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1本のショート映画が動かす世界-『サイレント・チャイルド』作品解説

第90回アカデミー賞短編実写映画賞受賞、社会に”手話”の重要性を大きく知らしめた映画『サイレント・チャイルド』の魅力に迫っていきます!


〈作品時間〉19:55
〈監督〉Chris Overton
〈あらすじ〉聴覚障害を抱える6歳の少女のリビーは、他人とのコミュニケーション方法ができずいつも殻に閉じこまっていた。そんな中、新しいヘルパーのジョアンによって手話によるコミュニケーションを学び始め、彼女の生活に変化が現れ始める。


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国も動き出す事態に

2018年、ショート映画『サイレント・チャイルド』が、イギリスの議会を大きく動かしました。

教育大臣が初めて、イギリス手話での国家試験の導入を検討し始めたのです。


『サイレント・チャイルド』は、家族の中でたった1人のろう者として生まれてきた少女リビーとそのヘルパーとの交流を通して、聴覚障害の子どもの教育、コミュニケーション、そして親子の関係を描いた物語です。

ただ、その絶望と希望の入り混じったラストは、現実社会での聴覚障害に対する私たちの理解の欠如もあらわにしています。

本編の最後にも出ていましたが、聴覚障害の子供のうち90%が聴覚障害のない親から生まれ、彼らの78%以上が、特別なサポートを受けられないまま普通の学校に通っています。

最近では「インクルーシブ教育」(普通教育の中でさまざまな障害のある子どもを包含して教育する指導形態)という考え方が浸透してきていることもあり、イギリスでも、障害のあるなしにかかわらず個々のニーズに合わせたサポートをすることで、できるだけ普通学校で教育を受けさせようという体制の整備が進んでいるのだそうです。

そんな時代だからこそ、この映画は、どんなサポートが本当に必要とされているのか、を改めて見つめ直す一つの大きなきっかけになったのですね。



ろう者のスター誕生

劇中でリビーを演じたメイジー・スライちゃんは、実生活でも手話を使いながら話すろう者の1人です。

劇中では聴覚障害のない親を持つ少女を演じていましたが、メイジーちゃん自身は、生まれつき耳の聞こえない両親や兄弟に囲まれて育ちました。

そんな彼女は、今回の映画を製作するにあたり、なんと100人以上の聴覚障害の子供の中からオーディションで選ばれたのだそう。

その後はコマーシャルなどに出演したり、聴覚障害者の認知度を高めることに貢献したとして、イギリスのメイ元首相からポイント・オブ・ライト賞を受賞したりするなど、メイジーちゃんにとっても、この映画は大きな変化のきっかけになりました。


なぜ手話が必要?

ところで、映画の中で度々母親が口にしていた「読唇術」とは、相手の口の形を読み取って理解することです。

このようなコミュニケーション法は、発声などと合わせて「口話」と呼ばれており、日本でも20世紀はじめにアメリカから導入されました。

当時はこの口話がろう教育の中心とされ、口話の習得を妨げないために、一時期はろう学校で手話の使用が禁止されていたこともあるのだとか。

ただ、「読唇術」を利用する場合、補聴器などを使ってわずかに聞こえてくる音と、口の形の2つを中心に理解しているケースが多いといいます。

また、実際にろう者が発音を練習する際も、補聴器や人工内耳を活用して聞こえてきた音をもとに発音を習得していくそうです。

そのため、特にリビーのような人工内耳の使えない少女にとって、読唇術だけでコミュニケーションを取ろうとするのはかなり難しいと言えます。

だからこそ、ヘルパーのジョアンはリビーに手話を教えようとしていましたが、母親はそんなジョアンになついていくリビーに耐えられず、自分の気持ちを優先させてしまったのですね…。

ここに、単なる障がいという問題だけではなく、複雑な家族関係、母親の愛情と嫉妬心が垣間見えるような気がします、、。



〈ジョアン〉の思い

映画において、ジョアンはリビーの人生を変えうる希望の象徴であるとも言えます。

それは、薄暗くて寒々しい田舎風景のトーンとは対照的な、真っ赤な衣装をジョアンが着ていることからもわかるかと思います。

ジョアン役を演じ、今作の脚本も務めたレイチェル・シェントンさんは、自身も12歳のころに突然父の耳が聞こえなくなってしまったのだそう。

その経験から、12歳で英国手話通訳者の資格を取りました。

また、その後は聴覚障害者の子供たちをサポートする団体のアンバサダーとして、手話をはじめとした聴覚障害に関わる知識を広める活動に従事してきたといいます。

今作は、そんな彼女がずっと長年温めてきた作品だったこともあり、聴覚障害者が抱える思いや苦悩が、とても真っ直ぐに伝わってきますね。

また、彼女はメイジーちゃんがわかるようにと、アカデミー賞授賞式のスピーチを手話を交えて行ったそうです。

(ちなみにそのスピーチはYouTubeでも見ることができますので、ぜひよかったら見てみてください!)↓



”サイレント”の本当の意味

この映画の題名にもなっている”サイレント”には2つの意味が込められていると考えられます。

一つは、家族とコミュニケーションを取る方法がなく、物静かだったリビーを表す”サイレント”。

そしてもう一つが、聴覚障害が気づかれにくいと言う意味での”サイレント”です。

レイチェルさんは、聴覚障害のことを「silent disability」と呼んでいるといいます。

たしかに、見た目や普通に生活しているだけでは耳の聞こえない状態は想像しづらく、サポートを必要としている時も気づかれづらいですよね。


近年、手話やろう者に対する認識はだんだんと高まるようになってきましたが、この映画をきっかけに、さらなる教育やサポートの充実、そして思いやりの溢れる世界の実現に繋がっていければいいですね☺︎


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