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まいにち易経_0902【親しみを持って寄り添う】先王もって万国を建て諸侯を親しむ。[08䷇水地比:象伝]

象曰。地上有水比。先王以建萬國。親諸侯。

象に曰く、地上に水あるは比なり。先王せんのう以て万国を建て、諸侯しょこうを親しむ。

ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る

まず、「水地比」という言葉の意味から説明しましょう。「水」は地面の上にある水、「地」は大地、そして「比」は親しむ、寄り添うという意味です。つまり、大地の上に水があるように、人々が互いに寄り添い、親密な関係を築くことを表しているのです。

この卦が教えてくれる大切な教訓は、リーダーシップにおける「親しむ」という概念です。でも、ここで言う「親しむ」は、普段私たちが使う意味とは少し違います。

例えば、みなさんは友達と「親しい」と言うとき、どんな関係を思い浮かべますか?おそらく、一緒に楽しく過ごせる、気の合う相手のことを指すでしょう。しかし、易経が語る「親しむ」は、もっと深い意味を持っています。

この「親」という字の成り立ちを見てみましょう。「辛」という字は鋭い刃物を表し、「木」は木を表します。つまり、鋭い刃物で木を切るところを近くで見ている様子を表しているのです。面白いですね。でも、なぜこれが「親しむ」ことと関係があるのでしょうか?

それは、木を切られる痛みを、自分のことのように感じ取れる距離にいるからです。相手の痛みを自分のものとして感じ取れる。これこそが、本当の意味での「親しむ」なのです。

リーダーにとって、この概念はとても重要です。なぜなら、リーダーは常に多くの人々と関わり、時には厳しい決断を下さなければならないからです。その際、相手の立場に立って考え、その人が感じる痛みや困難を自分のことのように理解する。これが、真の「親しむ」態度なのです。

古代中国の王たちは、この教えを実践していました。彼らは諸侯たち、つまり各地域の指導者たちと密接な関係を築きました。ただ仲良くするだけではなく、お互いの苦労や喜びを共有し、共に国を良くしていこうとしたのです。

これを現代に置き換えてみましょう。例えば、会社の経営者が従業員の働く環境を改善しようとする場合。単に効率を上げるためだけでなく、従業員一人一人の立場に立って考え、彼らが日々感じている苦労や不便さを自分のこととして捉える。そうすることで、本当に必要な改善策が見えてくるでしょう。

また、政治の世界でも同じことが言えます。政治家が国民のために政策を立案する際、机上の空論ではなく、実際に国民の生活に寄り添い、彼らの喜びや苦しみを肌で感じることが大切です。そうすることで、本当に国民のためになる政策が生まれるのです。

ここで注意したいのは、この「親しむ」関係は決して一方的なものではないということです。リーダーだけが部下に寄り添うのではなく、部下もまたリーダーの立場を理解し、その苦労を共有しようとする姿勢が必要です。お互いが相手の立場に立って考え、行動する。そんな関係性こそが、「水地比」が教えてくれる理想的な姿なのです。

しかし、現実の世界では、このような関係を築くのは簡単ではありません。人間関係には常に利害関係が絡み、時には激しい対立も生じます。そんな時こそ、この「水地比」の教えを思い出してほしいのです。

相手の立場に立って考える。相手の痛みを自分のものとして感じる。これは、一朝一夕にできることではありません。日々の小さな心がけ、努力の積み重ねが必要です。例えば、相手の話をじっくり聞く。相手の表情や態度から、言葉にされていない思いを読み取ろうとする。相手の背景にある事情を想像してみる。こういった小さな実践の積み重ねが、やがて大きな力となるのです。

また、「水地比」は私たちに、表面的な関係に惑わされないことも教えてくれます。楽しいだけの関係、自分に都合の良い相手だけを選んで付き合うのは、本当の意味での「親しむ」ではありません。時には厳しいことを言い合える関係、お互いの成長のために切磋琢磨できる関係。そんな深い絆こそが、「水地比」が示す理想的な関係なのです。

ビジネスの世界で言えば、単なる利害関係を超えた信頼関係を築くことが重要です。取引先や顧客と「Win-Win」の関係を築くというのは、よく聞く言葉ですが、それは単に双方が利益を得るということだけではありません。お互いの立場を深く理解し、時には自社の短期的な利益を犠牲にしてでも相手のために尽くす。そんな姿勢が、長期的には必ず実を結ぶのです。

私事ですが、かつて大企業の経営者として様々な経験をしてきました。その中で痛感したのは、この「水地比」の教えの重要性です。業績が好調な時は誰もが笑顔で、すべてが順調に進んでいるように見えます。しかし、本当の関係性が試されるのは、困難な時期なのです。

ある時、会社が大きな危機に直面したことがありました。その時、普段から社員一人一人の声に耳を傾け、彼らの悩みや希望を自分のこととして受け止めてきた部署とそうでない部署では、大きな差が出ました。前者では、社員全員が一丸となって危機を乗り越えようと必死に努力してくれました。一方後者では、自分の保身に走る者も少なくありませんでした。

この経験から、日頃からの「親しむ」姿勢の重要性を痛感しました。危機の時になって急に「一緒に頑張ろう」と言っても、それは空虚な掛け声に過ぎません。日々の小さな積み重ねが、いざという時に大きな力となるのです。

さて、ここまで「水地比」の教えについて、様々な角度から見てきました。最後に、もう一度この卦の本質をまとめてみましょう。

「水地比」は、人間関係の根本的なルールを教えてくれています。それは、相手の立場に立って考え、相手の痛みを自分のものとして感じ取ること。そして、その上で互いに助け合い、高め合う関係を築くこと。これは、リーダーとして、そして一人の人間として、極めて重要な姿勢です。


参考出典

親しむ
古代の王は諸侯と親密な関係を築き、国を治めた。「親」の字は、辛(鋭い刃物)で木を切るのを近くで見て、自分も痛く感じること。そこから、親子のように互いに大切に思い、相手の痛みを自らのものとして感じ、助け合う関係を「親しむ」という。
自分の都合のいい相手、ただ楽しいだけの関係は、本来の「親しむ」ではない。
水地比は、交際の根本的なルールを説いている卦。

易経一日一言/竹村亞希子

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