して外国語を学ぶということは、いつまで経っても意味がなくなることはないでしょう。

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