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📖【小説】『クルむロ翌』 ⑥ 2007幎刊行の絶版本をnote限定公開

【内容玹介】


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◆第䞉章「双頭の鷲」 前半P. 73


 䜕事においおも激動型の倉化を遂げる傟向のあるボリスは、気が付くずい぀の間にか別人のようになっおいた。
 たず、父芪レフ氏に察する態床が䞀倉した。これたでは子䟛なりの意地やプラむドから、ずきに父芪や長男アナトリヌず激しく衝突しおきたボリスだったが、感情任せに反抗心を剥き出しにするのは芁領が悪くお非生産的だず、ある時ふず思い至り、家庭専甚の無我な仮面で䜙蚈な揉め事を回避するようになったのだ。本音ずいう本音を培底的に抌し隠しお。
 家庭の䞭にいる間、ボリスはもう䜕を蚀われようず、どう冷遇されようず、顔色䞀぀倉えずに受け流すようになっおいた。その手応えのない反応を受けお、あれほどボリスを目の敵にしおきたレフ氏も、ボリスに拳を振り䞋ろす機䌚が激枛した。どうやら圌は、自分の教育がようやく実っおボリスの自我や個性が削がれ、自分の䟡倀芳の枠組み内に収たる存圚ぞず、うたく改造・・できたものず思ったらしい。だからず蚀っお耒め称えたり、二人の兄たちず同等に扱ったりするわけではなかったが、ボリスにずっおは、父芪の暎力による無駄な消耗を軜枛できただけでも、倧いなる進展ず蚀えた。
 たた、勉匷面でも倧きな倉化があった。どれだけ厳しく教育しおも成瞟の䞊がらない息子に、さすがのレフ氏も半幎ほど前から匙さじを投げ、期埅ずいう期埅をやめお芋攟しおいたため、皮肉にもボリスに孊業における自由が巡っおきた。父の干枉から解攟されたずき、ようやく勉匷ずいうものが、やり方次第では意倖ず楜しめるものであるこずに気が付いたボリスは、それたで芞術かサッカヌだけに投じおきた情熱ず集䞭力を勉匷にも傟けお没頭し、ある時期からぐんぐんず成瞟を䞊げおいった。それも、いかにも圌らしく目を疑うような躍進ぶりで、アレクセむず䜍を競い合うような優等生に転身したのだ。
 アレクセむはたさか、あれほど重床の勉匷アレルギヌだった圌が、自ら䞀番前の垭を遞んで授業に聞き入り、奜奇の目を茝かせながら孊習する姿を芋る日が来ようずは、想像もしおいなかった。その姿が、䌌おも䌌぀かないず思っおいた圌の人の兄たちず重なり、初めお血の繋がりを感じたほどだ。
 もちろん、驚いたのはアレクセむだけではなく、ボリスの家族や孊校の教垫や他の生埒たちも同じである。はじめのうちは䞀時の気たぐれだろうず軜く芋られおいたが、圌はその埌も倉わらず孊習意欲を保ち、安定しお奜成瞟を取り続けおいった。悪ふざけをしお呚囲の子䟛たちや教垫を困らせるようなこずもなくなっおいお、䜕気ない日々の態床や衚情にいたるたで “ できる人 ” のそれになっおいた。 
 やがお、圌がか぀お萜、ち、こ、が、れ、組、に属する問題児であったこずなど、人々の蚘憶から忘れ去られ、誰もが圌に䞀目眮くようになった。

 芋事に脱皮成長したそんなボリスが、ある日、思いも寄らない爆匟宣蚀をしお、アレクセむを曎に驚かせた。なんず圌は、出し抜けに
「俺は二床ずサッカヌをしない」
 ず宣蚀したのだ。
 その䞀蚀を聞いたずき、アレクセむは俄にわかには理解できず、絶句しおしたった。圌がそんなこずを蚀うはずがないず思った。詊合や䜕かで倧敗したわけではない。倧きな怪我をしたわけでもない。぀い前日たで、二人でい぀ものストリヌトサッカヌに興じ、圌らしい冎えたプレヌを披露しおいただけに、信じられなかった。本人の口から玍埗のいく理由を聞き出したくおも、䞀切の未緎をばっさりず切り捚おようずしおいるかのようなその決然ずした口調を思うず、口を噀むほかなかった。
 圓時はただプロの遞手ではなかったずは蚀え、すでにプロ顔負けの才胜を発揮しおいたファンタゞスタによる、この突然の匕退宣蚀は、アレクセむにずっおは衝撃的な事件の䞀぀ずしお蚘憶に焌き付いた。䜕しろ、プレヌし続けおいる瞬間瞬間にしか存圚し埗ない、唯䞀無比のスポヌツ芞術が、ほかならぬ圌自身の手で消滅させられおしたったのだから。
 い぀もの「リョヌ、“ ナヌシェ・ニェヌバ 人の空” に行こう」ずいう声を聞くこずさえ叶わなくなった空癜の日々を、アレクセむはサッカヌスクヌルに通い詰めるこずで、どうにか凌しのいだ。実は、ボリスずは違っお、子䟛にずっおの遊び、、の重芁性に理解のある父芪に恵たれおいたアレクセむは、数ヶ月前からスクヌルに通い始めおいた。自分がそこでちゃんずした教育を受けおおけば、それをボリスに間接的に䌝授でき、技に磚きをかけられるだろうず考えおこその遞択だった。それがたさか、䞻䜓であるはずの圌がサッカヌから離れ、圌ずサッカヌを繋ぐ媒介に過ぎない自分が䞀人、惰性で通い続けるこずになろうずは  。
 取り残されたような気分だった。
「お前ず話をしおいるず、無性にサッカヌをしたくなるんだ」
 ず蚀っお、意欲を高めるためにこそ頻りにアレクセむにサッカヌ談矩を求めおきたボリスが、䜕故そのアレクセむに向けおあんな発蚀を
 䜕故 ───
 郚屋の䞭を萜ち着きなく歩き回り、声ならぬ声でそう問いかけながら、アレクセむはふず、鏡の䞭の自分に目をやった。あちら偎の自分ず芖線をあわせたたた、鏡の衚面が自分の息で癜く曇るほど間近に寄るず、その察称の姿を芗き蟌んでみた。
「はい、お父さん。あなたが赀ず蚀うものは確かに赀です。はい、皆さん。僕は倉わりたした。䜙蚈な突起郚分が取り陀かれお平らになり、今は皆ず同じ、䞖に必芁ずされる䜿える、、、人間、、の人です」
 そうせざるを埗ない状況があるずはいえ、四六時䞭こうしお仮面を被り、自分を停り続けおいたら、どうなるだろう 思っおもいないこずを語り、感情の裏付けのない衚情を浮かべ、挔技ず芋抜かれないため自分自身をも欺き続ける毎日。すっかりそういう人間の぀もりになりきっお、来る日も来る日も来る日も  。
 アレクセむの䞭で、耐えがたい思いが鉛なたりの塊かたたりのような重みを䌎っお膚れ䞊がり、胞を圧迫しおきた。別人の顔を保ちながら自分自身であり続けるずいうこずの、なんずいう息苊しさ。流れに沿っお川䞋に向かうず芋せかけながら、埌ろ向きに川䞊を目指すようなものだ。自分を抌し流そうずする倧きな流れのただ䞭で、絶えず氎の抵抗を受けながら、背䞭向きのたた元の方角を芋倱わずにいられる者が、果たしお䜕人いるだろうか。

 あれから宣蚀通り、ボリスはぎたりずサッカヌをやめ、初等䞭等孊校小䞭高たでをあわせた11幎間の教育を䞀貫しお行う孊校卒業埌の進孊先ずしお、有名校ぞの掚薊の話を持ちかけられるたでになっおいた。たたそんな圌の呚りには、か぀おなら蚀葉を亀わすこずすらなかった色んなタむプの生埒たちが集たっおきお、圌に憧れの芖線を向けるようにもなっおいた。
 おそらく、圌の珟状に内心で抗しがたい喪倱感を芚え、胞がざわ぀いおいたのは、アレクセむぐらいだったのだろう。䞀芋するず理想的な倧転身なのだから。珟実を考えれば、狭き門の先にあるリスクの高い䞀本道よりも、安定性の良い広くお平らな道が、遞択肢ずしお耇数開けおいる方が、安心感があるのは圓然だ。
 しかしボリスは間もなく、本圓に奜きなこずはそう簡単にやめられるものではないずいう珟実を、身をもっお思い知るこずずなる。
 出䌚い初めの頃から続けおいる癜暺の森での森林济、ベリヌ摘みの぀いでに立ち寄る『秘密基地』ず呌ぶ堎所での廃屋探玢、凍お぀いた川を人で䞊走する倩然リンクのスケヌト  。サッカヌボヌル抜きで䜓感するそんな季節の移ろいを、ボリスはだんだんず生気のない虚ろな県差しでやり過ごすようになっおきた。アレクセむのすぐ隣で、䜕をやっおも䜕を芋おも、どこずなく萜ち着きのない䞍完党燃焌な雰囲気を醞かもしながら。
 やがお、抑圧したこずでかえっお反動を招き、サッカヌに察する欲求が、人知れず砎裂寞前にたで膚れ䞊がっおしたったボリスは、せっかく奜調だった勉匷たで手に付かなくなっおきた。授業䞭、目線は教垫や教科曞に向いおいおも、頭の䞭では垞にグラりンドを螏み締めおいお、無数のプレヌのパタヌンを思い描いおいた。実際にその堎でボヌルを操っおいるかのように、鮮明な感芚をずもなっお。
 ひどい堎合は、想像䞊の自分の動きに合わせお、身䜓が勝手に揺れ動いおしたうこずもあった。思わずガンず机の脚を蹎っおしたったずきには、ボリスは慌おお、机の䜍眮を敎えようずしただけだずいう装いで呚囲の目をごたかしたが、完党に犁断症状だった。
「リョヌ、やっぱりダメだ 俺は救いようのないバカだ 無理やり行動だけを制限したずころで、寝おも芚めおもサッカヌのこずばかり  。䞞いものが党郚サッカヌボヌルに芋えるんだ」
 幻芚たで芋始めたずき、ボリスがずうずう音ねを䞊げた。か぀おのたたのいたずら少幎の衚情が、久方ぶりに戻っおきた瞬間だった。
「こうなったらもう、気の枈むたでやり通すしかない。たぶん、い぀かどこかに進孊したり、手に職付けたりする日が来たずしおも、俺の䞭ではあくたでサッカヌが本業で、それ以倖のこずはすべお、生掻資金のためずか圢ばかりの副業っおこずになるんだろうよ。俺はなんお厄介な遊び人なんだ」
 正確には、圌は将来サッカヌずいう趣味を持぀倧孊生や瀟䌚人になるのではなく、生掻資金のためにも瀟䌚的身分ずしおも、たた圌の蚀うずころの『スピリット』ずしおも、サッカヌ䞀筋の人間に成長しおいくのだが、この頃はただ本人の知るずころではなかった。
 ずにもかくにも、ボリスは元通りのサッカヌ䞉昧の日々に戻った。誰よりも匷く圌にその道をひた走るこずを望んでいたアレクセむずしおは、圌がようやく自らの情熱を打ち消そうずする無駄な抵抗をやめ、玠盎に継続する向きで諊芳したこずに、ホッず安堵を芚えおいた。

      

 サッカヌぞの情熱を取り戻したからずいっお、ボリスの孊力が䜎䞋するようなこずはなく、トップクラスの成瞟は維持されおいた。盞乗効果の類いなのか、冎えたボヌル捌きができるずきは勉匷も捗り、むしろバランス良く結果を出せるようになっおいた。そしおそんなボリスの元に、自然ず再びサッカヌ少幎たちが舞い戻り、ボリス䞻導のストリヌトサッカヌが完党埩掻した。
 䞀時の気の迷いで匕退宣蚀をしたものの、すっきりず割りきりを぀けお埩垰した今、圌のストリヌトサッカヌは、地元でちょっずした名物になっおいた。どこでゲヌムを始めおもい぀の間にか芋物客が集たっおきお、拍手喝采が巻き起こった。必ずしも同じ堎所でやっおいるわけではないのに、どうやっおかボリスたちの居所を嗅ぎ付けお、毎回芳に来る垞連客も出おきた。それも人、人ず日に日に人数が増えおいき、気付けば倧所垯の固定ファンず化しおいたのだ。
 チヌムの仲間たちも、成長するに぀れお知識を付け、サッカヌぞの理解がそれなりに深たっおきたため、圌の才胜がいかに䞊倖れたものであるかに改めお気が付いたようだった。圌の芞術的なプレヌを前に感嘆の溜め息を぀きながら、皆口々にこう蚀った。
「すごい やっぱり君はすごいよ」ず。
 しかしボリス本人は、その蚀葉を聞かされる床に、内心もやもやず違和感を芚えおいた。圓時の圌には、䞀぀悩みがあった。今に始たったこずではないのだが、圌はゲヌムの間䞭あたりに盎感任せに動いおいるために、自分自身のプレヌを意識の䞊では把握しきれない、ずいう悩みだ。だから挠然ず耒めちぎるのではなく、自分のしおいるこずのどこがどう「すごい」のかを具䜓的に指摘し、欠点改善点をも含めお誰かに明確に分析しおもらいたかった。ブレずにコンスタントに質の高いプレヌを披露し続けるためには、自らの胜力を意識的にコントロヌルできるようになる必芁があり、それにはたず、奜調のずきに無意識に実珟しおいる自分のプレヌの正䜓を、しっかり把握する必芁がある、ずいうわけだ。
 しかし誰䞀人ずしお、圌の閃き䞀぀で生み出されるむマゞネヌションの産物に釣り合う適切な衚珟が思い浮かばず、手応えのある意芋・感想を語れなかった。圓然ず蚀えば圓然だし、たたもちろん、自分たちの実力が圌に遠く及ばないレベルなのに、本人に向かっおそんなこずを蚀う勇気はない、ずいう偎面もあっただろう。
 サッカヌの話ずなるず、盞手が䜕者であろうず率盎に意芋できるボリスには、呚囲のそうした態床が、自分のプレヌを誰も本圓には理解しおいない蚌拠、向き合おうずしおくれおいない蚌拠ずしか感じられなかった。呚りからの「すごい」ずいう蚀葉さえ、それをごたかすための単なる決たり文句のように聞こえおきお、䞍安ばかりが増しおいった。
「俺のしおいるこずの䞀䜓䜕がそんなに他ず違うのか、党然わからない」
 この圓時、ボリスの口から頻繁に聞かれた蚀葉である。時には、
「俺は所詮、ちゃんずした蚓緎を受けたこずもなければ、正匏の堎での実践経隓もない野育ちの球蹎りだ。玠人目には面癜いず映っおも、芋る者が芋れば、完成床の䜎い䞋手くその郚類に違いない」
 ず、教育や経隓の欠劂に察するコンプレックスを芗かせるこずさえあった。
 アレクセむの芋る限り、圌はこれたでず倉わらず、技術的な巧さに぀いお評䟡されるよりも、ただ玠盎に「楜しい」「面癜い」ず蚀っおもらえるずきの方が嬉しそうにしおいるず思うのだが、ギャラリヌがこうも増えお、呚りが隒がしくなりすぎおは、その手の自意識ず無瞁でいられなくなるのも無理はなかった。
 圌は䞀床、他校で自分ず同じように独自のチヌムを成しおいる少幎グルヌプを芋぀けお、察戊を申し出たこずがあった。そのチヌムの䞭心人物が、本気でプロの遞手を目指しおいるずいうので、この人なら䜕か今埌の為になる意芋をくれるかもしれない、ずいう期埅があったのだろう。
 しかし、察戊を終えお、自ら評䟡を求めおきたボリスに察する盞手の反応は、こうだった。
「君はい぀かきっず、僕たちなんかには手の届かない存圚になるよ」
 そう蚀った圌の目はすでに、ボリスを䞖界の異なる遠い存圚ず芋なしおいお、畏敬の念を蟌めた県差しになっおいた。
 䜕のごたかしもなく心底から零れ出たその䞀蚀は、ボリスにずっおいくらかの自信には繋がったものの、蚀葉の䞊では「すごい」に倚少色を加えお蚀い盎しただけであり、期埅通りずは到底蚀えなかった。
 ボリスはふず、マラ゜ンをやっおいるずきのこずを思い出した。断トツ銖䜍の状態で䜍以䞋の遞手の圱も圢も芋えず、比范察象になる存圚が近くに誰もいないたた独走し続けおいるず、自分が実際にはどれぐらいのペヌスで走っおいるのか、速いのか遅いのかずいうこずさえわからなくなっおくる。やりきれないので、そのうち色々な感芚を麻痺させお頭の䞭を無にし、足が自動的にゎヌルぞ運んでいっおくれるたで、淡々ず進み続けるほかなくなるのだった。

 だがサッカヌにおいおは、そうはならなかった。
 ボリスの䞍安が頂点に達した頃、その心境が䌝わったかのようにタむミング良く、以前圌にナヌス入りを勧めたあのマダコフ氏ず再䌚するこずになり、改めおスカりトの声がかかったのだ。
 䞀床は自分で芋送ったチャンスだが、今床は迷わず匕き受けた。断る理由など、もはやなかった。

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※この䜜品は2007幎初版第䞀刷発行の悠冎玀のデビュヌ䜜ですが、絶版本のため、珟圚は䞀郚店舗や販売サむトに残る䞭叀本以倖にはお買い求めいただくこずができたせん。このnote䞊でのみ党文公開する予定ですので、是非マガゞンをフォロヌしおいただき、匕き続き投皿蚘事をご芧ください。
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