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映画『ランドグレーブズ』ーこれはアート作品か、暴走か


謎に満ちたバンドに踏み込んでいく記者。閉鎖的な空間で両者の緊張感がダークに描かれた スリラー映画『ランドグレーブズ』。

実は本作に登場する“ランドグレーブズ”は実在するバンドをオマージュしています。

今回はそんなオマージュの元となった、北欧ブラックメタルバンド「メイヘム(Mayhem)」について、本作と比較しながら解説していきます!



◎北欧のブラックメタル「メイヘム」

メイヘム(Courtesy of Ecstatic Peace Library © Jørn "Necrobutcher" Stubberud)

メイヘムは主にノルウェーで活動するブラックメタルバンド。その凶暴性と前衛的な音楽で初期のブラックメタルサウンドを確立しました。1983年に結成されてから、幾度にもわたるメンバーの改変を経て今に続いています。

そもそもブラックメタルとは、緩急の激しいテンポや高音域を意識したギターサウンド、不協和音が多用されることが特徴的で、歌詞には「悪魔信仰」や「黒魔術」への心酔が見られるジャンルです。

『ランドグレーブズ』が特に影響を受けていると考えられるのは1991年から1994年頃までのメイヘムで、当時のメンバーは以下の4人。

・デッド(ボーカル)
・ユーロニモス(ギター)
・ネクロブッチャー(ベース)
  └1991年一時脱退後はヴィーケネスが加入
・ヘルハマー(ドラマ)

◎ 鮮烈なオマージュ

この『ランドグレーブズ』の冒頭から登場する怪しげなジャケット写真。

曲名のOrlok(オルロック)は1922年公開の映画『ノスフェラトゥ』に登場するオルロック伯爵が由来だと考えられます。オルロック伯爵は悪魔によって生み出された吸血鬼で、「死の鳥」として知られているのだとか…

劇中ではバンドメンバーだったパトリックとその弟のエリックが、ジャケット写真の撮影のため、ドラマーのダンを切りつけて死なせてしまった、と明かされていました。

さらにパトリックはこのジャケット写真について「オマージュだ」と言い放ちます。

実はここにいくつものメイヘムに関するオマージュが潜んでいました。

デッド(Vo.)の自殺

デッド


1991年4月、ボーカルのデッドは自身の体を刃物で切りつけた後、ショットガンで頭を撃ち抜いて自殺。

1988年にメイへムに加入した彼は、悪魔崇拝的な作詞だけでなく、ステージ上で頻繁に自分の体を切りつけたり、「死」を思わせる白黒の化粧を施してパフォーマンスを行っていたそう。元メンバーによると衣装を土に埋めて死者の匂いを纏おうとしていたという話もあります。

パフォーマンスの中で体を切りつけていたという点は劇中のダンと重なりますね。

第一発見者・ユーロニモス(Gt.)

ユーロニモス

自殺したデッドを1番最初に発見したのはメンバーのユーロニモス(Gt.)でした。しかし衝撃的なことに、彼は警察に通報する前にデッドの遺体を撮影していたのです。

これを知ったネクロブッチャー(Ba.)は精神苦痛を受けて、メイヘムを脱退。そこに新しくヴィーケネスがベース担当として加入することになります。

メンバー間の殺人事件

メイヘムの名を世間に轟かせることになったのは、彼らの音楽ではなく、メンバー間の殺人事件でした。バンドに加入したヴィーケネスが、1993年、ユーロニモスの体を23回刺して殺害。さらには教会にも放火したとして懲役21年が課されます。

彼らの間には金銭的なトラブルに加えて、音楽の方向性でも衝突することがあったそう。この残忍な事件はブラックメタル全体が危険だと世間に印象付け、彼らはさらに自身の音楽性にのめり込んでいくことになります。

『ドーン・オブ・ザ・ブラック・ハーツ』

そして史上最も物議を醸したアルバム・ジャケットとして有名なのが、『トーン・オブ・ザ・ブラック・ハーツ』(1995)というライブ音源をアルバムにしたもの。

ユーロニモスが撮影したデッドの遺体写真を、ジャケットとして使用したこと、またそれが300枚限定でLP発売されたことで希少性が非常に高く、最も密輸されたブラックメタルアルバムとも言われています。

明らかに常軌を逸していながら、自身の思想や感性のままに突き進んでいく姿に惹かれる人々が多かったという声も…


メイヘムについて参考にさせていただいた記事はこちら↓
彼らの映像もこちらからご覧いただけます!(最終閲覧日:2023/06/10)


◎つま先のジャケット写真


オフィスに復帰した記者・ジェレミーに送られてきたジャケット写真

パトリック、エリック兄弟の小屋から脱出したジェレミーは、つま先を失う怪我を負いながらも「彼らは殺人鬼だ」という記事を書き上げます。しかし、上司は不可解な表情を浮かべ、その発言を一蹴。
そんな時、ランドグレーブズから送られてきた新作のアルバムジャケットには
なんとつま先の写真が…。

本作では、ジェレミーがどうしてつま先を失ったのかについては明かされませんでした。
パトリック、エリック兄弟が、遭難して凍傷になった彼を救助してくれたのか、
もしくは彼の想像通り、つま先はあの兄弟の「オマージュ」に使われたのか…

そもそもパトリックの話は本当だったのでしょうか?どこまでが冗談だったのでしょうか?
ラストシーンに近づくにつれてジェレミーの緊張感や、兄弟たちの不審な態度が不気味な層を作り、私たちにも危うさを与えてきます。

『ランドグレーブズ』を制作したジーン・フランソワ・ルブラン監督によれば、ランドグレーブズ自体は実在するバンドではないとしながらも、メイヘムから大きなインスパイアを受けていることを認めています。

さらには「私は長編のような短編映像を制作したかった。時間の流れの中で多くの『語られないこと』が起こっていて、あえて全て描かないことで完全な世界観を作りたかった」という発言も。

死体や失った爪先を写すのは、ブラックメタルというジャンルにおける一風変わったアートだったのか、
それとも殺人や傷害に悦びを見出してしまった男のとんでもない暴走だったのか。

本作はジェレミーの行動からパトリックの表情まで見れば見るほど彼らの魅力にハマってしまう、そんな危うさをも孕む秀逸な作品です!

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ぜひご覧ください!

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