「戦場のピアニスト」と呼ばれた男が最後の演奏に込めたもの
みなさんは「戦場のピアニスト」と呼ばれた、ある1人の青年をご存知ですか?
彼の名前はエイハム・アハメド。
音楽が禁止されていた内戦中のシリアで、人々のためにピアノを演奏し続けた人物です。
そんな彼の物語をもとにしたショート映画『ノクターン・イン・ブラック』は、臨場感あふれる映像と主人公の青年による見事な演奏で、見るものを引き込ませてくれます。
今回は、そんな映画『ノクターン・イン・ブラック』の背景をご紹介。
ラストシーンでの、圧巻の演奏に込められた彼の思いとはなんだったのか。ぜひご覧ください。
※この作品は配信を終了しました
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なぜ音楽が禁じられていた?
映画の舞台となっているのは、過激派組織「イスラム国」らに支配されていた内戦下のシリアです。
通称ISとも呼ばれるその残虐な組織は、シリアの各地に侵入した挙句、イスラム教の法制度「シャーリア法」の極端な解釈に基づいて、音楽や芸術活動の禁止を市民に強要しました。
もともとシャーリア法とは、イスラム教徒にとって、礼拝の仕方や服装、断食、結婚、貧しい人々への寄付など、あらゆる人間生活の規範となるような広義的なもので、音楽の禁止などははっきりと定められていません。
しかし、ISはそれを自分勝手に解釈し人々に押し付けたことによって、主人公のカリムはピアノの演奏を諦めざるを得なくなるのです…。
鳴り響く空爆の音
また、このシリアの内戦で忘れてはならないのが、アサド政権、米軍らによる空爆です。
映画の中でも、空爆のズドンという重々しいとどろきが、まるで音楽の一部であるかのように頻繁に聞こえてきました。
内戦勃発の一因にもなったアサド政権は、ロシア軍とともに、民主化を求める反体制派を弾圧するための砲撃や空爆を繰り返してきました。
一方の米軍も、そこへ侵入したISを一掃するため、他国軍と協力しながらシリアへの空爆を日常的に繰り返してきました。
しかし、空爆をすれば、当然カリムたちのような周辺地域の市民も巻き込まれてしまいます。
どちらも「テロとの戦い」を名目に、各々の勝手な正義を振りかざしながら罪なき人々を犠牲にしているのです。
ピアノの音色と、皮肉にもハーモニーを奏でていたその音は、”皮肉”とすら言えないほど戦地の恐ろしさを表していましたね。
戦場のピアニスト
カリムのモデルとなったエイハム・アハメドさんは、音楽家の父を持つ生粋の音楽好き。
5歳の頃からピアノを始め、大学では音楽学を専攻したのち、父親と楽器工房を経営しながら子どもたちに音楽を教えていたのだそうです。
しかし、アサド政権軍による封鎖が始まると、生活費を稼ぐため、路上の屋台でファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)を売ることを余儀なくされます。
しまいには政権軍による爆撃で負傷し、指2本が動かなくなってしまいました。
当時の状況についてエイハムさんは、
「僕は元々、ラフマニノフやショパンを弾いていたピアニストだ。ただでさえ音楽家としてのプライドを脇に置き、生き延びるためだけに屋台の売り子をしていたのに、けがで自分が賭けてきたものが失われてしまった」
と語っています。
劇中のカリムもほとんど冷静さを貫いていましたが、その心の奥には、きっと壮絶な葛藤や苦しみを抱えていたのでしょう。
それでも、自作の曲などで工夫をしながら戦場のシリアでピアノを弾き続け、ネット上でも拡散されたそのエイハムさんの姿は、世界中の人々に希望を与えました。
夢を諦めきれなかった
そんな希望も束の間、2015年、ISの侵入によってエイハムさんのピアノは燃やされてしまいます。
このことが大きな一撃となり、エイハムさんは難民としてシリアからドイツに逃れました。
その後は、ヨーロッパ各地を回りながら演奏を続け、シリアの窮状を訴えかけているそうです。
2018年には日本にも来日し、”原爆を落とされた街がどう復興していったのか知りたい”ということで、広島でもコンサートを行いました。
自分の生まれ育った土地から逃れなければいけなくなってもなお、音楽への愛を持ち続けていたエイハムさん。
その姿は、なんとか少しでも少年にピアノを弾かせてやりたいと思うカリムの姿と重なりますね…。
カリムの演奏、そして希望
ちなみに、カリムが劇中で最初に演奏していた曲は、ショパンのノクターンとベートーヴェンの「月光」第3楽章です。
前者は夜想曲(明け方ごろに、過ぎ去った夜を振り返って空しく思う)とも呼ばれ、静かな音色を奏でていましたが、後者は情熱的な音色で、こちらに何かを強く訴えかけているようでした。
シリアでは内戦転落後、宗教や民族、政治的立場などによる国民の分断が激しくなっているのだそうです。
おそらくカリムは、怒りや悔しさを音楽に昇華させるとともに、
そこに取り残された人々に、「まだ”美しいもの”は残っているのだ」ということを思い出して欲しかったのかもしれません。
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