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【ショートショート】いかなごのくぎ煮

「先輩って、妙なとこで古風っすよね~」

 右手で箸を構えては、だし巻きに狙いを定めた後輩がふわっと呟いた。しかし突然の「古風」。しかも「妙なところ」とくれば、こちらにはその古風の所在がとんと検討もつかない。傾けていたビール缶の角度を戻し、こつんとテーブルに置き、隣の後輩へと顔を向けた。

「何それ?」
「だってほら、これ」

 だし巻きを咀嚼し終えた後輩が指さしたのは、小皿に乗せたいかなごのくぎ煮。それを見て後輩の言いたい事は大体合点がいった。おい妙なところは余計だろうが。
 一発小突きをかましてから箸を持ち、突如スポットライトを浴びたいかなごのくぎ煮に手を伸ばす。箸先がつまんだそれを口に運び咀嚼すれば、昔から変わらない我が家の味が広がった。

「言っとくけど私は作ってないからね」
「あー、じゃあ実家?」
「そ。毎年作ってるの」

 でもその毎年もなくなるかもしれない。そう続けて呟くと、都会生まれ都会育ちの後輩は頭に疑問符を浮かべた顔をする。そして私はこのくぎ煮をもらった時に祖母から聞いた言葉を思い出し、口にする。
 漁獲量が減ってるんだってさ、と。

「うちのおばあちゃんが嘆いてたわ。今年は播磨灘なんて漁の解禁日が終漁日だって」
「超減ってるじゃないっすか」
「だからあんたも味わって食え~!」
「わー!妖怪くぎ煮婆だー!」
「おい誰がくぎ煮婆だ。もう度会のはなし!」
「えー!すいませんって!ノリじゃないっすかー!許して!それ超うまいから食べたい!お願いします!大女神・宮崎かえで様ー!」

 「あとついでにだし巻きも!」なんて調子の良いおかわり要求もしてきた後輩に思わず笑いつつ、くぎ煮を一口。子供の頃は好きじゃなかったものも、大人になれば自然と好きになる事もある。旬のものを食べる良さ・贅沢に気付く事もある。
 いつまで経っても、この我が家の味が食べられればと願うばかりだ。


くぎ煮、おいしいよね。


下記に今まで書いた小説をまとめてますので、お暇な時にでも是非。

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