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まいにち易経_1007【逃げ道を残せ:強者の礼儀】王もって三駆して前禽を失う。[08䷇水地比:九五]

九五。顯比。王用三驅失前禽。邑人不誡。吉。 象曰。顯比之吉。位正中也。舍逆取順。失前禽也。邑人不誡。上使中也。

九五は、比を顕らかにす。王もっ三駆さんくして前禽ぜんきんを失す。

九五は唯一の陽爻であり、剛健で「中正」を備えている。他の陰が皆、九五に親しんで来るという比の道を明らかにしている。
たくさんの人々から慕われて親しまれ、みんなと仲良くすることができる。その様子は、昔の天子が狩猟をするときの礼儀を思い出させる。古代の天子は、狩りをするときに四方を囲むのではなく、三方だけを囲んで、動物たちが逃げられる道を一つ残しておいた。この行為は、「来る者は拒まず、去る者は追わず」という寛大な心を示している。
このような寛大な心を持つために、多くの人々に厳しくする必要はない。むしろ、そのような寛大な心を持つことで、平和で安定した世界を築くことができるのだ。このような態度を持ったリーダーは、天下を泰平に導く明君であるといえる。

ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る

まず、「王用て三駆して前禽を失う」という言葉から始めましょう。これは、古代中国の湯王という方の故事に基づいています。湯王とうおうは狩りをする際、獲物を追い詰める時に「三方は囲んでも、一方は必ず逃げ道として空けておきなさい」と命じたそうです。なぜ、このような指示を出したのでしょうか?

想像してみてください。全方向から追い詰められた動物の気持ちを。逃げ場がなく、恐怖に震えているその姿を。湯王は、そんな状況を作り出すことを望まなかったのです。これは単なる狩りの話ではありません。人を導くリーダーとしての姿勢を表しているのです。

人を導くということは、相手を追い詰めることではありません。逃げ道を残すこと、つまり相手の自由意志を尊重することが大切なのです。

ここで、現代の経営の世界での例を挙げてみましょう。ある大手企業で、新しいプロジェクトを立ち上げる際のことです。プロジェクトリーダーは、チームメンバーに対して厳しいノルマを課し、毎日遅くまで残業させていました。確かに短期的には成果が出たかもしれません。しかし、チームメンバーは疲弊し、創造性を失い、最終的にはプロジェクト自体が行き詰まってしまいました。

一方、別の企業では、リーダーがチームメンバーの意見を尊重し、適度な自由を与えました。確かに、進捗は少し遅れたかもしれません。しかし、メンバーたちは生き生きと仕事に取り組み、独創的なアイデアを次々と生み出しました。結果として、素晴らしい成果を上げることができたのです。

この二つの例から、何が見えてくるでしょうか? リーダーシップとは、力で押さえつけることではありません。相手の可能性を信じ、成長の機会を与えることなのです。

易経の教えは、ビジネスの世界だけでなく、私たちの日常生活にも当てはまります。例えば、友人や家族との関係においても同じことが言えるでしょう。相手を理解しようとせず、自分の考えを押し付けてばかりいると、関係はギクシャクしてしまいます。しかし、相手の立場に立って考え、時には譲歩することで、より深い絆を築くことができるのです。

ここで、一つ興味深い研究をご紹介しましょう。
アメリカの心理学者ダニエル・ピンクは、人間の動機づけに関する研究で、自律性(Autonomy)、熟達(Mastery)、目的(Purpose)の3つが重要だと指摘しています。特に自律性、つまり自分で決定する自由が、人々のモチベーションを高める上で非常に重要だと述べています。これは、まさに易経の教えと重なるものではないでしょうか。

リーダーとして、常に完璧を求めることは難しいでしょう。時には厳しく接しなければならない場面もあるかもしれません。しかし、その時こそ、この易経の教えを思い出してほしいのです。相手を追い詰めるのではなく、逃げ道を残す。これは弱さの表れではありません。むしろ、真の強さと智慧の現れなのです。

皆さんの中には、「でも、そんなに甘くしていたら、仕事は進まないのではないか」と考える人もいるかもしれません。確かに、短期的にはそう見えるかもしれません。しかし、長期的な視点で見ると、相手の自由意志を尊重することで、より大きな成果を得られることが多いのです。

例えば、グーグルやフェイスブックなどの先進的な企業では、従業員に一定の自由時間を与え、自分の好きなプロジェクトに取り組むことを奨励しています。この時間から生まれたアイデアが、後に大きなイノベーションにつながった例も少なくありません。これも、相手の自由意志を尊重することの重要性を示していると言えるでしょう。

また、教育の分野でも同様のことが言えます。子どもたちの可能性を信じ、適度な自由を与えることで、彼らの創造性や問題解決能力が大きく伸びることが分かっています。フィンランドの教育システムは、このアプローチで世界的に高い評価を得ています。

ここで、皆さんに一つ質問してみたいと思います。
これまでの人生で、誰かに追い詰められた経験はありませんか?あるいは、逆に誰かを追い詰めてしまった経験は?その時、どんな気持ちでしたか?そして、その経験から何を学びましたか?

これらの経験を振り返ることで、易経の教えがより身近に感じられるのではないでしょうか。そして、将来リーダーとして人を導く立場になった時、この教えを実践することの重要性がより深く理解できるはずです。

リーダーシップとは、単に目標を達成することだけではありません。人々の心を動かし、彼らの可能性を最大限に引き出すことです。そのためには、相手の自由意志を尊重し、適度な余裕を持たせることが重要なのです。

人々を導き、組織を成功に導くためには、力で押さえつけるのではなく、相手の自由意志を尊重し、成長の機会を与えることが大切です。そうすることで、皆さんは真のリーダーとして、周りの人々から信頼され、尊敬される存在になれるでしょう。

最後に、もう一度湯王の言葉を思い出してください。「三方は囲んでも、一方は必ず逃げ道として空けておきなさい」。この言葉の中に、リーダーシップの本質が凝縮されているのです。皆さんが将来、どんな立場に立っても、この教えを実践できる人になってほしいと思います。

そして、この教えを実践することは、単に他者のためだけではありません。皆さん自身の成長にもつながるのです。なぜなら、他者の自由意志を尊重することで、自分自身の視野も広がり、新たな可能性に気づくことができるからです。


参考出典

もっ三駆さんくして前禽ぜんきんを失う。
段王朝の初代の王である湯王が狩りの獲物を追い込んだ時、「残りの三方は囲んでおいて、一か所だけ自由に逃げることができるようにしなさい。それでもかかる獲物はいただきましょう」といったことに由来する言葉。
どんなに実力があっても、弱い者に対して肩を怒らせて力をふるってはならないという教えである。逃げ道がなくなるまで追い詰めず、相手の自由意志を尊重することを説いている。

易経一日一言/竹村亞希子

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