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小説感想

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#小説感想

「社会に依拠せず、自分が世界とどう対峙するか」を語っているコーマック・マッカーシーの作品が大好きだ。

 黒原敏行がマッカーシーの作家性だけではなく、作品一冊ごとに話をしている。こ、これは贅沢すぎる。

 記事の終盤で黒原敏行がこう語っているように、マッカーシーの作品の特徴は、社会がほぼ機能していない、ゆえに自己がむき出しのまま世界と直で対峙する(せざるえない)ところにある。
 今の時代だと「自己を抑圧するもの」として捉えられることが多いけれど、社会は「脆弱な自己を守る鎧」でもある。
 共同体の内部

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「風よあらしよ」の感想。「悪者になってはならない」は女性にとっては、もはや呪いに近いのではないか。

「風よあらしよ」の感想。「悪者になってはならない」は女性にとっては、もはや呪いに近いのではないか。

 野枝が大杉栄と出会うまでは凄く良かった。
 子供時代、十代の野枝はとても魅力的だ。
 何としても学校に行き勉強がしたい、このまま田舎の片隅で平穏に暮らす一生で終わりたくない、世の中が見たい、自分の力を試したい。
「風やあらしは強ければ強いほど、それに立ち向かえる」
 野心と克己心、上昇志向、自分の可能性を追求したいという情熱と渇望、その反動としての焦燥と鬱屈がこれでもかと伝わってくる。

 自分

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【「マヴァール年代記」キャラ語り】冷酷なマキャベリスト・ヴェンツェルの魅力に、今さら気付く。

 ン十年ぶりに読み直して、「マヴァール年代記」は心理小説だったことに気付いて衝撃を受けた。
 その続き。

 今回読み直して、ストーリーと同じように、ヴェンツェルというキャラも子供のころとはまったく違う風に感じられて驚いた。
 びっくりするくらいヴェンツェルを好きになった。
 子供の時は「アルスラーン戦記」のナルサスに近いタイプに感じられて、どちらかと言うと苦手だった。
 今読むと、少なくともナル

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「マヴァール年代記」が田中芳樹の最高傑作である理由を、今から1万1500文字かけて語ります。

「マヴァール年代記」が田中芳樹の最高傑作である理由を、今から1万1500文字かけて語ります。

◆ン十年ぶりに読んだ「マヴァール年代記」が余りに面白すぎて興奮が治まらない。

 田中芳樹の作品の中でも一、二を争うくらい好きな「マヴァール年代記」をン十年ぶりに読んだ。
 もの凄く面白かった。読んでいるあいだ、興奮して立ったり座ったり部屋の中をうろうろしたりしていた(面白い作品に出会うと挙動不審になる)
 十代の時にこの作品に出会って何十回と読んでいるが、今までこの話の面白さを何もわかっていなか

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アル中探偵が主人公のハードボイルド「八百万の死にざま」は、社会の中で自己規範をいかに守るかを教えてくれた小説だった。

 先日「八百万の死にざま」を久しぶりに読み返した。これも自分が影響を受けたものに確実に入る小説だ。

「八百万の死にざま」は、アルコール中毒に苦しむ探偵マット・スカダーがキムというコールガールから「足を洗いたいから、ヒモ(売春の元締め)と話をつけて欲しい」と依頼されるところから話が始まる。
 スカダーはヒモであるチャンスと話をつけ、キムに「話はついたから君は自由だ。もう心配しなくていい」と伝える。

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「八月の光」に出てくる「無能なクズとはどんな存在か」を表す描写が容赦がなさすぎる&途中まで読み返した感想。

「八月の光」に出てくる「無能なクズとはどんな存在か」を表す描写が容赦がなさすぎる&途中まで読み返した感想。

 久しぶりにフォークナーの「八月の光」を読み返している。
 光文社版を初めて読んだとき、一番初めに新潮社版を読んだ時よりずっと面白いと感じたが、今回読んだらさらに面白い。
「こんなに面白い小説だったんだ」としみじみ感じ入っている(今さら)

「八月の光」には、ブラウン(ルーカス・バーチ)という箸にも棒にも引っかからない小人物が出てくる。
 主人公の一人であるリーナを妊娠させて逃亡し、逃げた先でもう

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作者が作内人物の内心を理解していないことがあるのか?

作者が作内人物の内心を理解していないことがあるのか?

「作者が作内人物を理解していないこと」は自分はあると思っているが、「火山島」7巻でちょうどそういうことがありうるかどうかを考えさせられる例が出てきた。

 主人公・李芳根(イ・バングン)が幼馴染の柳達鉱(ユ・タルヒョン)の裏切りを確信して、船の上で弾劾する。
 二人が話しているところに、船員たちが乱入してきて、柳達鉱をリンチしてマストに吊り下げる。
 李芳根はリンチを止めようにも止められず、吊るさ

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「ヤンという機能」が「銀河英雄伝説」をこれほど長く愛される傑作にしている。

「ヤンという機能」が「銀河英雄伝説」をこれほど長く愛される傑作にしている。

 記事が読んでもらえているのをきっかけに、久しぶりに「銀英伝」のことを思い出した。
 前から自分が「ヤンをどう見ているか」を書きたいと思っていたので、いい機会なので書こうと思う。

*原作10巻まで及び他の田中芳樹の作品のネタバレが含まれます。

◆ヤンは「当事者としての選択とそれに伴う責任」を免除する機能。

 自分はヤンをキャラではなく「機能」として捉えている。
「銀河英雄伝説」の面白さと凄さ

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「重い問題を乗り越えようとする物語」について。

「重い問題を乗り越えようとする物語」について。

 前からちょくちょく書いているが、自分はカクヨムで美里さんというかたの作品が好きで、興味がありそうな話はフォローして読んでいる。
 先日、連載していた「青い夜」が完結した。

 この話は、この話単体としてみると(大変申し訳ないが)そこまで面白く感じなかった。
 ただ美里さんのこれまでの作品を読んできた自分には感動があった。
「話が前に進んだ!」と思ったのだ。

 美里さんの話は同じ元型から派生した

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ある作品を読むことで他の作品の理解が深まると、テンションが上がる。(「葬送のフリーレン」×「ノルウェイの森」)

ある作品を読むことで他の作品の理解が深まると、テンションが上がる。(「葬送のフリーレン」×「ノルウェイの森」)

「葬送のフリーレン」を読んでいて、「ノルウェイの森」の永沢のセリフを思い出した。

「君はよくわかってないようだけれど、人が誰かを理解するのはしかるべき時期が来たからであって、その誰かが相手に理解してほしいと望んだからではない」(「ノルウェイの森」(下)P116)

 このシーンの永沢は終始、邪悪と言っていい残酷さをハツミに向けている。このセリフはその悪意の極めつけと言っていい。

 主人公のワタ

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「『革命』の上に『反』をつけるだけで相手を断罪し、自己の立場を絶対化し得るような意識を軽蔑をこめて批判する」←それな。

 相変わらず「火山島」を読んでいる。
 上記のセリフは、梁俊午(ヤン・ジュノ)が主人公の李芳根(イ・バングン)を評した言葉だ。
 自分は李芳根という人物が余り好きではないが(穏当な表現)、この言葉には共感した。「いいね」を百叩きくらいしたい。

 芳根は済州島の裕福な家の出だが、日本支配の時代に天皇の銅像に小便をひっかけた罪で留学という態で日本に追放される。
 日本でも思想運動をした罪で捕まるが、

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いわゆる「テンプレなろう系」を読んでみたら「火山島」似てい(る部分があっ)た&自分にとって「チーレム」がいかにnot for meか。

いわゆる「テンプレなろう系」を読んでみたら「火山島」似てい(る部分があっ)た&自分にとって「チーレム」がいかにnot for meか。

 なろうで書籍化している作家さんがあげている「否定的な感想にどう対処すべきか」という動画が面白かった。
 結論は「自分たちは作品を書くが一番の仕事。ネガティブな感想を読んでも気持ちをすぐに切り替える。切り替えられないなら読まない」だった。
 これはほんとにそうだなと思った。

 自分は「なろう系」という概念が出てくる前から「チートキャラによる無双」が苦手だった。チート主人公に女の子が意味もなく群が

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カクヨムで「藪の中賞」を募集した結果&忌憚のない意見。

カクヨムで「藪の中賞」を募集した結果&忌憚のない意見。

 カクヨムの自主企画で「藪の中賞」を開催してみた。

【募集要項】
「芥川龍之介の『藪の中』のような小説」を読みたくて探しています。
・「藪の中みたいな小説」とは。
関係者の言うことが食い違うなどして、真相がわからないこと。
「未解決事件」がイメージとして近い。
【条件】
ジャンルはホラーかミステリー(ジャンルが違う作品は削除します)
5万文字以内くらいで(こちらは目安なので長くても参加可とします

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コーマック・マッカーシーの文章を読むと、「物語において必要な情報への感覚」が変わる。

コーマック・マッカーシーの文章を読むと、「物語において必要な情報への感覚」が変わる。

 いま「ノー・カントリー・フォー・オールド・メン」(以下「ノーカントリー」)を読んでいる。
 めたくそ面白い。

 ハードボイルドのような余計なものを切り詰めた端的な文章が好きなので、マッカーシーの文章も好きだ。

「ノーカントリー」はマッカーシーの他の作品と比べても、「そこを削る」という感覚がなかった部分まで削られている。
「ここまで削るのか」と驚いた。

 例えば殺し屋のシガーが、ホテルで対立

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