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【ショートショート】 無秩序な未来

 会話のキャッチボールと言うけれど、ここでは豪速球が飛び交っている。あっちに飛んで、こっちに飛んで、キャッチしては絶妙に投げ返されて。賢い頭脳たちによる、華麗なチームプレイ。芸人さん達が雛壇に座って、何かをせっせを作り上げていた。 「いや、ボケへんのかい!」「いや、今それちゃうねん!」  雑多に見えるやりとりの中でも、色々な規則があるらしい。  僕は面白くなって、テレビのボリュームを上げる。  僕が適当にリモコンを置くと、彼女はそっと、テーブルの縁と平行になるようにそれを直

    • 【ショートストーリー】 触れる

       君の眼が勘違いさせる、解らなくなるの。君のいびきを聞くのも幸福のひとつと、知ってしまったので更に虚しい。君の寝ている横顔、目に焼き付ける。君のキスで震える身体が、君を好きだと伝えている。最も幸せで切ない行い。  互いを秘密の存在にしていても、いつか誇って、後に繋げたい。でも現在が幸せである故、容易に進むことはできない。恐らくそれは脆く儚く崩れやすい。一度繋がれば、二度と離したくない。脆いものは不確かだもの。  君の誘いへの応え、後悔はないけれど。しかし例えば別の時間空間で出

      • 【掌編小説】 鏡の中のあの子

         どうして誰かを失うと、自分自身まで見失ってしまうのだろう。無色の言葉たちが頭に浮かび、反芻される。硬い床の上で寝転がって、天井を見上げていた。寝る場所がない訳ではない。ベッドはいつも通り、すぐ隣で私のためのスペースを空けていた。寝苦しい夜、というのとは少し違う。寝たくもなければ起きていたくもない。温もり、柔らかさ、安心感・・・ベッドの上のそういうものたちが、疎ましく思う夜があるのだ。道路のど真ん中で、アスファルトの上で眠ってみたいと思うこともあるけれどそれは現実的に考えて危

        • 【ショートストーリー】 ムカチカン

           眠れない夜だったんだ。僕はひどく酷く疲れていて、一刻も早く意識を飛ばしたかったんだけれど、ベッドの中でいくら目を閉じていても駄目でさ、明日を生きるために眠りにつくことさえも面倒になっていた。その時の気持ちをなんと表現したら良いんだろうな。絶望、とも少し違うな。失感情、というのがおおよそ当てはまるかもしれない。その夜の僕は、それまでの数日間に起こったことに対する感情というものを失っていたんだと思う。肉体はここに存在しているのに、心はそこにないような感じさ。<ctrl+x>で<

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        【ショートショート】 無秩序な未来

          【掌編小説】 HOLY GROUND

           あの時着ていた服、あの時聴こえた音楽、あの人と話した物語。身の回りのあらゆるものに意味が付随していたことに気がつくのは、後になってからのようだ。  三年間勤めた仕事を辞め、残りの有給休暇とご褒美を添えてたっぷりお休みをつくり、私は一人旅行に来ていた。憧れのニューヨークのカフェで、非日常を溶かしたコーヒーを飲みながら、これが私の日常というフリをして、この場所が舞台の小説を読んでいる。 「カポーティですね、ティファニーで朝食を」  隣から突然の日本語で話しかけられ、驚きより

          【掌編小説】 HOLY GROUND

          【読書感想文】 盾を下ろす術を

          『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』  小説の内容を含みます。まだの方はぜひ、小説を先にお読みいただきたい。  大好きな、尊敬する、私に影響を与えてくれる人物のひとりである、ジャルジャルの福徳秀介さんの処女作、『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』。温もりを感じる愛犬の写真、タイトルのフォントはあどけなく、バックは鮮やかさと淡さをどちらも持った黄色。目を引く装丁に包まれたその小説は、発売日には私の手元にあった。しかし読むことができたのは、発売から2週間以上経ってか

          【読書感想文】 盾を下ろす術を

          【ひとりごと】 半分こ

           また、会えるのかなあ。君は、眠る直前に想い浮かべている人で、夢にでてくる人で、目を醒ますときに隣にいてほしい人なのだけれど。あれから、もうすぐ反対側の季節。会いたい。ここにいて欲しくって堪らない。髪を撫でたいし、朝ごはん作ってほしいし、一緒に床に寝転がりたいし、小説の読み合いっこしたい(あの時は嫌って言ったけど)。同じシャンプー使ってるのに君だけからする香りも、からだをなぞり合うのも、お腹が空くとちょっと不機嫌になるのも、腕まくらも、ぜんぶぜんぶ恋しい。私の胸に額を当てて眠

          【ひとりごと】 半分こ

          【掌編小説】 僕以外の

           喜ぶ…怒る…哀しい…楽しい…死にたい…。  自分にとってそれらは、ごく自然な感情の一部だ。いつもなら、逃げたい、とか、消えたい、とか、蒸発してなくなりたい、とか、はじめから自分は存在しなかった世界であればいいとか、そんな感じの気持ちなのだけれど、今日に限ってはちょっと違って、自分を殺してやりたいとかいう、攻撃性を帯びた感情に苛まれているのである。なぜかそこに憂鬱さはなく、殺される自分よりも殺す自分をイメージすることで、どこか知らないところに立ち止まらないように、なんとかして

          【掌編小説】 僕以外の

          【掌編小説】 僕の手の中にあるモノ

           これは、自分の為の文章だ。書くことでどんな効果がもたらされるのか、これを読むことで何が得られるのか、そもそも何を書きたいのか。それらの回答は皆無だ。しかし、目的地のない旅にでも意味はある。即時的な結果を求める必要などなく、たた書き留めておきたい感情なのだ。  何年も前、ある時期に毎晩みていた夢がある。なぜ今になって、それを思い出したのかは分からない。なぜなら毎晩繰り返していた夢は、ある日を境に見られなくなり、先ほどの朝の散歩から戻るまでそんな夢があったことすら忘れていたの

          【掌編小説】 僕の手の中にあるモノ

          【ショートショート】 ポータブル終電

           嫌だ。最悪だ。嫌だ。悲しいとか悔しいとか、そんな感情よりも先に、嫌だと思う。その知らせは唐突に、僕のもとへやってきたのだ。  統計学の講義の前、ちょうど教室に着いて腰を下ろした時だった。スマホにメッセージが入った。美和からだ。 「崎田くんと付き合うことになった。今、返事した」  え? 同じゼミの崎田? 返事した? どういうこと?  頭の中の言葉通りに返信する。 「付き合おうって言われてたんだけど、ちょっとだけ迷ってて、さっき返事したの」  講義が始まった。どう返信したら良

          【ショートショート】 ポータブル終電

          【ショートストーリー】 木の葉のおまじない

           砂の匂いがする。ちょっと強めの風が、木々の間を抜けてかさかさと音を立てる。ひとりぼっちの鳩が、空っぽの地面を突つく。幼い女の子が、遊具の中をするりと通りながら、あちこちをきっかり3回ずつ叩いてく。どうしてそんなに元気なの?太陽の光が痛い。空の青さが鬱陶しい。誰かが花壇に植えた菜の花、いいよな、君らは呑気でさ。  こんなふうに平日の昼間に出かけられるようになるまでに、私は5ヶ月をかけた。  就活を乗り越えなんとか滑り込んだ会社は、“働きやすさ”とは無縁の場所だった。年功序

          【ショートストーリー】 木の葉のおまじない

          【掌編小説】 彼女の好きな花

          「小さいときね、おじいちゃんがお庭の花壇に毎年植えてくれてたの。大好きだけど、触れられない感じがしてた」  薄い雲がかかった夜空の下、僕らは手を繋いで歩いていた。同期の彼女との帰り道。会社の近くまで電車は通っているのだが、最寄り駅から乗らず、しりとりしながら二駅分を歩く。負けた方が思い出話をするという決まりは、いつの間にかできていた。〈りんご〉も〈りす〉も既にでたから、彼女が今日の話し手だ(適当なところで勝手にカウントダウンを始めて時間切れにするのも、僕らの暗黙のルールにな

          【掌編小説】 彼女の好きな花

          【随筆】 楓

           守られるような、守りたいような、優しいピアノの前奏。そのロックバンドが奏でるのは、あたたかくて切ない別れの歌だ。アリーナの隅々まで、儚く音が響いている。それでいて、澄んだ沈黙がそこにはあった。鼻をすする音があちらこちらから聴こえてきて、沈黙はその音を、ピンボールのように旅させた。  私の斜め前に立っている男女も例外なく、頬の涙を拭っていた。30代後半くらいだろうか、ふたりは同世代のようだ。開演前の様子を見る限りでは、それぞれ一人きりで来ていたはず。独身かもしれないし、家で

          【随筆】 楓

          【ショートストーリー】 論理的妄想

           男の子になって、とびきり可愛くて自由な女の子に振り回されてみたい。そんな講義つまんないわよ、だから私と来る方がずっと良いわよ、って、根拠のない言葉で、日常から連れ出されてみたい。出会ったばかりなのに自分の悪いところをそっくり突かれて、驚かされてみたい。講義室でひとり、ぼーっと考えていた。長い机がびっしり並んだ、だだっ広い講義室で。 「すみません」  声をかけてきた男子学生は、文庫本を手にしていた。ううん、声をかけてきたというのは正確じゃない。奥の席に座るために、通してほし

          【ショートストーリー】 論理的妄想

          【ショートストーリー】 混色の映画

           寒さのピークはまだかと待ち構える季節、朝の地下鉄車内は、黒っぽい上着を着た人ばかりだ。中にはベージュを着た人もいて、黒い中にあると少し目立つが、それでもどれも地味な色だ。  隣にいる彼女がくすりと笑って、僕の肩のあたりでささやく。 「ポッキーみたいだよね」  彼女も同じことを考えていたのか。 「ラッシュの時間だからね」  僕の返答は、彼女の期待とかなり離れていたと思う。でも彼女は「うん」と明るく言って、初めて電車に乗る子どものように、可愛らしい笑みを浮かべていた。  そ

          【ショートストーリー】 混色の映画