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「マイノリティ」について考える③~会社を休んでどう変わったか~

”「マイノリティ」について考える”3回目です!
前回までは、病気についてと、どういう気持ちの変化があって会社を休む決断をしたのか、ということについて書きました。今回は、会社を休んで、生活や価値観がどう変わったのか、について書こうかなと思っています。

※前回までの記事はこちら
「マイノリティ」について考える①
https://note.mu/sae8320/n/n9a175aab282a
「マイノリティ」について考える②~会社を休んで気付いたこと~
https://note.mu/sae8320/n/nc782ec4cfe73

当たり前ですが、まず生活が大きく変わりました。
仕事をしていたときの私は、毎朝6:15ごろに起き、7:00頃に家を出て8時前には会社について、コンビニで買った朝ごはんを食べながら仕事を始める。で、昼ご飯は仕事が立て込んでいたりミーティングが入っていたりで、基本的には会社の近くにお弁当を買いにいって、デスクで食べる。ぶっ通しで仕事をして、普通の日は20時頃に退社。その後は、飲み会がある場合は飲みに行って日付が変わる頃に帰宅してお風呂に入って即就寝。何もない日は21時頃に家について、夕飯を食べて、お風呂に入る。HDDに撮りためている番組やNetflixなどで30分くらい自分の時間を楽しんで、即就寝。
昔からロングスリーパーな体質であることもあり、寝る時間を最優先にしながら一日のスケジュールを組んでいました。今でこそこれくらいの勤務時間ですが、入社したてのころは「働き方改革」なんて言葉も聞こえてこなかった時代で、もっと朝も早く、夜も遅いこともざらにありました。
人によって、体質とかってだいぶ違うし、何を辛いと思うかって違うけど、やはり目上の方々は口を揃えて「昔は深夜まで働いて、そのまま飲みにいって、っていうのが当たり前だったんだぞ」とか「いまは早く帰れるから、家で自分磨きがたくさんできるな!」と言う方が多く、私的には今でもかなりいっぱいいっぱいなんだけどなぁ。。。と思いながらも口に出せない、という日々を過ごしていました。

会社を休んでからは、生活の9割を占めていた「仕事」や「会社との往復」がなくなり、本当にいろいろな変化が起きていきました。
朝ごはんを家でしっかり食べられるようになった。
よく料理をするようになった。
洗濯、掃除、ゴミ出し等、家事をよくするようになった。(あ、今は都内の実家に暮らしています。働いているころは、忙しさに甘えてほとんどの家事を母に押し付けていました)
スーパーによく行くようになった。どこに何が置いてあるかすらわからなかった食材の場所もわかるようになったし、旬な食材が何かとか、今日はほうれん草が安いなぁとか、気付けるようになった。
日中に外出できるので、日の光をたくさん浴びるようになった。天気を肌で感じられるようになった。(今までは、日中ずっとビルの中にいたので、日光を浴びる時間もなかったし、毎日、今日が晴れなのか雨なのかも知らずに生きていました)
よく外を散歩するようになり、これまで全く知らなかった地元のことを知った。以前記事で書きましたが、幼いころから転勤族だったので、地に根を張って生活する、ということをしたことがなかったのです。地元の学校にもほとんど通っていなかったので、いわゆる「地元の友達」もおらず、住んでいるはずの場所なのに、ただ単に「自分の寝る場所があるところ」という認識でしかなかった。それが、家の裏にはこんな店があるんだとか、おじいちゃんがやっているこのお店の天丼が意外に美味しいなぁ、とか、この時間になったら通学路の見張りのおじさんが立ってるんだ、とか。本当に当然のことだけど、知らなかった「社会がまわっている」という感覚を、取り戻すことができた。
夕食も、21時とか22時とかじゃなく、18~19時とかまともな時間に食べられるようになった。
時間に余裕ができたので、本を読んだり映画を見たり、からっからになっていた自分のインプットの時間を作ることもできた。

全てが、ものすごく当然のことなのだけど、仕事しかしてこなかった自分にとっては全てが新鮮で、全てが生きるための作業で、ルーティーンで、その中に日々少しの変化があって。スーパーに行き野菜を見定めることも、その野菜を切ることも、ごはんを食べることも、食器を洗うことも、毎朝洗濯物を干すことも、ぜーんぶ「生きる」ってことだなぁと思いました。
勉強をして、仕事で成果を出して、人脈を作って・・・という価値観しかもっていなかった自分には、圧倒的に「生きる力」が足りなかったんだなぁと痛感したし、これまで「全てが満たされているはずなのに、全然幸せじゃない」と感じていたもやもやがスッと消えて、幸せ、と感じる瞬間がどんどん増えていった。これまで、めちゃくちゃ視野が狭かったんだと痛感しました。

丁寧な生活を送れば送るほど、勇気をもって街に出れば、すべてが新鮮だし、楽しいこともいっぱいあるし、これまで素通りしていたものに目が留まるようになったし、たくさんのものに好奇心が出てきた。

人と話すことは前から好きでしたが、前よりもっと好きになったし、何より力を抜いて話すことができるようになった。虚勢をはる必要もないし、ただただお互いにとって良い時間を過ごせればそれでいい、と思うようになりました。変なマウンティング、ほんと疲れない?笑

お金に対する価値観も少し変わった気がします。休職中の身なのでほんと贅沢はできないけど(笑)、お金を使う「基準」が変わったというか。生きるための食材としてこれくらいのお金がかかるのか、という感覚が身についたし、自分の大好きなコスメや洋服・バス用品なんかでも、自分が本気でトキめくもの・心動かされるものにお金を投下することは全然厭わなくなりました。(本気で選ぶと、質もコスパもよく見るようになるし、そんなに多くないのです)あと、自分自身に投資するお金も。不思議なことに、働いていたころは、なぜかいくら貯金があってもすぐなくなるような気がしていたのに、今はあんまりそう思わない。笑 むしろ、これからやりたいことのために、今いろんな意味で自分自身に投資しても、将来は何とかなる!と思うようになりました。度胸がついたのかしら?笑

こんなふうに、とにかく「生きる」ということに集中したら、気付くことや身につくことがめちゃくちゃ増えたし、幸せとか楽しいっていう感情が多くなりました。「心を取り戻した」っていう感じ。
もちろん、休んだ瞬間すぐにそうなったわけでなくて、散歩だって最初から元気いっぱい歩けたわけでもなかったし、体調と相談しながら、本当に少しずつできることが増えていきました。

あと、思いがけない副産物という意味では、母の「ワンオペ家事」が解消されたこと。実際に自分が専業主婦に近い生活をしてみて、家事って本当に大変だしたくさんやることがあるなって実感した。全部が出来ていて当たり前だし、次のことを常に考えていないといけないし。それを、二人で取り組むことによって、「冷蔵庫にもう牛乳なかったっけ?」とかそんな会話も普通にできるようになって、母からは「家事の重荷がすごく減って気持ちが楽になった」と言われました。もちろんずっとこの生活が続くわけではないので、そのうち私がまた働いたら手伝えない家事も増えてくるかもしれないけど、家事の大変さとか、どんなことをしているのかっていうのをわかってもらうだけで、「ワンオペ」の辛さって、少しは改善されるんじゃないかなって思います。(主婦の皆様、偉そうにすみません。。。)あとは、睡眠・食事・栄養バランス・日光浴・散歩、、、などなど健康に良い習慣を続けていると、本当に肌艶が良くなるっていうことですね。笑 健康と美しさって強く繋がっているなって思いました。長年悩まされていた肩こりも、だいぶ改善されました。

そんな生活を送る中で、自分が感じてきた生きづらさとか、考えたこと・感じたことを発信したい・シェアしたいという想いがむくむくと湧き上がってきて、そしてそういう世の中にできることって何だろうって考えることが増えたのが、このnoteを始めるきっかけになりました。

「誰しもが、自分らしく、健康に生きる」ってすごく普遍的で、でもみんながどこか心の底で渇望していることなんじゃないかなって思ったのです。

自分の経験をふりかざすつもりは全くなくて。毎日のこのnoteが、誰かの考えるきっかけになれればそれだけでうれしいです('ω')ノ

Sae

「誰しもが生きやすい社会」をテーマに、論文を書きたいと思っています。いただいたサポートは、論文を書くための書籍購入費及び学費に使います:)必ず社会に還元します。