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悲しみのモーツァルト。ヴァイオリン・ソナタ ホ短調K304

W・A・モーツァルト(1756~1791)の作品というのは、個人的見解だがモーツァルト自身の感情を音楽には入り込めていないと最近思う。それはシューベルト(1797~1828)の作品を聞いてみればなんとなく感じる。

特に短調の作品は自身の感情を反映しやすい。人間はポジティヴな感情よりかはネガティヴな感情に入り込みやすい。例えば「死」や「別れ」というのは物語によっては人の涙を誘う。そういった「負」の感情に感化されやすい。「悲しみ」は人の心を動かす強く動かす要素なのだ。何故かはわからないけど。

モーツァルトとシューベルトの聞き比べ


ここでシューベルトの弦楽四重奏曲第14ニ短調D.810とモーツァルトの弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421を聞き比べてみましょう。
弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421

弦楽四重奏曲第14ニ短調D.810


なんとなくシューベルトの方が個人的な感情の吐露が感じられませんか?何かを強く訴えてくるような、そんな気がします。作曲した時期になにか深い悲しみに襲われたのか。あるいは自身が強く訴えたい気持ち、思いがあったのか。
対してモーツァルトは暗い雰囲気はありつつも、モーツァルト個人の感情は含まれていないように聞こえます。ただ単に音楽作品として、個人の思いは楽曲に含んでいないように聞こえます。これは聞き手の解釈次第だとは思いますけど。

モーツァルトが感情を入れ込んだ作品

このようにモーツァルトの作品には個人的感情を作品に組み込んでいないと思うのです。短調の作品(交響曲第25番ト短調K.183や交響曲第40番ト短調K.550、ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466やピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491など)には短調ならではの暗さはありますが、悲しみを訴えるような個人の思いがあまり伝わらないのです。音楽の中に個人的感情を組み込まなかったのか。モーツァルト自身がどのような思いで作曲していたかはわかりません。

そんなモーツァルトの作品の中では、彼自身がこれほどまでに自分の感情を作品に乗せているものが2つあります。それはヴァイオリン・ソナタ ホ短調K.304とピアノ・ソナタ イ短調K.310です。この二つは他のモーツァルトの短調の作品の中でも群を抜いて、個人の感情を強く楽曲に乗せているものだと思っています。

この作品たちが生み出された背景として、母であるアンナ・マリア(1720~1778)の死が関わってきます。

モーツァルトの母、アンナ・マリア

1777年にモーツァルトは就活のためにフランス、パリに母と一緒に旅立ちました。しかし、思うように就活はうまくいかず、そして1778年に母は病死。そんな悲しみの時代のさなか誕生した作品がこの2つのソナタです。聞いてみると他のモーツァルトの作品に比べても、悲痛な叫びともとれるような響き、メロディーをもっています。先程のシューベルトの作品と比べても同じくらい自身の感情を表しているかのように聞こえます。私が「母の死」という事実を知っているからそう聞こえるだけかもしれませんが、この事実を知らなくても悲劇的な作品に聞こえると思います。


ピアノソナタ イ短調


母を失った悲しみ、就活がうまくいかない焦り、葛藤。そんな悲痛な日々を過ごしたモーツァルトの叫びともいえる思いがこの作品たちには組み込まれているような、そんな気がしています。

今回はヴァイオリン・ソナタ ホ短調K.304をピックアップします。

ヴァイオリン・ソナタ ホ短調K.304


この作品は全2楽章構成です。ホ短調というのはモーツアルトの作品の中でもほとんど使われていない調であり、他には「老婆」K.517という歌曲ぐらいしかホ短調は使われていません。ちなみにモーツアルトの短調の作品は、ほとんどはニ短調、ト短調、ハ短調が大多数であり、他にはへ短調(自動オルガンのための幻想曲K.608など)、ロ短調(アダージョK.540など)嬰へ短調(ピアノ協奏曲第23番K.488第2楽章)、イ短調(ピアノ・ソナタK.310など)が多少使われたぐらいです。

※これからご紹介する楽曲解説は個人の見解によります。
※楽譜は個人的に使用しているものですので、書き込みが多数あります。ご了承ください。

第1楽章 


ホ短調 ソナタ形式 2/2拍子 アレグロ

その前にソナタ形式の簡単な説明です。

ソナタ形式


提示部
第1主題(黄色マーカー)はピアノとヴァイオリンによってオクターブで表れる。

第1主題

8小節の推移部(第1主題から第2主題へ導くための部分)を経て第2主題(水色マーカー)がハ長調で提示され、平行調のト長調へと導いていく。

第2主題

緑色のマーカーで印したリズムが第2主題部を支配している。

緑のマーカーのリズムが第2主題部を支配している。

小結尾では第1主題をカノン風に展開して、B音で終結する。

小結尾

展開部
展開部は第1主題をロ短調でピアノが提示し、ロ短調→ホ短調→イ短調→ホ短調といった転調をする。大胆な転調は行われず、近親調で収まっている。

展開部

再現部
再現部は第1主題をヴァイオリンのみで提示し、ピアノはスタッカートがついた伴奏音型を演奏する。

再現部 第1主題

推移部を経て第2主題はヘ長調で始まり、ハ長調を経てホ短調に転調する。

再現部 第2主題

型どおりの再現が続きコーダでは再度第1主題がヴァイオリンで現れ、推移部のフレーズを奏でながらホ短調の主和音を2回鳴らし楽章を閉じる。

コーダ

第2楽章


ホ短調 三部形式 3/4拍子 テンポ・ディ・メヌエット
A-B-A’の三部形式
Aではまずピアノがメヌエット主題(オレンジ)を表し、続いてヴァイオリンが主題を表す。

メヌエット主題
メヌエット主題 ヴァイオリン

中間の楽想はト長調で表れ、最後にメヌエット主題がまた提示されてAの部分を閉じる。

中間部
メヌエット主題 再現

Bでは同主調のホ長調で表れ、B部の主題(水色)を短い中間楽想を挟みながら何度も提示する。

B部分

A’はメヌエット主題を少し変形した形で再現し、ホ短調のまま新たな楽想を経て

A’ メヌエット主題

ピアノは三連符の下行音型で、ヴァイオリンはホ短調の分散和音を上行させながら楽章を閉じる。

終結部

曲全体が悲しみに包まれており、時々見せる長調の部分も哀愁が感じられる。やはり母の死というのはモーツァルトにとって癒え難い悲しみだったのであろう。

最後に

最後に作品を聞いてみましょう。


第1楽章
提示部 0:00~3:27
展開部 3:28~4:02 繰り返し 5:44~6:17
再現部 4:03~5:43 繰り返し 6:18~7:57
コーダ 7:58~8:23
第2楽章
A 8:24~10:35
B 10:36~12:18
A’ 12:18~13:28

以上で終わりにしたいと思います。


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